作品タイトル不明
末路
見えない壁を展開しながら弓矢を射ち続ける王太子と、壁を破ろうとするエドラン殿下、アレス男爵、フィリップの三人。
しかしどちらも成果を上げることが出来ずに時間だけが過ぎていく。
……そしてここは敵地、時間を稼がれたならそれだけこちらが不利になる訳で、決断しなければと銃を手に取る。
貫通力だけで言うなら、これ以上の武器はないはずで、これでダメなら何をしてもダメだろう。
諦めるのか、天井か壁を破壊するかの別の道を選ぶのか……無念ではあるが、諦めなければならないのだろう。
一度帰還し、新兵器を開発し……そのことを考えるのならここでこれを見せてしまうのは悪手だが、しかし試さないというのも悪手に思える。
そういう訳で博士に聞いた通りの手順で起動させ、弾丸の状態を確認……それから発射用意を済ませていると、王太子が声を上げてくる。
「お、お前……!? それはお前!?
この世界にはないはずだろ!! まさかお前……お前ぇぇぇ!!!」
また妄言なのだろう、相手をしても仕方ないと銃床を肩にしっかりと当ててから、銃口を王太子に向けて引き金に指をかけ、声を張り上げる。
「撃つぞ! 射線から離れてくれ!!!」
「ずるだろ、ずるだろ!! お前それはさぁ!! 世界のルール無視してんじゃねぇよ!!
世界観無視して、制作者の意思を無視して、卑怯にも程があるぞ!!」
俺に応えるかのように更に妄言、確かにこの世界の物理学で言えば存在しないものではある、そしてそれを知っているということは、コイツもしかして……?
いや、今考えることではないか、コイツがどういう存在であれ敵でしかないのだから。
「どうせ効かねぇよ!! 弾丸なんかで貫けるものか!! 貫きたかったら―――」
それ以上は耳を貸さずに引き金を引く。
瞬間凄まじい爆発音がし、衝撃があり、支えきれずに尻もちをついてしまう。
狭い空間だったこともあって音が反響して目眩がして、更に埃が舞うことで状況把握が出来ない。
「―――兄貴、兄貴、ちゃんと聞こえてる!?」
埃を振り払って目眩を振り払って、どうにか立ち上がっているとフィリップの悲鳴のような声が聞こえてくる、どうやら鼓膜は破れていないらしい。
「殿下と男爵は無事か?」
「無事無事、兄貴以外はびっくりしちゃっただけだよ。
……博士には後で文句いっておかないとなぁ、威力高すぎじゃない??」
俺の言葉にそう返してくれて、安堵していると視界が晴れていって……そして見えない壁の向こうの王太子の姿も視界に入る。
血まみれ、弾丸は壁を貫いて腹に命中したらしい、両手で腹を抑えながら苦しみ悶えている。
そして声にならない声を上げていて……あれはもう助からないだろうなぁ。
前世だったら腕の良い医者のいる緊急病院が近くにあれば……という感じだが、こちらの医療ではどうにもならないだろう。
そして王太子は散々に悲鳴を上げた後に、
「た、助け……助けてぇぇぇぇ、助けろぉぉぉぉ」
と、声を上げてくる。
……いや、元気だな、あの壁が威力を弱めて大したダメージじゃなかったのか?
いや、それにしては出血が多い、あの出血量ならもう死んでいてもおかしくないと言うか、少なくとも元気な声を上げるなんてことは出来ないはずなんだが……。
そんな王太子の表情は悲痛そのもの、憎き相手ではあるが少しだけ同情したくなる顔をしていて、かつて主従関係であったアレス男爵には特にそれが効いたらしく、男爵も王太子に負けない悲痛な表情をこちらに向けてくる。
助けたいのだろう、駆け寄りたいのだろう……ましてや相手は子供だ、男爵のような人間にこの光景は辛いのだろうなぁ。
……まぁ、手を取って看取るくらいは構わないか。
そう考えて頷くと、男爵は希望にその目を輝かせて王太子に駆け寄ろうとする……が、それを見えない壁が阻む。
「うん? なんだ? 弾丸が貫いたのに壁は残ったままなのか?」
俺がそう声を上げると、フィリップがすぐさま答えを返してくる。
「うん、そうみたい。
さっきまでは舞ってた埃がさ、兄貴が開けた穴を通っていたんだよ、でも途中から通らなくなったんだよね。
穴が修復したって言うのかな? 多分そんな感じ。さっき王太子もそんなことを言ってたし、多分自動で修復される壁なんじゃないかな」
「……助けたくても駆け寄りたくても壁が邪魔で、壁を破壊しようとしても勝手に修復する、と?
