作品タイトル不明
第306話:安心の元と、友人の気遣い
日曜日の夜。
夕飯を食べ終え、いつものようにお風呂、ドライヤー、マッサージというルーティンを終えた俺たちは、いよいよ完成したばかりのもふもふ冬用ベッドで寝る準備を整えていた。
「わーいっ、ふかふかだぁ」
俺より先にベッドへ潜り込んだ凛は、嬉しそうにシーツに頬を擦り付けていた。
……が、数秒後。なぜかスッと真顔になり、モゾモゾと布団から這い出てきてしまった。
「……どうした? 暑かったか?」
「ううん、違うの。あのね……お洗濯したてだから、お日様と柔軟剤のいい匂いがするんだけど」
凛は少しだけ不満そうに唇を尖らせ、俺のパジャマの袖をツンツンと引っ張った。
「朝陽くんの匂いが、全然足りない」
「えっ」
「というわけで。朝陽くん、先にベッドに入って」
凛はベッドをビシッと指差し、真剣な顔で俺に指示を出した。
「入って、シーツの上でゴロゴロ転がって、朝陽くんの匂いをいっぱい付けてきて」
「……俺は犬か何かか?」
「早く早く」
まるで現場監督のような威厳(?)で急かしてくる凛に、俺は苦笑いしながらベッドに入った。
言われた通りに右へ左へとゴロゴロ寝返りを打ち、シーツに自分の体温と匂いを馴染ませていく。
傍から見ればかなり間抜けな光景だが、現場監督は腕を組みながら真剣な眼差しで俺を見下ろしている。
「……こんなもんか?」
「うんっ、ご苦労」
俺が布団の端に寄ると、凛は待ってましたとばかりにベッドに潜り込んできた。
そして、さっき俺がゴロゴロと転がっていたあたりに顔を埋め、すんすんと鼻を鳴らす。
「……うん。よし、これならいいだろう」
現場監督はコクンと満足げに一つ頷くと、そのまま俺の腕の中にすっぽりと収まり、ふにゃりと頬を緩ませた。
「あったかい……。朝陽くんの匂い、する」
「お前なぁ……」
先ほどまでの威厳はどこへやら、完全に甘えん坊モードに戻ってすり寄ってくる凛。
太陽の匂いと、シャンプーの甘い香り。そして体温。
俺は心地よい安心感に包まれて深い眠りへと落ちていった。
ピピピッ、ピピピッ。
月曜日の朝。
スマホのアラーム音で目を覚まし、俺はゆっくりとまぶたを開けた。
「ん……」
すぐ横を見ると、俺の腕を枕にしたまま、スヤスヤと穏やかな寝息を立てる凛の姿があった。
休日の朝なら、これまでにも何度か目にした光景だ。
けれど、今日は月曜日。
これから一緒に学校へ行く平日の朝なのだ。
(やばい。なんか、すげぇドキドキしてきた……)
「これから一緒に学校へ行く同級生の女の子が、自分のベッドで隣で寝ている」という事実に、かつてないほどの新鮮なドキドキと、新婚夫婦のような多幸感が胸に込み上げてくる。
「……凛、朝だぞ。起きろ」
「んぅ……おはよぉ、朝陽くん……」
とろんとした瞳で微笑む凛の頭を優しく撫で、俺はベッドを抜け出してキッチンへと向かった。
手早く朝ごはんの支度をする。
今日のメニューは、カツオ出汁の優しい香りが湯気と共にふんわりと立ち上る『豆腐とワカメのお味噌汁』。そして、少し甘めに味付けをした、鮮やかな黄色の『ふんわり卵焼き』だ。
食卓に向かい合って座り、二人で手を合わせる。
「いただきます。……んっ、お味噌汁、あったまるね」
「だろ。卵焼きも熱いうちに食えよ」
「うんっ」
箸で切り分けた卵焼きを口に運ぶと、凛は嬉しそうに目を細め、「……ふふっ、美味しい」と幸せそうな笑顔を見せてくれた。
