軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第168話:広まる噂と見えない相手

月曜日。

今日からまた学校が始まる。

俺は自分の席につき、大きく伸びをしてから「……はぁ」と一つ息を吐いた。

体調は万全だ。ただ、心臓の疲労感がハンパじゃない。

この土日、イラストレーターの仕事を調整して時間のあった凛は、朝から晩まで俺の部屋(201号室)に入り浸っていた。

そして、「サポーターとして全部受け止める」という俺の決意を試すかのように、彼女の甘えっぷりは凄まじかった。

リビングでテレビを観ている時は、ずっと腕を絡ませて肩に寄りかかってくるし、キッチンで料理を作っている時も、隙あらば背中にくっついてくる。

突き放されないと知った凛は、遠慮という言葉を忘れたかのように、ニコニコしながら俺に甘えてきたのだ。

おかげで俺は二日間、四六時中フローラル系の甘い香りと柔らかな感触に晒され続け、ドキドキしっぱなしだった。

(……サポーターの業務過多だろ、これ。…誰だよ、氷の令嬢って名前つけたやつ…)

俺は机に頬杖をつきながら、苦笑いした。

まあ、あいつがそれで安心して仕事や勉強に集中できるなら、俺の理性がすり減るくらい安いもんか。

「おい、朝陽。……大丈夫か? なんか疲れた顔してるぞ」

休み時間。大輝が俺の席にやってきて、面白そうに顔を覗き込んできた。

「……おう。土日に色々とあってな。ちょっと心臓が休まってないだけだ」

「心臓がねぇ……。まあ、冬月さんの猛攻を毎日受けてりゃ、そうもなるか」

大輝はやれやれと首を振ってから、少し声を潜めて本題に入った。

「でさ、ちょっと耳に入れたいことがあるんだけど。例の冬月さんの話。……とうとう、学校中に噂が広まってるみたいだぞ」

「……は? 例のって」

「体育館裏での告白の件だよ。冬月さんが陸上部のエースを振ったって話」

大輝は咳払いを一つして、続けた。

「現場を直接見てたお前にとっては今更な話だろうけどさ。ただ振っただけじゃなくて、『今、絶賛片思い中の人がいる』ってハッキリ言ったって部分。そこが一番だったみたいで、今、学年どころか全校中がその話題で持ちきりだぞ」

「……マジかよ」

俺は驚いて、教室内を見回した。

大輝の言葉通り、クラスはいつもより騒がしかった。

男子たちが数人で集まり、白熱した様子で議論を交わしている。

「おいおい、聞いたか!? あの冬月さんが、陸上部のエース振ったらしいぞ!」

「マジかよ! エース様でもダメだったのかよ……」

「しかも、『絶賛片思い中』だってよ! 相手は誰だ!? 他校のイケメンか大学生か!?」

「サッカー部のキャプテンじゃないか?」

「いやいや、冬月さんの落ち着いた雰囲気からして、もっと年上の大人っぽい人だろ!」

男子たちの犯人探しは、来週に迫った体育祭以上に盛り上がりを見せていた。

高嶺の花である『氷の令嬢』が誰かに片思いをしているという事実は、彼らにとってとんでもないビッグニュースなのだ。

「……すげえな」

俺は男子たちの熱気にあてられ、ポツリとこぼした。

「全校生徒が、あいつの恋の相手を知りたがってる。……一体、どんなハイスペックな男なんだろうな。スポーツ万能で、頭も良くて、誰が見ても『氷の令嬢』の隣にふさわしい、すごい奴なんだろうな」

俺は想像もつかないライバルの姿を思い浮かべて、ふっと息を吐いた。

「そっか。俺があいつの生活をサポートしてるのも、結局はその本命の相手に振り向いてもらうための準備みたいなもんなのかもな。……なんだか、娘を送り出す父親みたいな心境になってきたぞ」

