軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第212話:お揃いのパジャマと、リベンジ。

お風呂から上がり、髪を乾かして一息ついていると、ガチャリと玄関のドアが開く音がした。

俺が合鍵を渡している相手は一人しかいない。

「お待たせ、朝陽くん。……どうかな?」

リビングに顔を出したのは、少し髪が湿った状態の凛だった。

その場でくるっと軽く回ってみせる彼女が着ているのは、以前一緒に買ったもこもこ素材のルームウェアだ。

落ち着いたオフホワイトの色合いが、凛の白い肌によく似合っている。

「うん、サイズもぴったりだし、似合ってるよ。可愛い」

「えへへ、よかった。朝陽くんのダークグレーも似合ってるよ。なんだか、お揃いって嬉しいね」

二人で同じようなもこもこの格好をしているのが少しおかしくて、自然と顔がほころぶ。

俺たちはリビングのソファに腰を下ろした。

買ってきたばかりの大判ブランケットを広げ、二人で肩を並べてその下に足を入れる。

想像以上にふわふわで温かく、二人ですっぽりくるまっても十分に余裕があるサイズだった。

「これ、本当にあったかいね。買ってよかった」

「だな。手触りもいいし、これからの時期重宝しそう」

テレビのバラエティ番組を適当に流しながら、のんびりとした時間を過ごす。

ふと、ブランケットの中で凛の手が俺の手に少しだけ触れた。

お風呂上がりなのに、指先が少し冷たかった。

「手、ちょっと冷たいな。」

「うん。お風呂入っても、手足はすぐ冷たくなっちゃうんだよね」

俺は自然な流れで彼女の手を両手で包み込み、指の付け根や手のひらを軽く揉むようにマッサージした。

「あっ……朝陽くんの手、あったかい。マッサージ、上手だね」

「そうか? ……力加減、痛くないか? 大丈夫?」

「ううん、すごく気持ちいい……」

凛はうっとりとした表情でソファの背もたれに体を預け、俺の肩にコテンと頭を乗せてきた。

テレビの笑い声と、隣から聞こえる穏やかな寝息の手前のような呼吸音。

これ以上ないくらい、平和で満たされた時間だった。

マッサージを続けながら、俺はふと今日のことを振り返った。

「今日、楽しかった?」

「うん、すごく。……一緒に買い物して、おでん作って、ケーキ食べて。本当に最高の誕生日だったよ」

凛が目を閉じたまま、心底嬉しそうに答える。

「そっか。それならよかった」

俺がほっとして手を離そうとすると、凛がその手をきゅっと握り返してきた。

そして、少しだけ顔を上げて俺の目を見つめる。

「……ねえ、朝陽くん。今日、あと一つだけお願いしてもいい?」

「いいよ。何?」

俺が首を傾げると、凛は少しだけ言葉に詰まった後、照れくさそうに口を開いた。

「あのさ……私が寝るまで、隣で添い寝してほしいな」

「え、添い寝?」

予想外の単語に、俺は思わず変な声を出してしまった。

「うん、私の部屋で。いつも寝る前に頭撫でてくれるけど、今日はそのまま、私が寝るまで隣にいてほしいの」

凛は俺の反応を見て少し悪戯っぽく笑い、言葉を続ける。

「……寝たら部屋に戻っていいよ。さすがに、まだ一緒に朝まで寝るのは早いでしょ?」

「っ……わかってるよ。じゃあ、今日は寝かしつけだな」

図星を突かれて少し恥ずかしくなりながらも、俺は一つ咳払いをして承諾した。

(……今日一日でだいぶ消費したけど。頑張れ、俺の理性……!)

内心でこっそりと気合を入れ直す。

「それじゃあ、歯磨きしよっか」

俺たちは洗面所に並んで立ち、それぞれの歯ブラシを口にくわえた。

鏡越しにチラッと目が合う。

口の中が泡だらけで喋れないから、なんとなく目で合図をして、お互いに少し可笑しくなって肩を揺らして笑った。

口をゆすぎ、部屋の電気を消して玄関を出る。

そして、隣の二〇二号室へ。

「お邪魔します」

凛の部屋に入るのは初めてではないが、夜の、しかもこれから彼女が寝るタイミングとなると、急に緊張感が跳ね上がる。

凛は小さな間接照明だけを残して部屋の明かりを落とし、ベッドの布団をめくった。

「朝陽くん、こっち」

「お、おう」

促されるまま、俺はベッドの端に腰を下ろし、靴下を脱いで布団に足を入れた。

シングルベッドよりは少し広いけれど、それでも大人二人が横になれば距離はかなり近い。

布団の中で、俺たちは向かい合う形で横になった。

腕枕なんかはハードルが高すぎるので、ただ隣で寄り添うだけだ。

それでも、同じ布団に入っているという事実だけで、変な汗をかきそうになる。

「……ふふっ」

凛が小さく笑って、布団の中で俺のパジャマの袖を軽く掴んできた。

「どうした?」

「朝陽くん……心臓の音、すごい聞こえる」

「……そりゃ、緊張するだろ。普通に。凛のベッドだし」

俺が少しむくれて答えると、凛は「ごめんね」と言いながら、少しだけ俺の方に身を寄せてきた。

「でも……すごく安心する。朝陽くんが隣にいてくれるって、こんなにあったかいんだね」

「……」

「あのね。告白してくれる少し前から、朝陽くん、すごく積極的に触れてくれるようになって……私、それがすごく嬉しかった」

凛が、思い出すように静かに語り始める。

「告白の時も、『おいで』って腕を広げてくれたし……今日も、外でずっと手を繋いで歩いてくれたでしょ。それがすごく嬉しくて」

「ああ……」

俺は少し照れくさくなりながらも、自分の正直な気持ちを打ち明けた。

「……本当は今まで、『サポーター』っていう立場でずっと我慢してたからさ。……付き合うことになって、少しタガが外れかけてるのかもしれない」

「タガが、外れかけてる?」

「うん。恋人になったんだし、もっと恋人っぽいことしてもいいんだって思ったら……少しずつでも、そういうことしていきたいなって思って。それで、自然と手が出ちゃってたというか」

俺の言葉に、凛はパァッと表情を明るくして、嬉しそうに目を細めた。

「うん……。だから、もっと触ってくれていいんだよ?」

上目遣いで、少しだけ恥ずかしそうに、でも真っ直ぐにそう告げられた。

俺は一瞬息が詰まりそうになったけれど、照れ隠しに小さく息を吐いてから、ゆっくりと手を伸ばした。

そして、彼女の頭を優しく撫でる。

子供を寝かしつけるみたいに、ゆっくりと、一定のリズムで。

「……気持ちいい。なんだか、すぐ眠くなっちゃいそう……」

「いいよ、ゆっくり寝な。今日はいっぱい歩いて疲れただろ」

「うん……。朝陽くん、今日は本当にありがとう……」

頭を撫でる手の動きに合わせて、凛のまぶたが少しずつ重そうに下がっていく。

やがて、短く言葉を交わす間隔が長くなり、スースーと規則正しい寝息が聞こえ始めた。

(……寝たか)

俺は緊張で少し固まっていた体の力を抜き、隣で眠る彼女の顔を静かに見つめた。

穏やかで、幸せそうな寝顔だった。

少しだけ前髪を直してやり、俺は音を立てないようにゆっくりと布団から抜け出す。

「……おやすみ、凛」

誰にも聞こえないくらい小さな声で呟き、俺は静かにドアを閉めて自分の部屋へと帰った。

少しだけ冷たくなった秋の夜風が、火照った顔に心地よかった。