軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第172話:見えないライバル探しと、呆れる親友たち

雲一つない見事な秋晴れの空の下、グラウンドには朝から生徒たちの活気と熱気が充満していた。

「よし、ライン引きはこれでオッケーっと……」

俺は用具係の黄緑色のビブスを体操服の上から被り、白線引きのカートを倉庫の脇に片付けていた。

係の仕事は体力勝負の裏方作業が多いが、サポーター気質の俺にとっては、誰かのために環境を整えるこういう仕事は嫌いじゃなかった。

額の汗を手の甲で拭っていると、背後から陽気な声が聞こえてきた。

「おーい、朝陽! お疲れさん!」

振り返ると、クラスメイトで親友の大輝と、その彼女である寺田さん歩いてくる。

二人とも、クラスのカラーハチマキをきゅっと頭に締めていて、気合十分といった様子だ。

「おう、大輝、寺田さん。お前らも準備バッチリみたいだな」

俺が手を上げると、大輝は俺の肩をバシッと力強く叩いて、なぜか満面の笑みを浮かべた。

「朝陽。……今日を、最高に忘れられない一日にしようぜ!」

「えっ? お、おう……?」

大輝の急な熱血発言に俺が戸惑っていると、隣にいる寺田さんも、俺の顔を覗き込んでニヤニヤと意味深な笑みを浮かべてきた。

「瀬戸くん、今日はいろんな意味で気合入れてね! 全力で臨まないと、後悔するかもよ〜?」

「なんだよ二人して、改まって。……まあでも、高二の体育祭は一回だけだしな。お互い、怪我しないように気をつけようぜ。」

俺が純粋な学校行事への意気込みとして真っ当に返すと、大輝と寺田さんは顔を見合わせて、「ふふっ」「相変わらずだな」と、どこか呆れたように、けれど楽しそうにくすくすと笑った。

(……なんだこいつら。変なテンションだな)

俺は首を傾げたが、深く追及する前に開会式を知らせる放送がグラウンドに響き渡り、俺たちはクラスの陣地へと急いで戻っていった。

吹奏楽部の華やかなファンファーレと共に、体育祭が盛大に開幕した。

午前中のプログラムは、全学年が参加する和やかな競技からスタートする。

最初の競技は、クラス対抗の『玉入れ』だ。

俺もクラスの代表として出場したが、無駄に目立つことは避け、適度に腕を動かして無難に籠へ玉を投げ入れることに徹した。

ピーッ! と終了のホイッスルが鳴り、俺は一つ息を吐いて列に戻る。

自分の出番が終わると、俺の目は自然と、グラウンドのどこかにいるはずの「彼女」の姿を探してしまっていた。

(……お、いたいた)

他クラスの陣地。クラスメイトの女子たちに囲まれながら、真剣な表情で準備運動に参加している凛の姿を遠くから見つけた。

いつもは清楚な制服姿だが、今日は動きやすい体操服姿だ。長い黒髪は邪魔にならないようポニーテールにまとめられており、歩くたびにサラサラと揺れている。

あのクールな『氷の令嬢』が、クラスの輪の中で体育祭という行事にしっかり溶け込んでいる。

サポーターとして、その事実がなんだか無性に嬉しくて、俺は親のような眼差しで彼女を微笑ましく見守っていた。

だが、俺の視線はすぐに、凛の周囲をうろついている他クラスの男子生徒たちや、フェンス越しに見学に来ているらしい保護者や卒業生たちへと移っていった。

(……この中のどこかに、凜の『片思いの相手』がいるんだろうか)

