軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

劇場

芸術かぁ……。

芸術の羊飼いという言葉は、ようするに芸術家のパトロンのことを指す。

迷える羊を導く羊飼い、草木や動物にことに詳しく、群れを作る習性のある羊を誘導するその様子は、色々な文化圏で指導者だとか後援者を指す言葉として使われている。

しかしただ支援したからと言って、それだけでそう呼ばれることはない。

それ相応の功績を残さなければ名乗ることの許されない、名誉ある通称だ。

……で、俺がそれに相応しいかと言うと全然そんなことはない。

貴族として最低限の支援はしている、個人的に気に入った画家数人のパトロンにもなっている。

……が、芸術的素養がさっぱりとないのでそれ以上のことは出来ていない状態で、俺の趣味が悪いのか、俺が支援している画家の絵とかはあんまり売れてくれない。

画家に関しては前世的価値観じゃなく、こちらの価値観に合わせて選んでいるつもりなのだけど、どういう訳なんだかなぁ。

まぁ、それでも一度支援すると言ったからには支援し続けていて……そんな芸術家達と会うのも数カ月に一度くらいの頻度だ。

時たま彼らが気まぐれで俺に関する絵を描いてくれて、それを持ってくる時だけ。

その絵画も一応応接間に飾ったりするけども、ある程度飾ったら倉庫にしまうのが通例になってしまっている。

……まぁ、うん、自分の屋敷に相当に美化された自分の絵画とか、趣味が悪いなんてもんじゃないからなぁ。

こちらの常識として画家は貴族を常に美化して描かなければならない。

そうやって媚びるどうこうの話ではなくて、それが礼儀として定着しているからだ。

普通に美化して描くだけでなく、変に目立つ特徴……たとえばかぎ鼻とか、大きなほくろとか、生まれつきの特徴は消してしまうし、生まれつきではない病気の痕や怪我なども、絵画に描いてしまうと大変な無礼として『法』で罰せられることになっている。

