作品タイトル不明
第198話:勉強会と、二人のキッチン
「お邪魔しまーす!」
日曜日の午前十時。
俺のアパートの201号室に、大輝、寺田さん、そして佐藤さんの三人がやってきた。
それぞれの腕には、コンビニの袋いっぱいに詰まったスナック菓子やペットボトルの飲み物が抱えられている。
「おう、いらっしゃい。適当に座ってくれ」
「わぁ、相変わらず綺麗にしてるね!」
佐藤さんが部屋を見回して感心したように言うと、隣で凛が「ふふっ、朝陽くんはすごく綺麗好きだからね」と、なぜか自分のことのように得意げに胸を張った。
テーブルに持参したお菓子を広げ、俺たちは早速教科書とノートを開いて勉強会をスタートさせた。
「いいか大輝、寺田さん。ここの公式、前の中間テストでも間違えてただろ。ここは確実に点取れるところだから、今のうちに頭に叩き込め」
「うっ……瀬戸先生、容赦ねぇ……」
「だ、だってこの数式、呪文にしか見えないんだもん……」
俺が理系科目を担当し、赤点ギリギリの二人にみっちりと基礎を叩き込む。
一方、テーブルの反対側では、凛が文系科目を担当して佐藤さんに教えていた。
「ここはね、この単語が過去形になってるから、こういう風に訳すと綺麗にまとまるよ」
「なるほど! 凛ちゃんの説明、学校の先生より全然分かりやすい!」
「えへへ、よかった。じゃあ次の問題もやってみようか」
頭を抱えて悲鳴を上げる大輝たちと、和気あいあいと進む凛たち。
同じテーブルの上で、対照的な二つの「教室」が展開されていた。
みっちりと二時間半ほど勉強を進め、時計の針が十二時半を回った頃。
俺はシャーペンを置き、大きく伸びをした。
「よし、午前中はここまでにするか。そろそろ昼飯にしよう」
「やったー! 死ぬかと思った……」
大輝が机に突っ伏して安堵の息を吐く。
俺が立ち上がると、向かいに座っていた凛もパタパタとノートを閉じて立ち上がった。
「じゃあ、私たちお昼作ってくるね」
「おう。凛、エプロンそこにあるぞ」
「うんっ」
俺と凛は、壁のフックに掛けてあるそれぞれのエプロンを身につけ、キッチンへと並んで立った。
今日のメニューは、5人分のミートソースパスタ。
とはいえ、一からソースを作ると時間がかかってしまうため、実は昨日の夜、凛と一緒にあらかじめひき肉と野菜をたっぷりのトマト缶で煮込んで、特製のミートソースを仕込んでおいたのだ。
「朝陽くん、お湯沸いたよ。パスタ入れるね」
「サンキュ。俺はソース温めた。……ちょっと味見してみてくれるか?」
俺が小皿にソースを少しすくって差し出すと、凛はふーふーと息を吹きかけてから、ちょこんと口をつけた。
「んっ……すっごく美味しい! 昨日よりも味が染み込んでていい感じ」
「よし、じゃあこれでいくか。凛、茹で上がったらザルよろしく。俺はその間にお皿並べるから」
「うん、分かった! ついでに粉チーズとタバスコも出しておくね」
俺がソースの火を止め、凛が絶妙なタイミングでパスタの湯切りをする。
キッチンという限られたスペースで、ぶつかることもなく流れるように作業が進んでいく。
言葉数が少なくても、次にお互いが何をしてほしいのかが手に取るように分かっていた。
「お待たせ。できたぞ」
「熱いから気をつけてねー」
俺と凛が5人分のパスタが盛られた皿をテーブルに運ぶと、なぜか座っていた三人が、揃いも揃ってニヤニヤとした顔でこちらを見上げていた。
「……なんだよ、その顔」
俺が訝しげに尋ねると、佐藤さんがたまらないといった様子で口を開いた。
「ねえ……あの二人、まだ付き合ってないんだよね?」
「どう見ても、休日の新婚夫婦のキッチンだったよな」
「ていうか、『昨日よりも味が染み込んでて』って聞こえたんだけど。昨日も一緒にご飯作ってたの? 」
三人はヒソヒソと、しかし俺たちにバッチリ聞こえる声で盛り上がっている。
確かに、昨日の夜も一緒に仕込みをしたし、最近はこうして二人でキッチンに立つのが当たり前になっていたけれど、改めて客観的に指摘されると強烈に恥ずかしい。
大輝がフォークを手に取り、わざとらしく大きな声で言った。
「いやー! 瀬戸夫妻の息の合った共同作業、見事だったぜ! いただきます!」
「バッ、お前……! 変なこと言ってないで、早く食え!」
俺は耳まで熱くなるのを感じながら、そっぽを向いて大輝の背中を軽く叩いた。
隣を見ると、凛も顔を真っ赤にして両手で頬を押さえながら、「ふ、ふふ……冷めないうちにどうぞ……っ」と照れ隠しのように笑っていた。
手作りのミートソースパスタは「お店出せるレベルじゃん!」と大好評で、あっという間に5人分の皿が空になった。
昼食後、エネルギーを補給した俺たちは、午後もみっちりと勉強に励んだ。
時折お菓子をつまんだり、休憩がてら雑談を交えたりしながら、気がつけば外の空がうっすらと茜色に染まり始めていた。
「よし、今日はこれくらいにしておくか。大輝、さっきの小テスト、ちゃんと合格点いってたぞ」
夕方の十七時。俺がそう告げると、大輝と寺田さんは感極まったように顔を見合わせた。
「マジで!? やったぁぁっ!」
「瀬戸くん、凛ちゃん、本当にありがとう! これでなんとか赤点回避できそう!」
佐藤さんも「私も英語、すごく自信ついたよ!」とホクホク顔だ。
片付けを済ませ、三人は「明日学校でな!」と手を振りながら、明るい足取りで帰っていった。
嵐のように賑やかだった三人が去り、部屋には再び俺と凛の二人きりになった。
少し散らかったクッションを片付けながら、俺は大きく息を吐いた。
「疲れただろ、凛」
「ううん。みんなで勉強するの、すっごく楽しかったよ。朝陽くんこそ、ずっと教えてて疲れたんじゃない?」
凛が労うように微笑みかけてくれる。
その柔らかい声を聞くだけで、不思議と疲れがスッと抜けていく気がした。
「全然。あいつらが赤点取ったら寝覚めが悪いしな。それに……」
「それに?」
「凛が隣にいてくれたから、頑張れた」
俺がそう言うと、凛は嬉しそうに目を細めて「えへへ」と笑った。
「いよいよ、明後日からテスト本番だね」
「ああ。俺たちも、気抜かないようにしないとな」
窓から差し込む夕日の中。
賑やかな休日を終え、俺たちは静かに、しかし確かな気合いを入れ直した。