それは……どうにもならないんじゃないか?」
「王太子が壁を消してくれたらいけるんじゃない?
……っていうか遺物で傷を治せたり出来ないのかな? なんかさっきそんなことも言ってたような気がするんだけど」
「……ああ、回復がどうこうと……。
するとあの出血で生きているのは遺物の力か。
……ということはあのまま放っておいてもいずれは回復してしまう、のか?
そうなると困ったことにしかならないからなぁ、どうにか壁を破るしかないか」
と、俺達がそんな会話をしていると、エドラン殿下が場面に似合わない深刻な声をかけてくる。
「……どうなんだろうな。
確かにあの様子、なんらかの力で回復に近い現象が起きているようだが、それ以上に出血が激しい。
遺物が血液を補充しているのだとしても出血量の方が多いようだ、顔色も少しずつだが悪化していて改善の兆しが全く見えん。
そもそもとしてあんな大怪我が簡単に治るような遺物があるのだとしたら壁など必要ないはずで、そこまでの力は無いのだろうと推察出来る。
……結論として、身を守るための遺物がただの拷問器具になっているぞ。
壁で助けられん、とうに死んでいる所を死ぬことも出来ん……あの様子ではこれから何時間も……もしかしたら数日間、生死の境を味わうことになるだろう」
俺とフィリップはそれを聞いてなんともはやと呆れた顔になり、男爵は焦った顔となる。
そして見えない壁をドンドンと叩き、王太子に声をかける。
「殿下! この壁を消してください! この壁がある限りどうにも出来ません!」
助けるにしても介錯するにしても壁が邪魔で、しかし王太子は、
「助けろぉぉぉぉ、助けてくれよぉぉぉぉぉ!!」
と、悲鳴を上げるばかりで会話にならない。
恐らく男爵の声も届いてはいないのだろう、あの大声では自分の声しか耳に入らないはずだ。
「男爵、俺の銃はもう使えない、壁を破りたいのなら自分で破るしかないぞ。
……そしていつまでもここにいる訳にはいかない、決断しなければならないだろう」
このまま帰ったとして、自分の手で討ち取ったと言えば討ち取ったことになるが、しかし肝心要の首は持ち帰れない。
だがこのままここでグズグズしていては、よりヤバい状況となってしまう。
……俺の我儘に男爵やフィリップ、殿下を巻き込む訳にはいかない、無念ではあるが帰るしかないだろう。
一度は何も成果を上げることなく帰ることも覚悟した身としては及第点……まぁまぁ満足出来て妥協出来て、納得することの出来るラインは超えたと思う。
そうやって俺が自分の心をどうにか説得している中、男爵は剣では無理だと考えたのかどこかへと駆けていき……少しの間の後に騎士鎧用の槍を抱えて戻ってくる。
地下のどこかに武器倉庫でもあったのか、そこから持ってきたらしい槍をしっかりと構えて突き出し、壁を破ろうとし始める。
遺物の力も無限ではないはずだ、むしろこんな訳の分からない現象、数分の間だけでもとんでもないエネルギーを消費しているはず。
ならばそうやって殴っているうちに破れるはず……なのだが、男爵渾身の、力と気合の入った一撃でもっても穴を開けることすら出来ない。
……改めて思う、これをあっさりと破った博士の銃の貫通力のとんでもなさよ。
「せぃやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
それでも諦めない男爵は、そう声を張り上げて渾身の一撃を放つ。
会心の一撃と言って良い、槍が一切ブレずに真っ直ぐに突き出され、本当の意味での一点集中、男爵の持てるすべての力が穂先に集約される。
「見事……!」
それを見てエドラン殿下が声を上げ、同時に甲高い貫通音が響き渡る。
前世含めて初めて耳にする音だった、陶器を鉄の棒で軽く叩いたような、透き通って響く音。
槍が壁を貫通し、壁の向こう側に到達し……しかしそれだけ。
それで壁が砕けるようなことはなく、槍が刺さった状態のまま修復を始めたのか、槍がミシミシと音を立て始める。