そう、まさかの法律で貴族の肖像画を取り締まっているのだ。

最初聞いた時は嘘だろ!? と、驚いたもので……なんともみみっちぃ話だ。

まぁ、それにもちゃんと理由があって、数百年前に肖像画が原因で戦争が起きたから、とのことで……まぁ、面倒くさいあれこれがあったということなんだろうなぁ。

その戦争の原因となったのは天然痘の痕、『あばたもえくぼ』でお馴染みのあばたで、それを絵に描くことは特に重大な禁忌とされている。

あばたもなし、シミとかも無し、男性で言うのなら薄毛もなし。

そんな風に美化されまくった絵画だけでお見合いする家もあるとかで、そこら辺のトラブルは今も絶えることはない。

……そんな風にトラブルになっているのに、規制するのではなくちゃんと美化しろ! と法で取り締まっているって言うんだから恐ろしい話だ。

ちなみに俺が支援している画家達は、その美化を嫌う人物ばかりで、俗に言う写実的な絵を好みとしている。

売れない理由はそこなんかなぁと思ったりもするが……美化しない方が技術的に凄いというか、独特の味があって良いと思うんだけども、あんまり理解はされないようだ。

そんな俺が劇場ねぇ……。

なんかもうこの段階で絶対にウケないんだろうなぁって予感が漂っているよなぁ。

正直来訪者とか反撃のこととかに意識を向けたいのだけども、しかし無視して良いとも言い切れない話題でもあるから、何かはすべきなんだろうなぁ。

こういうのは文化芸術の振興という意味もあるが、それ以上に庶民の娯楽という意味もある。

ここを疎かにするとアレな遊びやアレな薬に走ってしまうので、しっかり娯楽を提供するというのも、治安維持のためには必要なことだ。

だからサーカスとか大道芸とかを積極的に推奨していたりするんだけども……まぁ、そうだなぁ、仮にも伯爵領なんだから、ちょっとは高尚っぽいことをやらないと駄目か。

そう考えた俺は、机の上に置いてある鈴を鳴らしバトラーを呼ぶ。

「母上に仕えている誰かを呼んで欲しい。

用件は王都の劇場の様子について……我が領でも劇場を作りたいと思うので、王都の劇場の様子はどんなだったか、母上に同行した誰かの報告を聞きたい」

呼ぶなりそう声をかけるとバトラーはすぐに動いてくれて……それから数分も経たないうちに、母上お気に入りのメイドがどたどたとやってくる。

役職はハウスキーパー、女性使用人の統括であちらのマンガとかではメイド長なんて呼ばれ方をしていたと思うが、こちらにはそういう呼び方はしない。

高度な威厳と礼儀作法や、医療の知識なども求められ、バトラーとどっこいか、バトラーよりも偉いくらいの結構な立ち位置にいる人物だ。

歳は確か70前後、メイドや女性使用人の全員の統括をし、その仕事や給料の管理から結婚の世話までやっていて、他にも様々な面で結構な責任を負わされている。

特に医療知識はハウスキーパーの必須条件で、家中の誰かが倒れたなら彼女が責任を持って対応し、医者を呼ぶかどうかの判断、医者が来るまでの対処も任されていたりする。

医療知識がない人がハウスキーパーになると2・3年でその家は滅ぶとまで言われていて……ライデルよりも高給という辺りから、どれだけの重役なのかが伝わってくる。

「ぼっちゃま、お呼びいただきありがとうございます。

こんなババアの話が聞きたいだなんて、嬉しい限りです。

王都の劇場の話でしたね、アルマお嬢様と一緒に何度か足を運びましたから、その時のお話をさせていただきますね」

と、ガラガラのおばちゃん声でそう言ってきたのが我が家のハウスキーパー、キャロラインだ。

樽のような体格、頬も丸く膨らんで赤く染まっていて、すっかりと白くなったその髪はぼわぼわの天然パーマ。

それをどうにか布帽子で押さえ込んでいて……同じく全力で突き出している腹もメイド服でどうにか押さえ込んでいる。

母上のことをアルマお嬢様と呼ぶ猛者で、母上も彼女のことをキャロとかキャロリンとか可愛らしく呼んで重用している。

普通に老婆と言われる年齢なのだけど、とにかく太っているものだからシワがなく、妙にツヤが良い頬や額は常に光り輝いている。

そんな彼女だがプロ根性が凄まじく、あくまで彼女の主は母上であり、俺にはある程度の礼儀をもって対応はしてくれているが、主人という扱いは一切せず、俺が何かを頼んでも母上の許可がなければ一切動いてくれなかったりもする。

それがこうして来てくれたということは、バトラーの要請を受けて母上が許可を出してくれたか……これからこういう話を持っていくから、ブライトから質問があったら答えてやってくれと事前に相談があった、という可能性もあるだろう。

「ああ、頼むよ。

形や広さ、演目の詳細など、覚えている限りを話してくれ」

「えぇ、えぇ、お任せください。

そしてたっぷりお話してあげるので、良い劇場を作ってくださいね。

作ってくれたらたっぷりと熱烈なキスをしてあげますよ」

と、そう言って唇を突き出してくるキャロライン。

もうなんかド直球のセクハラだった、普通は処罰レベルだぞってくらいの駄目さだった。

そしてそれがキャロラインの唯一と言って良い欠点だった。

彼女は別にセクハラ好きという訳ではない。これも彼女の仕事の一つ……ということになるらしい。

彼女のポリシーとしてハウスキーパーは、家内をしっかり取り仕切るために、主以外には恐れられていないといけないという、そんな妙なこだわりがあるらしい。

だから家中の誰にも厳しく、本来なら俺相手でもこんなに柔らかには語りかけてはくれない、姉上やプルミアにも結構な態度を取っていたりする。

子供の頃なんかはそれはもう容赦なく厳しい言葉と態度をぶつけられたものだが、前世という特殊な事情がある俺にとってはちょっと厳しい上司くらいの態度でしかなく、全然恐れなかったものだから、どうにか俺を怖がらせる方法はないかと彼女なりに模索した結果がそれだった。

……良いんだか悪いんだか……。

まぁ、それもそろそろ10年近く続いているので、今ではお互いに慣れたものだった。

なんならもう挨拶レベルだった、こんな態度だが彼女なりの敬意と愛情は示してくれているので、こちらから何かを言うことはなかったりする。

法律どうこうのことを言うと、完全にアウトで処罰ものなんだけども、母上がそれを許さないので無法状態となっている。

そしてこれは別に我が家だけがそうという訳ではなく、何処の家もハウスキーパーは大体こんな感じとなっていた。

後は母上の身の回りの世話や、服などの管理を任されているレディーメイドも似たような扱いとなっていることが多いようで……どの家も、女主人に気に入られたらある程度好き勝手できるという状況らしい。