俺がウンウンと勝手に納得していると、隣で聞いていた大輝が「ぶふっ」と吹き出した。

「お、お前……ほんと、いいキャラしてるよな。父親って……くくっ」

「なんだよ、人が真面目に考察してるのに」

大輝が呆れたような、それでいてどこか楽しそうな顔で俺の肩をバンバンと叩くが、俺には何がおかしいのか全く分からなかった。

午後の体育祭全体練習。グラウンドは、本番に向けて熱気に包まれていた。

凛はクラスの女子たちと障害物競走の練習に向かい、俺のリレー練習まではまだ少し時間があった。

俺はグラウンドの隅のベンチで暇そうにしている大輝と寺田さんを見つけ、そこへ近づいた。

噂の中心にいる本人は、グラウンドでも当然のように注目を集めていた。

「凛ちゃん! 好きな人って誰なの!?」

「他校の人!? ねえねえ教えて!」

女子生徒たちが凛を囲み、目を輝かせて質問攻めにしている。

しかし、体操服姿の凛は完璧な『氷の令嬢』の仮面を被り、「プライベートなことなので、ごめんなさい」と涼しい顔でかわしていた。

「やっぱり、凛ちゃんはガードが固いね〜。誰にも心を開かないっていうか」

寺田さんが、遠くの凛の様子を見ながら感心したように言った。

「……でも、朝陽くんにだけは全然違うんだよね〜」

寺田さんが俺を見て、ニヤニヤと楽しそうに笑う。

「お前も面白がってるだろ」

「えへへ、どうかな?」

寺田さんと大輝が顔を見合わせて笑っていると、グラウンドの反対側にいた凛がふとこちらを向いた。

そして、遠く離れた俺とバッチリ目が合った。

すると彼女は、周囲の生徒たちには絶対に気づかれない角度で――俺にだけ向けて、ニコッととびきり甘い笑顔を浮かべ、胸元で小さく手を振ってきたのだ。

「っ……!?」

俺は心臓が口から飛び出しそうになり、慌ててバッと目を逸らした。

「……おやおや〜? 朝陽くん、今あっち見て顔赤くしなかった?」

「本当に分かりやすすぎ」

「うるさい! 」

物理的な距離があっても、容赦なく飛んでくる破壊力抜群のファンサ。

(安全パイだと思われてるからって、あんな無防備な笑顔向けてくるなよ! 本気で心臓止まるかと思っただろ!)

俺は真っ赤になった顔を手で仰ぎながら、荒ぶる心拍数を必死に落ち着かせていた。

放課後。全ての練習が終わり、俺たちは時間をずらして別々にアパートへ帰った。

一足先に帰り、201号室のソファに寝転がって、俺はぼんやりと天井を仰いだ。

静かな部屋の中で、ふと大輝との会話を思い出す。

(あいつの片思いが実って、本当に彼氏ができたら……)

そうなれば、当然他の男の家でご飯を食べたり、毎日無防備に甘えたりすることはなくなる。

俺がサポーターとしてあいつの隣にいられるのは、彼氏ができるまでだ。

(……サポーターの契約終了、か。……ちょっと、いや、かなり寂しいな)

正直に言えば、あいつの笑顔も、あいつの甘えた姿も、他の奴には見せたくない。俺の隣で笑っていてほしい。

無意識のうちに、俺の中にある小さな『独占欲』が顔を出していた。

だが、俺はすぐに両手でパンッと頬を叩き、気合を入れた。

(……何しんみりしてんだよ。俺はサポーターだろ!)

俺の存在意義は、あいつが健康で、笑顔で毎日を過ごせるように支えることだ。

あいつが本当に好きな奴と結ばれて、幸せになれるなら、それが一番いいに決まってる。

「よし。……あいつに彼氏ができるその日まで、サポーターの任期満了まできっちり見届けてやるか!」

俺は一人、前向きな決意を言葉にして立ち上がった。

まずは明日の体育祭練習に向けて、あいつが大好きな甘めの卵焼きでも仕込むとしよう。

いつか来る終わりの日までは、この少しドギマギする日常を、全力で楽しんでやろうと思う。