俺の心に、ふとそんな疑問が湧き上がってきたのだ。

あいつが「絶賛片思い中」だという噂は、今や全校生徒の知るところだ。

その本命の相手が今日この体育祭に応援に来ているとしたら。

あいつが一番かっこいいところを見せたい相手が、俺の知らないどこかの観客席に座っているのだとしたら。

俺は用具係としてグラウンドの端を移動しながらも、無意識のうちにキョロキョロと周囲の男たちの顔を観察してしまっていた。

次の競技の準備を終え、係の待機スペースでパイプ椅子に座ってポカリを飲んでいると、自分の出番を終えた大輝と寺田さんがまたやってきた。

「おっつー、朝陽くん。用具係、忙しそうだね」

「おう。まあな」

「……で? お前、さっきからずっとキョロキョロして、誰か探してるのか?」

大輝が、不審そうに目を細めて俺を指摘してきた。

俺は一瞬図星を突かれて言葉に詰まったが、親友の二人になら誤魔化す必要もないかと思い、正直に打ち明けることにした。

「いや……冬月の片思いしてる相手って、どんな人なんだろうなって。ちょっと気になってさ」

「は……?」

俺の言葉に、大輝と寺田さんがポカンと口を開けた。

俺は気にせず、グラウンドを見渡しながら真面目な顔で続けた。

「だって、今日あいつ、すっごい気合入ってたんだよ。絶対にあいつの応援に来てるはずだろ? その本命の相手。他校のイケメンなのか、それとも大学生とかか……どんなすげえ奴なんだろうなと思って、つい探してしまってさ」

俺が純粋な疑問としてそうこぼすと、寺田さんはこめかみを押さえて、天を仰いだ。

「ねえ、大輝。……ほんとこの鈍感サポーター、どうしたもんかな」

「……俺に聞くなよ。まあ、これも朝陽らしいっちゃらしいけどな」

大輝と寺田さんは顔を見合わせ、やれやれと深く肩をすくめた。

「なんだよ。俺、なんか変なこと言ったか?」

「ううん、全然! 瀬戸くんはそのまま、今日も『サポーター』として頑張ってね!」

「……? おう、言われなくてもそのつもりだ」

紗季の投げやりなエールの意味が分からず、俺は首を傾げながらも力強く頷いた。

午前中のプログラムが順調に進行し、いよいよ凛が出場する『障害物競走』の時間が近づいてきた。

この競技は、網くぐりや麻袋ジャンプ、そして最後に借り物競走の要素が組み合わさった、体育祭の花形の一つだ。

俺は用具係の待機スペースから、スタートラインに向かって歩いていく凛の姿をジッと見つめた。

凛と凛のクラスメイトたちが、緊張した面持ちでコースの確認をしている。

凜の胃袋を満たし、疲れた体を癒やしているのは俺だ。

あいつの一番近くにいるのは、他の誰でもない、この俺なんだ。

……と、そこまで考えて、俺はふと自分自身の思考にハッとした。

(……なんで俺、自分でもびっくりするくらい、あいつのことばっかり考えてるんだ?)

あいつが誰に恋をしていようと、俺には関係のないことだ。

俺はただのサポーターであり、あいつの隣にいるのは期限付きの契約に過ぎない。

それなのに、他の男の影を想像するだけで、胸の奥がチクチクと痛み、焦燥感のようなものが込み上げてくる。

朝からずっと、あいつの笑顔を、あいつの視線を、無意識に独り占めしたいと願っている自分がいる。

自分の本当の気持ちの、その確かな輪郭に触れそうになった、その時だった。

『――第一レースの選手、位置について』

放送委員のアナウンスが響き、ピストルを持ったスターターが腕を上げた。

スタートラインに立つ凛が、前を見据えてスッと姿勢を低くする。その横顔は、普段のクールな彼女とは違う、アスリートのような鋭い真剣さを帯びていた。

思考が強制的に引き戻され、俺は彼女の姿に釘付けになった。

パンッ! という乾いた銃声と共に、凛が勢いよく飛び出していく。

見えないライバルへの対抗心も、芽生えかけた自分の気持ちへの戸惑いも、今は一旦胸の奥にしまい込む。

俺はサポーターとして、誰よりも熱い視線で、彼女の走る姿を追いかけ始めた。