「んもぅ、ぼっちゃまはいつの頃からか、全然反応してくれなくなっちゃって、つまんないですねぇ。

レディにはもっと優しく接しないといけませんよ。奥様にはちゃんと、特別に優しくしてあげてくださいね。

……えぇっと、では王都の劇場の話でしたね―――」

そう言って語り始めたキャロラインの話す内容によると……王都の劇場と言う割には、そこまで洗練はされていないようだった。

勝手なイメージで、貴族時代と言えば劇場で、それはもう豪華絢爛な建物でとんでもない内容の演劇が公開されている……と、そんな感じに思っていたのだが、伝統を守るという意識が強すぎるためか、建物は数百年前のもの、演目も昔から何千何万回と繰り返されてきたものばかりで、これといった目新しさはないようだ。

……もちろん演技とか歌とか踊りとか、そういった部分では洗練されているようだ。

言ってしまうと客のほとんどは、そちらばかりを見ていて建物とかは見ていないそうだ。

……つまりは箱ではなく中身勝負なのが王都の劇場と言う訳か。

「―――そもそもですね、演劇の本場は大陸の奥地のほうですから、こんなド田舎じゃぁそんなもんなんですよ。

あっちの劇場は演出も楽団も、演技を魅せるための仕掛けも凄いとかで、噂は常に流れてきていますねぇ。

……んまぁ、あっちの劇場なんか王族と親戚以外は入れない、ってなくらいの大人気らしいので、庶民にはそもそも関係ないんですけどねぇ」

「……なるほど。

仕掛けの噂っていうのは、どんなものなんだ? ステージがせり上がったりとか、そういうアレか?」

「そうそう、そんな感じです、よく知っていましたねぇ。

ぼっちゃまはそういうの全然興味ないと思ってたんですけど、意外と知ってるもんなんですねぇ。

アタクシが聞いたのだと客席までステージが伸びてきてそこを役者様が歩いてくれるとか、ステージ自体が客席の周囲をぐるんって回転するとか、役者様がロープで吊り下げられて、客席の上まで飛んでくるとか、魔法石を使ってビカビカバンバン光らせて音させて、それはもう派手にやるらしいですよ。

ぼっちゃまが以前言っておられた……火薬、でしたっけ? アレを使ってキレイな火を上げたりもするそうです」

うん? うん???

なんか途中から話が変わってきたな??

大陸の演劇ってそんなことになってるの??

それもう明らかに他の前世人の知識というか、おかしな思想が流れ込んでしまってるよね??

アイドルのコンサートか何かですか???

「あちらの劇場は中だけじゃなくて、外もそれはもう賑やかだそうで、外に置かれたステージで歌の発表があったり、その流れで役者様との握手会とか、サイン入り絵画の販売回とかもあるそうですよ」

確定じゃん、明らかじゃん、絶対ロクでもない知識流れ込んでんじゃん。

そして大陸の人達もそれを受け入れてるんじゃない! 伝統芸術どこ行っちゃったんだよ!!

……その大陸を物理的に荒らしている家の人間が言うことじゃないと思うけど、伝統は守らないと駄目だと思いますよ。

「そ、そうか……それは流石に真似は出来ないが、そうだな……。

良識から外れすぎない範囲で真似出来る所は真似するとしよう。

動くステージとかの仕組みは俺では想像することしかできないが、博士や工場の連中に頼めば良い案を出してくれるはずだ。

……よし、後は彼らに丸投げする形で予算だけ出すとしようか」

……うん、それが良い。俺が変に凝っても多分勝ち目ないわ、ガチ勢には勝てないわ、うん。

コンサートとかライブとかそっち系の知識は実際に行ったことがほとんどないからなぁ、にわか知識でどうにか出来る世界ではないだろう。

逆に仕事の付き合いとかでチケットもらって歌舞伎とか能とかにはちょこちょこ行っていたから、あっちの厳かな雰囲気をこちら風に再現出来ないかを試す方が健全なはずだ。

「そぉーですかぁ、あちらの再現もして欲しかったですけど、ぼっちゃまが考えるものならきっと上手くいくと思いますよ。

それじゃぁアタクシはお嬢様の所に戻りますので、また何かあれば遠慮なくお声がけくださいな」

あれこれと考えているとキャロラインはそう言って踵を返して……そして威風堂々としか表現できない様子でドスドスと足音をさせて、母上の下へと帰っていく。

あの歳であれだけ動けて家事も事務処理もしっかりやっているってんだから彼女は彼女で大概の化け物なんだよなぁ。

……まぁ、うん、よし。

とりあえずの方針は決まったからひとまずの丸投げ対象に話を通すとしよう。

「バトラー! 博士を呼んでくれ!」

キャロラインを見送ったならその対応のために姿を見せたバトラーにそう声をかけ……それから俺は博士と軽い話し合いをし、劇場建設のプラン練りと実行を半ば強制的に博士に押し付けるのだった。