男爵はその穴をどうにか広げようとか、穴をきっかけに破壊を広めようとかして力を込めて槍を振るおうとするが、もう食い込んでしまっているのだろう、槍はガッチリと固定されていて、ほんのわずかも動こうとしない。
そして……致命的な破壊音がして槍が歪み、砕け、修復されたらしい壁によって切断されてしまう。
「……この速度で修復するとなると、もうどうにもならないな。
遺物のエネルギーが切れるのを願うばかりだが、いつ消えるのかが分からない以上はどうにも出来ない。
……無念だが撤退する、もしこれで討てていなかったのだとしても仕切り直せば良いだけだ。
今ここで無駄に時間を浪費する訳にはいかない」
俺がそう言うと男爵は、しばらくの間俯いていたがすぐに顔を上げて振り返り、まっすぐにこちらを見て言葉を返してくる。
「ブライト様に忠誠を誓った身で未練がましい真似をしました、恥ずかしいばかりです。
……もうこれ以上情けない姿は晒しません、帰還しましょう。
ブライト様を無事にお屋敷に戻さなければ、奥方様に合わせる顔がありません」
まっすぐに真摯に。
アレス男爵なりの踏ん切りがついたらしく、その顔は初めて見る顔になっていた。
もしかしたらこれが本来のアレス男爵の顔なのかもしれないな。
「余もこれ以上拘る気はない、この壁を破れなかった時点で何も言う権利のない情けない男よ。
今回の勝負は負けだったな……しかし爽やかな気分となれる負けだった」
と、エドラン殿下。
「おいらも賛成、さっさと帰ってさ、皆で美味しいご飯食べようよ。
……王都に来てみて思ったけどさ、やっぱり故郷が一番だな。
食事も空気も風景もさ、全部が一番だよ」
と、フィリップ。
最後にもう一度だけ王太子の顔を見る。
初めて会った時以上に顔は歪み、顔色は悪く、最早何を言っているかも分からない言葉を吐き出し続けている。
もう思考をする余裕もないのだろう、本来ならとうに死んでいる状態で強引に生かされているせいで、本来人間が到達し得ない状況に到達してしまっているようだ。
拷問のされ過ぎで精神が壊れていると言うべきか……そしてその表情の凄まじさよ。
死相。
本などで何度も見た言葉だが、具体的にどういう顔のことなのか今まで分かっていなかったが、今はハッキリと分かる、目の前の顔がそれだ。
絶対に死ぬ、何があっても死ぬ、自分はようやく二人目の王族を討てたのだと確信する。
それ以上は何も言わず何もせず、ただ駆けて来た道を戻る。
城内に人の気配はない、中庭の対処で手一杯なのか……対処を諦めて嵐が過ぎ去るのをただ待っているのか。
なんとなくだが後者なんだろうなぁと思う。
更にジェミィとロックが様々な工作を仕掛けたそうだから、その対処もあるんだろうなぁ。
駆ける途中。
「まだ火は消えないのか!?」
「書庫の本が燃え尽きるぞ!?」
なんて声がどこからともなく響いてくる。
……ジェミィ達か? 流石にそれはやり過ぎだと思うが……いや、うん、偶然起きたものと思っておこう。
そうして中庭に戻るともう戦闘は終了していた。
完全にドルイド騎士達の勝利、全ての鎧が破壊され、鎧を着ていた兵士達は戦意喪失したという顔で中庭の隅で一塊になっている。
「帰還する、知らせを」
俺がそうルムルアに声をかけると、ルムルアが無線での連絡を取ってくれたようで、すぐさま飛空艇がワイヤーを下ろしてくる。
帰還の際まであの箱を使う余裕はない。ルムルア達にワイヤーを接続したなら、そのバックパックに腰を掛けてしっかりとワイヤーを握って、そのまま飛空艇に飛び立ってもらう。
そのまま俺達は王城を後にする。
目指すは猟場、そこでコーウェル侯爵に挨拶をしたなら、さっさと飛空艇に乗り込んで帰還する予定だ。
近場でグズグズしていてはどんな難癖をつけられるか分かったものではない。
さっさと帰還して知らぬ存ぜぬ、いつも通りの日常を送ってしまうのが一番だ。
猟場に到着したなら俺達は一時間も経たずに出立する。
ジェミィとロック、その仲間達、回収できるだけの人物は回収してさっさと帰還。
……その帰還の最中、貴賓室で休むことになった俺は……なんとも言えない達成感を抱えたまま、揺れて色々とうるさい飛空艇の中だというのにぐっすりと熟睡するのだった。