軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

芸術

手紙を書きながら待っていた、連中が関所にやってきたと連絡が来るのを待っていた。

結果としてその日は連絡もなく、肩透かしを食らうことになった。

カーター子爵領を鉄道で通過したということは、とっくに到着はしているはず、いつでも関所に来ることが出来るはずだが、何故だかそうしてはいないようで……その日は何事もなく終わってしまって翌日。

昼を過ぎても連絡はなく、連中が来たなら電信などのリレー通信でほぼほぼタイムラグなしで連絡が来るはずなんだけどなぁと首を傾げることになる。

まさか今日も肩透かしに終わるのか? と、そんなことを考えているとバトラーが執務室へとやってきて、手にした紙に視線をやりながらの報告をしてくれる。

「ビフから連絡です、件の伯爵一家を捕捉。

どうやら連中は、関所手前の街で観光を楽しんでいるようです」

「……うん? なんだって? 観光??」

「はい、大陸出身だからかこちらの街並みが珍しいようで、一家で散策を楽しんでいるとか。

そうしながら一応情報収集のようなこともしているようですが……そちらはついででしかなく、主目的が観光であることは明らかだろうとのことです」

「……観光って。

どうせなら王都でやってくりゃ良いだろうに……いや、そっちでも楽しんできたのか?

カーター子爵領は落ち着いた雰囲気だし、空気も街並みも清潔……王都の光景に慣れた後だと、あの古風さが逆に良いとか、そんな感じになるのかもな。

……ああ、それとアレか、大陸からやってきたなら平和な光景ってだけでも価値があるのか。

大陸は革命騒動が起きていた上に、父上と兄上の乱入の結果、相当な戦乱となっていたようだからなぁ……落ち着いて街を散策出来ること、それ自体が彼らにとっては贅沢なのかもしれないな」

「ビフ達もそうだろうと報告しています。

こちらに一歩でも入ってしまえば、観光どうこうなんて言っていられないから、最後に楽しもうとか、そういった発言もしているようです。

……それとこちらの情報収集に際しての態度を見るに、こちらへの敵対心は薄いようだとも報告しています。

もしかすると彼らはこちらで落ち着くための伝手と場を求めているだけなのではないか? とのことです」

「……大陸の状況は我が家が荒らしたようなものだが、そもそもを言えばそれは王家の方針。

大陸どうこうで我が家を恨むのなら王家だって恨んでいてもおかしくないはずだが、王家の使いっ走りのような仕事を受けている。

……そう考えると我が家にも王家にもこの国にも思う所はないのかもしれないな」

「ではこれまでのように味方に引き込みますか? 必要ならばそのための使者を出しますが」

「……いや、それはやめておこう。

味方にすると言ってもなぁ、領地を失陥し何の力も持っていないのでは話にならないからなぁ。

それに今、何よりも優先すべきなのは兄上達のことだ。

ここで下手に大陸貴族と結んだとなったら、父上と兄上は平気だろうが周囲が動揺する可能性があるし、マリアンネ嬢との婚姻の邪魔にもなりかねん、下手な真似はやめておこう。

……俺達に出来ることと言えば、こっちに来るな、余計な手出しをしてくるな、この忠告を無視したらタダではおかないぞと、善意の警告をしてやることくらいだろう。

それで退けばそれで良し、忠告を受けて尚も向かってくるというのなら容赦なく打ち払うだけだ。

……その旨、ビフ達に伝えてくれるか? ついでに銀行を通していくらかの予算を渡してやれ。

それであちらの高価なスーツでも買わせれば……まぁまぁの使者にはなるはずだ」

「……ビフ達でよろしいので?」

「他の誰なら適任って話でもないだろうしな、こちらとしてはどう転んでも良い、どうでも良い相手だ。

ビフ達に良い経験をさせるための糧とさせてもらおう」

俺がそう言うとバトラーは静かに一礼をし、ビフ達に連絡をするために執務室を後にする。

……と、それと入れ替わりになる形で母上がやってきて、俺は来客用のソファを用意し、そこに座るように促す。

「母上、どうかなさいましたか?」

母上をエスコートしてから自分の椅子に戻り、居住まいを正してからそう返すと、母上は……マリアンネ嬢から貰ったらしい扇で口元を隠しながら話をし始める。

「ジェラールに良い相手を見つけてくれたようで、よくやってくれました。

あの子であればジェラールのことをしっかりと支えてくれることでしょう。

……あの人がどう思うかは分かりませんが、この母が許可を出したのだからと押し通すように」

あの人とは父上のことで、母上から見ると父上好みの嫁という訳ではないようだ。

……確かにマリアンネ嬢は独特な部分はあるが、間違いなく優秀かつ兄上とも相性が良さそうな女性、父上ならその辺りは分かってくれると思うんだけどなぁ。

……まぁ、母上の言うことには素直に頷いておこう。

「了解しました、父上にもそのように伝えておきます」

俺がそう返すと母上は満足そうに頷き……それからどこか悲しそうな目で言葉を続けてくる。

「プルミアに関しては心配していません。

貴族令嬢らしい子ではありませんが、自分で相手を見つけて自分で生きていくくらいの気概がある子です。

後はブライトの支えがあれば問題なく生きていけるでしょう。

……心配なのはバーバラです、あの子の大事な時期を奪ったことこそが、あのボンクラ王太子の最大の罪なのかもしれません」

……母上がここまでストレートに相手を罵倒しているのは初めてかもしれないな。

嫌味とか遠回しに言うことはあるのだけども……余程に腹に据えかねているらしい。

そして母上は、姉上の最大の理解者でもある、あの大人し過ぎる性格のこともよく理解しているのだろう。

人質なんかにならなければ、母上なりに姉上を鍛えて相性の良い相手を探してやって、今頃婚約まで漕ぎ着けていたのかもしれない。

しかしそのための時間は奪われてしまって、逆に姉上は権力者というものや男性に恐怖を抱くようにもなっているようで、俺への変な依存の仕方もその反動によるものなのだろう。

