作品タイトル不明
第199話:テスト前夜の約束と、やっぱりご褒美。
火曜日。
いよいよ明日から前期期末テストが始まるという日の夜。
俺と凛は、201号室のダイニングテーブルで最後の総復習を行っていた。
「ふぅ……」
時計の針が夜の十時を回った頃。
俺はシャーペンを置き、凝り固まった首をコキコキと鳴らした。
向かいの席でノートに向かっていた凛も、区切りがついたのか顔を上げる。
「お疲れ様、朝陽くん。少し休憩する?」
「ああ。温かいものでも淹れるよ」
俺は立ち上がってキッチンに向かい、マグカップにココアを二つ作った。
湯気の立つマグカップをテーブルに置き、凛の前に差し出す。
「ありがとう。……ん、甘くて美味しい」
両手でマグカップを包み込み、ふーふーと息を吹きかけてから一口飲んだ凛が、ふにゃりと表情を緩める。
そのリラックスした顔を見つめながら、俺は自分のココアに口をつけ、ふと思い立ったことを口にした。
「明日から、いよいよ本番だな。……なあ、凛」
「ん?」
「このテストが無事に終わったらさ。ご褒美として、今度の日曜日、二人でどっか出かけないか? 週末の買い出しがてら、ちょっと足を伸ばして美味しいものでも食べに行こう」
俺がそう提案すると、凛はココアの入ったマグカップを持ったまま、パァッと顔を輝かせた。
「行く! 絶対に行く!」
「ははっ、即答だな。土曜日は仕事で疲れてるだろうし、日曜日はゆっくり休ませてやりたい気持ちもあるんだけど……」
「ううん、朝陽くんとお出かけする方が、私にとっては一番の休息だもん。……えへへ、ご褒美があるなら、明日からのテスト、すっごく頑張れそう!」
凛は気合いを入れ直すように、小さく両手でガッツポーズを作った。
その無邪気な姿に、俺も自然と笑みがこぼれる。
「よし。じゃあお互い、悔いのないように頑張るか」
「うんっ!」
テスト前夜の張り詰めた空気は、甘いココアと日曜日の約束のおかげで、じんわりと温かいものに変わっていた。
翌日の10月21日から、三日間にわたる前期期末テストが始まった。
教室は静まり返り、カリカリと鉛筆が紙を走る音だけが響き渡る。
俺は凛と一緒に勉強した内容を思い出しながら、順調に問題を解き進めていった。
そして、二日目の数学のテストが終わった直後の休み時間のこと。
チャイムが鳴り、試験監督の教師が解答用紙を回収して教室を出て行った瞬間、大輝がふらふらとした足取りで俺の席へとやってきた。
その顔は、まるでこの世の終わりを見たかのように青ざめている。
「……なぁ、朝陽」
「どうした。そんな死にそうな顔して」
「最後の大問……答え、『3』になったか……?」
すがるような目で尋ねてくる大輝に、俺は無慈悲な現実を突きつけた。
「いや、『マイナス12』だぞ」
「終わった……」
大輝はガックリと膝から崩れ落ち、俺の机に突っ伏した。
男子高校生あるあるの、休み時間の絶望的な答え合わせである。
「でも、あの大問は配点低いし、応用問題だから解けなくてもそこまで致命傷にはならないだろ。他のところはどうだったんだよ」
俺が慰めるように背中を叩くと、大輝はバッと顔を上げた。
「あっ! でも、お前が日曜日に教えてくれた基礎の計算問題は、マジで完璧に書けた! だから、赤点は絶対に回避したはず!」
「ならよかったよ。俺も教えた甲斐があった」
「朝陽様様だわ、本当に。……よし、次の理科もこの調子で耐え凌ぐぜ!」
見事に復活を遂げた大輝は、力強くガッツポーズをして自分の席へと戻っていった。
教えた友人がちゃんと手応えを感じてくれたことに、俺も密かに安堵の息を吐いた。
そして迎えた金曜日。
最終日の最後の科目の終了を告げるチャイムが、学校中に鳴り響いた。
解答用紙がすべて回収され、教師が「よし、これでテスト期間は終了だ。
部活がある奴は遅れないようにな」と告げて教室を出ていく。
「終わったぁぁっ!!」
「自由だー!!」
その瞬間、教室中から解放感に満ちた叫び声が上がった。
大輝や寺田さんも「生き延びた……!」「今日は絶対カラオケ行く……!」と崩れ落ちるように喜んでいる。
俺も肩の荷が下りたのを感じながら、カバンに荷物を詰めて教室を出た。
秋の涼しい風が吹き抜ける帰り道。
話題は自然と、明後日に迫った「日曜日のご褒美のお出かけ」のことになった。
「日曜日はどうする? どこか行きたいところあるか?」
「えっとね、少し足を伸ばして、大きめのスーパーとか雑貨屋さんとか、色々回りたいな。お出かけついでに、来週の食材もまとめて買っておきたいし」
「了解。なら、駅前の方まで出るか」
俺がスマホで店を調べようとすると、凛が少し歩みを遅め、思案顔でこちらを見上げた。
「……あ、でも私、日曜日はまた『変装』して行った方がいいかな?」
「変装?」
「うん。駅前の方まで行くなら、休日は学校の生徒とすれ違う確率も高くなるし……。その方が、朝陽くんも気楽に買い物できるんじゃないかなって」
凛が言う「変装」とは、以前もやっていた、少し地味な服を着るというものだ。
確かに、休日の駅前はうちの高校の生徒もよく遊びに行っている。
そこで「氷の令嬢」である凛と一緒にいるところを見られれば、間違いなく騒ぎになるだろう。
周りの目を気にせず、二人でゆっくり買い物を楽しむなら、その方がいいかもしれない。
「まあ、そうだな。その方が周りの目も気にせずゆっくりできるし、そうするか」
「うんっ! じゃあ、日曜日はあの格好で行くね!」
凛は嬉しそうに頷き、俺たちはそのままのんびりとアパートへ向かって歩き続けた。
テストも無事に終わり、待ちに待った日曜日のお出かけ。
俺も凛も、ただ純粋にその日を楽しみにしていた。
――しかし。
その凛の「変装」が原因で、週明けの月曜日、学校でとんでもない噂が流れることになるとは。
この時の俺たちは、知る由もなかったのである。