作品タイトル不明
第174話:匂わせランチと、アクシデント
午前のプログラムが無事に終了し、待ちに待ったお昼休みの時間がやってきた。
俺は用具係の仕事を片付けた後、校舎裏の涼しい木陰にあるベンチで、大輝と寺田さんの三人でご飯を食べることになった。
「うわっ、瀬戸の弁当、相変わらずうまそー!」
俺が保冷バッグから二段の弁当箱を取り出して蓋を開けると、隣に座った大輝が目を輝かせて身を乗り出してきた。
「二度揚げした唐揚げに、甘めの卵焼き、それにタコさんウインナーか。シンプルだけど、間違いない布陣だな」
「だろ。体力勝負の日だからな、カロリーもしっかり計算してある」
俺が少し得意げに胸を張ると、向かいに座った寺田さんが、ニヤニヤと意味深な笑みを浮かべてきた。
「ねえ、瀬戸くん。その美味しそうな卵焼きとか唐揚げとか……まさか、凜ちゃんの意見が入ってたりするの?」
「ん? おう、入ってるよ。あいつがこれ食べたいって言ったからな」
隠すことでもないので俺があっさりと肯定すると、大輝と寺田さんは顔を見合わせ、やれやれと苦笑いを浮かべた。
「……そっか。うん、なんというか、ご馳走様って感じね」
「おい朝陽、お前絶対それ、外で他の奴に言うなよ。刺されるぞ」
「は? なんでだよ。ただのリクエストだろ」
俺が首を傾げながら唐揚げを口に放り込むと、二人は「まあ、いいけどさ……」とため息をつきながら自分たちの弁当を食べ始めた。
(凛視点)
一方その頃。私は、グラウンドの端にあるクラスのテントでお弁当箱を広げていた。
一緒に食べているのは、親友の陽菜と、クラスでよく話す女子二人の、合わせて四人グループだ。
親友とまではいかなくても、よく話す適度な距離感の友人たちである。
「わぁ……冬月さんのお弁当、すっごく美味しそう! 色合いも綺麗だし、お店のお弁当みたい」
私がランチバッグからお弁当箱を取り出すと、向かいに座っていた友人Aが目を丸くして感嘆の声を上げた。
「本当だ、唐揚げ美味しそう〜。これ、冬月さんが自分で作ったの?」
隣の友人Bの質問に、私は少しだけ頬が緩むのを感じながら、首を横に振った。
「……ううん。作ってもらったの」
「えっ、誰に? まさか……」
友人AとBが顔を見合わせ、ピンときたように目を輝かせた。
「もしかして……あの『絶賛片思い中』っていう噂の、好きな人?」
「あっ、やっぱりそうなの!?」
身を乗り出してくる二人の圧に、隣でご飯を食べていた陽菜が「ちょ、ちょっと凛、言っちゃわないよね……!?」とハラハラした視線を向けてくる。
私は陽菜に「大丈夫だよ」と視線で返し、再び二人に向き直った。
「そうですね。その人に作ってもらいました」
私が正直に答えると、二人は「キャーッ!」と小声で悲鳴を上げて盛り上がり始めた。
「すごいすごい! お弁当作ってくれるなんて、めっちゃ家庭的な人なんだね!」
「冬月さんの好きな人って、どんな人? 先輩? それとも他校の人?」
興味津々に食いついてくる二人に、私は『氷の令嬢』の微笑みを崩さないまま、ゆっくりと首を振った。
「ふふっ。どんな人かは……まだ内緒。片思いなので」
そうはぐらかしながらも、私は心の中で、離れた場所でお弁当を食べているはずの彼を思い浮かべていた。
(朝陽くんが作ってくれたお弁当、やっぱり世界一美味しいな)
告白に向けて、少しずつ外堀を埋めていくような不思議な高揚感を感じながら、私は幸せな気持ちで彼の手作り弁当を味わった。
お昼休みが終わり、午後の部がスタートした。
午後一発目の競技は、女子による学年別の『棒引き』だ。
グラウンドの中央に置かれた数本の長い竹の棒を、合図と共に両陣営から走り寄って奪い合うという、女の意地がぶつかり合う激しい競技である。
『――よーい、ドン!』
ピストルの音と共に、私はクラスの女子たちと一斉にグラウンドの中央へ向かって駆け出した。
狙うは、陣地の正面にある一本の竹の棒。
「せーのっ、引っ張れー!」
私を含む五人で棒の端を掴み、力一杯自陣へ向かって引き寄せる。しかし、相手クラスも負けじと反対側から必死に引っ張ってくる。
「負けないで! 冬月さん、もうちょっと!」
「うんっ……!」
綱引きのような膠着状態が数秒続いた後、相手側の人数が急に一人増え、グンッと強い力で棒が向こう側へ引かれた。
「あっ……!」
その瞬間、踏ん張っていた私の足元の土がズルッと滑った。
バランスを崩した私は、棒から手を離してしまい、そのままグラウンドの砂の上にガクンと両膝をついてしまった。
「痛っ……」
すぐに立ち上がったものの、右膝の体操服の布地越しに、ジンジンとした痛みが走る。
幸い、競技は他のクラスメイトの頑張りもあって引き分けで終わったが、陣地に戻る私の足取りは少しだけ重かった。
「凛、大丈夫!? さっき転んでたよね?」
クラスのテントに戻ると、陽菜が心配そうに駆け寄ってきた。
「うん、平気。ちょっと膝を擦りむいちゃったみたいだから、救護テントで絆創膏をもらってくるね」
私は痛む右膝を庇いながらそう答え、テントを後にした。
グラウンドの端を歩きながら、私は少しだけ顔をしかめた。
(怪我しないようにって、朝陽くんに言われてたのに……)
彼に心配をかけたくない。そう思い、人目のつかない校舎裏の木陰の近くを通り抜けようとした、その時だった。
「――おい、凛! 大丈夫か!」
焦ったような声と共に、私の前に現れたのは、息を切らせ、手には救急箱を抱えた朝陽くんだった。
用具係のビブスを着た彼は、私の顔を見るなり、心配そうに眉をひそめて駆け寄ってきた。
怪我を隠そうとしていたのに、一番見つかりたくない人、そして一番見つけてほしかった人に、あっさりと見つかってしまったのだった。