軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第175話:木陰での手当と、闘志。

「――おい、凛! 大丈夫か!」

校舎裏の、人目のつかない木陰。

息を切らせ、救急箱を抱えて駆けつけてきた朝陽くんの姿に、私は思わず目を丸くした。

「朝陽くん……どうして?」

「どうしてじゃないだろ。さっきの棒引きで転んだの、用具テントから見えてたぞ」

朝陽くんは少し険しい顔をして、私の前にトンッと片膝をついた。

グラウンドの喧騒が遠くに聞こえるこの木陰だけ、まるで別の空間のように静かに感じられる。

「座れよ、手当てするから」

促されるまま、私は木陰のベンチに腰を下ろした。

朝陽くんは救急箱をカチャリと開けると、消毒液とコットンを取り出した。

「お前、朝あんなに『怪我だけはするな』って言っただろ……」

「……ごめんなさい。つい、熱くなっちゃって」

私がシュンとして俯くと、朝陽くんは小さくため息をついた。

怒られるかと思ったけれど、私の右膝に触れた彼の手は、驚くほど温かくて優しかった。

「ちょっと染みるぞ」

「……んっ」

消毒液を含ませたコットンが傷口に触れ、ピリッとした痛みが走る。

でも、それ以上に、至近距離で真剣な顔をして私の膝の傷を見つめる彼の姿に、心臓がトクン、トクンと大きく跳ねていた。

(……見つかっちゃったな)

彼に心配をかけたくないと思っていたのに。

結局、私が少しでも危ういと、彼はこうしてどこからでも駆けつけて、私を助けてくれる。

その過保護なまでの優しさと、真っ直ぐな愛情が、くすぐったくて、嬉しかった。

「よし、これで大丈夫だ。砂は入ってなかったし、すぐ治るよ」

朝陽くんは傷口に丁寧に大きめの絆創膏を貼ると、ふうっと息を吐いて立ち上がった。

「ありがとう、朝陽くん」

「おう。歩けるか? 痛むならおぶって……」

「ううん、大丈夫。歩けるよ」

立ち上がろうとする彼を引き止めるように、私はそっと、彼の体操服の袖口をきゅっと掴んだ。

「ん? どうした?」

朝陽くんが不思議そうに振り返る。私は、彼を真っ直ぐに見つめ返した。

「……あのね。お弁当、すっごく美味しかったよ」

クラスの友達の前では、ただ「作ってもらった」としか言えなかった。

本当は「大好きな人が早起きして作ってくれた、世界一のお弁当だ」って自慢したかったけれど、それはまだ秘密だから。

だから、彼にだけは、誰にも邪魔されないこの場所で、ちゃんと伝えたかった。

「卵焼きも、唐揚げも。全部、私の一番好きな味だった」

私がそう言うと、朝陽くんは少しだけ目を丸くして、それから照れくさそうにポリポリと頬を掻いた。

「……おう。お前が喜ぶなら、早起きした甲斐があったよ」

少し赤くなった顔で、嬉しそうにフッと笑う。

その笑顔を見られただけで、転んでしまった痛みなんてどこかへ飛んでいってしまったような気がした。

「もうすぐ、午後のプログラムも終盤だね。……朝陽くんのリレー」

私がふとそう声をかけると、朝陽くんは救急箱の持ち手を握り直し、ゆっくりと頷いた。

「ああ。お前が午前中、あんなにかっこいいとこ見せたんだからな」

「えっ……」

朝陽くんの口から出た「かっこいい」という言葉に、私の心臓がドクンと大きく鳴る。

彼は、いつもの『一歩引いたサポーター』としての穏やかな顔つきではなく、一人の男としての、自信と闘志に満ちた表情を浮かべていた。

「次は俺の番だ。ちゃんと見とけよ」

それは、紛れもない宣戦布告だった。

私が彼に見せたかった「かっこいい私」を、彼はしっかりと受け止めてくれていた。

そして今度は、彼自身が私に「かっこいいところ」を見せようとしている。

胸の奥が熱くなる。

普段は猫背で、目立たないように振る舞っている彼が、私のために本気を出そうとしてくれている。

「……うん。絶対、見る。誰よりも一番、朝陽くんのこと見てるから」

私が力強く頷くと、朝陽くんは「期待しとけ」と短く笑い、足早に用具テントの方へ戻っていった。

私がクラスのテントに戻ると、陽菜が「凛、足大丈夫だった?」と迎えてくれた。

「うん、バッチリ手当てしてもらったから、もう痛くないよ」

「そっか、よかった……って、あれ? なんか凛、すごい嬉しそうだけど」

「ふふっ、内緒」

私が微笑んでいると、グラウンドのスピーカーから、今日一番の大きな音量で放送が響き渡った。

『――本日の最終プログラム、色別対抗リレーを行います。各クラスの代表選手は、トラックに入場してください』

そのアナウンスと共に、グラウンドの空気が一気に張り詰める。

クラスの陣地からは割れんばかりの歓声とエールが飛び交い、全校生徒の熱気がトラックへと集中していく。

私は、自分のクラスの応援席の最前列に立ち、フェンス越しにグラウンドを見つめた。

各クラスの俊足の代表選手たちが、緊張した面持ちで自分のポジションへと向かっていく。

その中に、黄緑色のビブスを脱ぎ、体操服姿になった朝陽くんの姿があった。

彼はアンカーの前の、重要なバトンゾーンで軽くアキレス腱を伸ばしている。

遠く離れた場所からでも、彼の纏う空気がいつもと違うのが分かった。

普段の気怠げな雰囲気は微塵もなく、ただ真っ直ぐに前を見据えるその横顔は、恐ろしいほどに研ぎ澄まされている。

(朝陽くんの、本気の走り……)

胸の鼓動が高鳴る。

周りの声援が遠のき、私の世界には、スタートラインに立つ選手たちと、彼しか存在しなくなった。

『――位置について』

スターターピストルが天高く掲げられる。

グラウンドが一瞬の静寂に包まれた。

『よーい……』

パンッ!!

乾いた銃声が秋空に響き渡り、いよいよ、体育祭のクライマックスの幕が上がった。