作品タイトル不明
第305話:日曜のお仕事タイムと、確定の二泊三日
熱々でチーズたっぷりのピザトーストを平らげ、二人で「ごちそうさまでした」と手を合わせる。
お腹が満たされたところで、俺たちはさっそく日曜日のメインイベントである冬支度に取り掛かることにした。
「よし。天気もめちゃくちゃいいし、絶好の洗濯日和だな」
俺は押し入れの奥から、圧縮袋に入っていた分厚いこたつ布団と、俺のベッド用の冬用掛け布団カバーを引っ張り出した。
大きくて重たい布団類をなんとか洗濯機に押し込み、スイッチを入れる。
数十分後、洗い上がったずっしりと重いこたつ布団を抱え、ベランダへと出た。
「凛、そっちの端っこ持ってくれるか?」
「うんっ、わかった。……わっ、水吸ってると結構重いね」
「だろ。せーのっ、よいしょ!」
二人で息を合わせて、物干し竿にこたつ布団をバサッと掛ける。
シワを伸ばし、パンパンと叩いて形を整えた。
冬の澄んだ青空の下、太陽の光をいっぱいに浴びる大きなこたつ布団。
隣を見ると、凛が眩しそうに目を細めながら、掛け布団カバーのシワを丁寧に伸ばしていた。
お日様の光を浴びてキラキラと輝くその横顔が、ふわりと嬉しそうに微笑む。その柔らかい表情を見ていると、なんだか新婚夫婦の休日のような気がしてしまい、俺は一人で勝手に照れて視線を逸らした。
「ふぅ、終わったな。……そろそろお昼にするか?」
「うんっ、動いたからお腹すいちゃった」
部屋に戻り、時計を見るとちょうどお昼時だった。
俺はキッチンに立ち、手早く作れる『釜玉うどん』を用意する。
優しい香りが漂う湯気に、凛はパァッと顔を輝かせた。
フーフーと息を吹きかけ、チュルッとうどんをすする凛。
熱さに一瞬だけキュッと眉を寄せるが、すぐに鰹出汁の旨味に「んん〜っ」と頬を緩ませ、幸せそうな笑顔を見せてくれた。
お昼ご飯を食べ終えると、午後はそれぞれ自分のやるべきことをこなす時間だ。
「それじゃあ、私、自分の部屋に戻ってイラスト進めるね」
「おう。俺も午後から動画の編集やるから。夕方、布団を取り込む時間になったら声かけるよ」
「うんっ、頑張ろうね」
凛は自分の202号室へと戻り、プロのイラストレーター『FUYU』としてのお仕事モードに入っていった。
俺も201号室の自分のデスクにノートPCを開き、作業を始める。
料理動画の編集作業だ。
以前作ったオムライスの調理風景に、字幕や効果音をつけていく。
壁一枚隔てた隣の部屋に、凛がいる。
一緒にリビングで過ごすのも好きだが、こうしてお互いの時間を尊重し、離れた部屋でそれぞれの作業に集中する時間も悪くない。
「今頃、真剣な顔でタブレットに向かってるんだろうな」と想像するだけで、自然と口角が上がってしまう。
夕方。
日が傾き始め、少し肌寒くなってきた頃。
俺はキリのいいところで作業を終え、隣の202号室に声をかけて凛を呼んだ。
ベランダから、太陽の匂いと柔軟剤の香りがたっぷり染み込んだこたつ布団とカバーを二人で取り込む。
「うわぁ……お日様と、柔軟剤のすっごくいい匂いがする」
凛がこたつ布団に顔を埋め、すんすんと匂いを嗅いで幸せそうに目を閉じている。
「よし、じゃあセッティングするか」
いつものローテーブルの天板を外し、ふかふかのこたつ布団を被せ、再び天板を乗せる。
床に敷いているカーペットは元々冬用の分厚いものなので、これで『こたつ』の完成だ。
さらに、ベッドの掛け布団にも太陽の匂いが染み込んだもふもふのカバーを装着し、俺の部屋の冬支度は完璧に完了した。
こたつのコンセントを繋ぎ、スイッチを入れる。