朝ごはんを食べ終えた俺たちは、一旦各々の部屋——俺は201号室、凛は202号室へと戻り、学校の制服に着替えた。
鞄を手に取り、玄関のドアを開ける。
タイミングを合わせたように、隣のドアもカチャリと開き、ブレザー姿の凛が顔を出した。
「……今日は一段と冷えるな」
「うんっ。だから、これの出番」
そう言って凛は、鞄の中から取り出した少し長めのふかふかなマフラーを首にぐるぐると巻きつけた。
それは土曜日に、二人で出かけた時に買ったものだ。
俺も、凛が選んでくれたマフラーと同じ柄のネックウォーマーを被り、口元まで引っ張り上げる。
さらに凛は、お揃いの小さな手袋をはめ、両手を俺の前にパッと広げてみせた。
「完全防備。朝陽くんの手袋とお揃いだよ」
「ははっ、そうだな」
俺も鞄から手袋を取り出してはめると、凛が嬉しそうに俺の手に自分の手をポンと合わせてきた。
分厚い手袋越しだけれど、その無邪気な仕草がたまらなく愛おしい。
制服姿で、お揃いの冬の防寒具を身につけて並ぶ二人。
それは、二人の関係が間違いなく「特別なもの」であるという確かな証だった。
「それじゃあ……行こうか」
「うんっ」
俺たちはアパートの廊下で並び、白い息を吐きながら、いつものように二人で学校へと向けて歩き出した。
学校の休み時間。
「——そういえばさ、朝陽。前に相談に乗ったクリスマスプレゼント、結局何にするか決まった?」
廊下の窓際で親友の大輝と寺田さんと合流して雑談していると、ふと大輝が思い出したようにそんなことを聞いてきた。
「ああ。二人のおかげで、大体決まったよ。来週末、凛が実家に帰省してる隙に買いに行ってこようと思ってる」
「おおー! やったじゃん!」
俺の報告に、寺田さんがパァッと顔を輝かせて拍手をした。
「それにしても、朝陽くんって本当に冬月さんのこと溺愛してるよね〜。プレゼントの相談の時も、すっごく真剣だったし」
「なっ、べ、別に普通だろ! 彼氏なんだから」
ニヤニヤとからかってくる寺田さんに、俺は顔を熱くしてそっぽを向いた。
大輝がそんな俺の肩をバンバンと楽しそうに叩く。
「まあ、俺たちはずっと応援してるからさ。何かあったら、またいつでも言えよ」
「ああ……サンキュな」
気心知れた友人たちの温かい言葉に、俺は照れくささを誤魔化すように短く礼を言った。
ふと廊下の奥を見ると、次の教室へ移動する凛の姿があった。
背筋をピンと伸ばし、凛とした表情で歩くその姿は、周囲の生徒たちが思わず道を譲ってしまうほど完璧な『氷の令嬢』だ。
(あんなにツンとしてるのに、昨日の夜はあんなに甘えん坊だったんだよな……)
そう思うと、自然と口角が緩んでしまった。
キーンコーンカーンコーン。
午後の授業が終わり、放課後のチャイムが学校中に響き渡る。
俺は帰りのHRが終わると同時に、サッと鞄を手に取った。
「おっ、朝陽。今日急ぎか?」
「まあな、今日はちょっと予定があるんだ。また明日な!」
大輝と寺田さんに軽く手を振り、俺は教室を後にする。
学校では隙のない『氷の令嬢』として振る舞っている彼女。
けれど、放課後の今は、俺にだけ見せてくれる甘えん坊な姿で待っていてくれるはずだ。
これから向かうのは、凛の部屋の冬用シーツを買いに行くホームセンターお買い物デート。
俺は少しだけ早くなった足取りで、彼女と約束した待ち合わせ場所へと向かって歩き出した。