軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第211話:おでんと、誕生日ケーキ

「ふぅ、ただいま」

「……私、少し楽な服に着替えてくるね」

「わかった。俺、先におでんの準備始めとくよ」

買い物袋をテーブルに置き、凛は一旦自分の二〇二号室へと戻っていった。

俺は手を洗ってエプロンをつけると、早速キッチンで調理を始める。

まずは時間のかかる大根の皮を厚めに剥き、包丁で半分に切っていく。

牛すじも下茹でをしておき、まとめて圧力鍋に放り込んだ。

普通の鍋でコトコト煮込むのもいいが、圧力鍋を使えば大根も牛すじもあっという間に柔らかくなるし、味もしっかり染み込む。

ゆで卵を作り、こんにゃくに隠し包丁を入れていると、玄関のドアが開く音がした。

「ただいま、朝陽くん」

「おかえり」

戻ってきた凛は、普段着ているラフなスウェットの部屋着に着替えていた。

外での綺麗にまとまった服装もいいけれど、こういう気の抜けた格好を見ると、なんだかホッとする。

「なんか手伝うことある?」

凛がキッチンの横に立って鍋の中を覗き込んでくる。

「いや、今日は座ってて。あ、でもあとで味見は頼むかも」

「わかった。……あ、圧力鍋使うんだね。シューって音、ちょっとびっくりする」

「はは、たしかに。でもこれ使うと、大根もすぐ柔らかくなるからさ。時短時短」

コンロの火をつけながらそう答えると、凛は「そっか」と頷いて、ダイニングテーブルの椅子にちょこんと座った。

「今日、人多かったね」「ショッピングモール、広くて全部回りきれなかったかも」なんて、他愛ない会話をしながら出来上がりを待つ。

特別なことは何もしていないけれど、こういう普通の時間がやけに心地よかった。

「よし、そろそろいいかな」

圧力が下がったのを確認して蓋を開けると、出汁のいい香りが湯気と一緒にふわりと広がった。

土鍋に移し替え、テーブルの中央にドンと置く。

「熱いから気をつけてな。」

「いただきます」

小鉢に取り分け、フーフーと息を吹きかけてから口に運ぶ。

「ん……大根、すっごく柔らかい。美味しい」

「牛すじもいい感じだな。スーパーで一緒に選んでよかった」

凛が嬉しそうに目を細めて、大根を小さくかじっている。

「うん。ちくわぶも味が染みてるよ」

「今日結構歩いたから、余計にお腹空いてたかもな」

「あはは、確かに。お昼のパスタも美味しかったけど、やっぱり朝陽くんの作るご飯は落ち着くよ」

デートの振り返りをしたり、これからの季節は普通のお鍋もいいな、なんて話をしたり。

張り切った外食のディナーもいいけれど、こうして二人で向かい合って、テレビの音をBGMにしながらつつくおでんも悪くない。

気がつけば、二人でかなりの量を平らげていた。

「ふぅ、食った食った……。ちょっとお腹休めたら、ケーキにするか」

「うん、賛成」

食器を軽く片付けた後、俺は冷蔵庫から買ってきたイチゴのホールケーキを取り出した。

箱から出してテーブルの真ん中に置き、ロウソクを何本か刺して火をつける。

「ちょっと電気消すぞ」

部屋の照明を落とすと、小さなロウソクの炎だけがテーブルをふんわりと照らした。

「誕生日おめでとう、凛」

「ありがとう。なんか、ちゃんと祝ってもらうの照れるね」

オレンジ色の光の中で、凛が少しはにかむように笑う。

「ほら、火消して」

「うん」

凛がふーっと息を吹きかけると、部屋がスッと暗くなった。

すぐに電気をつけて、ケーキを切り分ける準備をする。

「はい、チョコプレート。ここに乗っけとくからな」

「えっ、いいの? 朝陽くん、半分食べないの?」

「いいよ。主役なんだから全部食べな」

「ふふっ、ありがとう。じゃあ遠慮なくいただくね」

俺が切り分けたケーキの横にプレートを添えて渡すと、凛は嬉しそうにフォークを持った。

「……イチゴはどうする派?」

「私は最初にとっておく派かな。好きなものは一番最後に食べたいから」

凛が自分の皿の端にイチゴを避けるのを見て、俺も自分のフォークを手にする。

「俺も最後に食べる派だな」

「えっ、じゃあ朝陽くんのイチゴも私が食べちゃおっかな」

「おいおい、主役だからってそれはワガママだぞ。これは俺の」

冗談を言って笑い合いながら、甘いケーキを頬張る。

気の利いたセリフなんて一つも言えなかったけれど、凛がずっと楽しそうに笑ってくれていたから、きっとこれで正解なんだと思う。

「ごちそうさまでした。ケーキ、すっごく美味しかったね」

「ああ、そうだな。……でもさ」

二人で最後の一口を食べ終え、温かいお茶を飲んで一息ついたところで、俺はずっと心の中にあった少しの心残りを口にした。

「本当は俺、自分でケーキも作りたかったんだよな」

「えっ?」

「色々あって時間が作れなくて、今回はお店で買ったやつになったけど……。来週あたり、俺が改めて誕生日ケーキ作るから」

俺がそう宣言すると、凛は目を丸くした後、パァッと花が咲いたように表情を明るくした。

「本当!? わぁ……すっごく楽しみ! 朝陽くんの手作りケーキ、絶対に美味しいもん」

「ハードル上げるなよ。まあ、期待しといて」

喜んでくれる彼女を見て、俺もようやく少しだけ肩の荷が下りた気がした。

時計を見ると、時刻は夜の九時を回ったところだった。

「じゃあ、一旦それぞれ自分の部屋に戻って、お風呂入ってからまた集合するか」

俺が提案すると、凛は嬉しそうに頷いた。

「うん! じゃあ、お風呂上がったら例のパジャマ着てくるね」

「ああ、前に一緒に買ったやつな。俺も着とくわ」

少し寒くなってきたら着ようと言って、以前二人で買っておいたお揃いのもこもこパジャマ。

それを着て、今日買ったブランケットで一緒にくつろぐ予定だ。

「それじゃあ、あとでね」

「おう。気をつけて帰れよ」

「隣だからすぐだよ」

くすっと笑って、凛は自分の部屋へと帰っていった。

一人になった部屋で、俺は少しだけ早くなった自分の鼓動を感じながら、お風呂の準備を始めた。