「おし、暖まってきたぞ。凛、入ってみな」
「うんっ。お邪魔しまーす」
凛がこたつに足を入れる。
その瞬間、凛の肩がビクッと跳ね、まぁるい瞳が限界まで見開かれた。
「……っ!!やっぱりコタツあったかい……」
驚きから一転、凛の顔がみるみるうちに蕩けていく。
「ははっ、だろ。冬はやっぱりこれだよな」
俺も向かい側に座り、こたつに足を入れる。
じんわりとした熱源の温かさが、午後の作業の疲れを溶かしていくようだ。
それから十分後。
「さて、そろそろ夕飯作りに……って、おい」
俺が声をかけると、目の前には、首まですっぽりとこたつ布団に潜り込み、顔だけを出して完全に溶けきっている凛の姿があった。
学校で『氷の令嬢』と呼ばれる面影など一ミリもない、ふにゃふにゃにだらけきった顔だ。
「むり……私、もう一生ここから出ない……朝陽くんのご飯も、ここで食べる……」
「お前、完全に『こたつむり』になってんじゃねえか。学校の連中が今のその顔を見たら泣くぞ」
だらしなく頬を緩ませている凛の頭を、呆れながら軽く撫でる。
と、そこで俺はふと、あることに気がついた。
「そういえば、お前の部屋のベッド、まだ普通の綿シーツのままだよな?」
「うん。そうだよ」
「……本当は今日の午後、お前の分の冬用シーツとカバーも買いに行きたかったんだけどさ。ちょっとお互い仕事があったから、無理だったよな」
これからどんどん寒くなるのに、凛に薄いシーツのままで寝かせて風邪でも引かれたらたまらない。
「だから、明日行くか。月曜日だけど、学校終わった後に一緒にホームセンターに行こうぜ」
「ホームセンターで、お買い物デート?」
「まあ、デートっていうか買い出しだけどな。お前もお揃いのもふもふシーツがいいだろ?」
「うんっ! 行く!」
凛はこたつの中から勢いよく顔を出し、パァッと花が咲いたような満面の笑顔を見せた。
だが、その直後。
凛はふと何かを思いついたようにパチクリと瞬きをし、小首を傾げた。
「……あ。でも、明日シーツを買って帰ってきても、一回洗濯して干さなきゃだよね?」
「ん? ああ、そうだな。買いたてのやつは糊がついてたりするし、一回洗ってからの方が気持ちいいからな。明日の夜に洗って部屋干ししておけば、明後日……火曜の夜にはふかふかで使えるようになると思うぞ」
俺が当たり前のように答えると、凛の口角が、にんまりと悪戯っぽく吊り上がった。
「ってことは、私のベッドが冬仕様になるのは『火曜日の夜から』だよね?」
「……え?」
嫌な予感がして、俺の背筋に冷たい汗が流れる。
凛はこたつの上に身を乗り出し、俺を真っ直ぐに見つめながら、とびきり甘い声で宣言した。
「じゃあ、シーツが乾くまでの間……今夜と、明日の夜も、朝陽くんのベッドで一緒に寝るね」
「……っ!!?」
あまりにも堂々とした、そして全く反論の余地がない完璧な理論の『お泊まり延長宣言』。
「えっ!? いや、待て、さすがに三日連続は……!!」
「だめ……? 私に、風邪ひいてほしいの?」
こたつの布団をきゅっと掴み、上目遣いでうるうると俺を見つめてくる瞳。
そのあざとすぎる、けれど最高に可愛い表情に、俺の貧弱な語彙力と抵抗力は一瞬で粉砕された。
「うっ……そ、そういうわけじゃ……」
「えへへ、やったぁ」
こたつの中で、俺の足に自分の足をツンツンと絡めながら、いたずらが成功した子供のように幸せそうに微笑む凛。
俺は赤くなった顔を両手で覆いながら、これから三日間続くことになった心臓に悪すぎる夜に向けて、胃痛と動悸、そしてほんの少しの嬉しさを必死に噛み殺していた。