……現代人感覚が残っているせいか、そんな姉上に結婚を強制する気にはなれず、姉上の好きにしたら良いと考えていたのだけども、母上はそうではなく母上なりに何かをしてあげたいと思っているようだ。

……まぁ、貴族社会的には母上の方が正しいのだろう。

姉上にそう言う問題があるからこそ、家長や親が良い相手を見つけて、半ば強制的にでも縁組をしてやって、貴族社会的な幸福の枠組みに押し込むべきなのだろう。

……しかしそれで姉上が幸せになれるとは思えず、たとえ行き遅れとの誹りを受けることになるのだとしても、姉上が自分で良い相手を探す方が良いと思ってしまう。

変なことをして心を病んでしまうと、この時代の医療ではどうにもならないだろうしなぁ……。

「私も私なりに姉上のことは心配しているのですが……縁組を急ぐべきとは考えてはいません。

王太子に時間を奪われたからこそ、姉上には自由な時間を与えてやりたいのです。

……姉上が望むように姉上が望む道を進ませてやって……結果がどうなるにせよ、家長としてそれを支えるのが一番かと考えています」

俺がそう返すと母上は、半目になって睨んでくる。

俺の言っていることも分かるが、貴族家の家長としては失格だろうと視線でもって責め立てて来る。

「……それとまぁ、現状我が家はどこかとの縁組を必要とはしていません。

経済的にも軍事的にも我が領だけで維持出来ていますし……目的を考えると本当の意味で味方になってくれる家がどれだけあるのかも分からない状態ですから。

……これから時代はどんどんと変わっていくと思います、その中でそういった価値観を捨ててみるのも、民を導く貴族として悪い選択肢ではないと思うのです」

……まぁ、言い訳だった、それっぽいことを言ってみた。

貴族として正しくないことは分かっているけども、これが本音でもあり……さて、母上の反応はどうかと改めて目を見てみると、やっぱり半目だった。

……バレバレかな、これは。

なんだかんだ母上も俺のことを幼い頃から見てくれている、子供の小賢しい言い訳なんてのは簡単に見抜いてしまうのだろうなぁ。

さて、どうしたものかと冷や汗をかいていると、母上は大きなため息を吐き出してから、視線をそらして言葉を投げかけてくる。

「……最後まで責任を取るのならそれも良いでしょう。

バーバラが幸せに暮らせるよう、最後の最後まで尽力し続けることを約束なさい。

面倒だとか厄介だとかで投げ出さないこと……誰かに任せられないのなら、貴方が最後まで面倒を見なさい。

母はもう知りません、わたくしはわたくしの幸福を追求します」

「分かりました、お約束します。

もちろん良い相手がいないか探し続けることもお約束します。

探し続けはしますが、強制はせずに姉上が一番良いと思える道を選べるように、尽力し状況を整え続けてみせます。

……母上の方で良い案、良い相手が見つかれば知らせてください、邪険にせず本気で検討することもお約束します」

「……よろしい。

そこまで言うのなら見放さないであげましょう」

……み、見放されるとこだったんだ!? 危ねぇなぁ!?

社交界における母上の影響力は、色々あって弱まりはしたものの無視して良いものではなく、見放されたが最後どんなことになってたやら……恐ろしいったらないなぁ。

「ところでブライト、お願いがあるのですが」

肝が冷えて冷や汗がどんどん出てきて、軽く目眩を覚えている所に母上がそう続けてくる。

「は、はい、なんでしょうか?」

「王都は確かにろくでもない所でしたが、しかし洗練された部分があるのも事実でした。

……わたくし達は軟禁状態だったため、ついぞ足を運ぶことの出来なかった施設がいくつかあるのです。

そのいくつかを領内に整備しなさい」

お願いなのに命令形……まぁ、母上らしくはあるが。

「構いませんが……どのような施設でしょうか?」

「歌劇場、演劇場、などなど芸術のための施設です。

確かにウィルバートフォース伯領は貴方のおかげで経済的に発展し、先進的な街並みとなっていますが、芸術性には著しく欠けています。

これでは貴婦人たちを呼ぶに呼べません……早急に手配をするように」

「……えっと、一応、総合施設という形で屋敷の近くに用意したものが―――」

「あんなもの認められる訳がないでしょう!

小規模! 専門性がない! 専門家もいない! 洗練されていない! そもそも芸術性のかけらもない外観で、あんなもので王都に勝てる訳がないでしょう!!」

「え? いや、王都に勝つつもりは……。

そもそもの歴史が違いますし、我が家は軍事の家系……芸術に関しての知識も人脈も蓄積されておりませんし……」

「何を言うのですか!! 王族を打倒すると言うのなら、そういった面でも勝らなければ意味がないでしょう!

貴方は確かに優秀ですが、それだけではいけません! それこそ所詮は蛮族の夫だと謗られる原因にもなり得るでしょう!

経済、軍事、宗教、学問、政治だけが国ではないのです、芸術、文化も支えてこその貴族と言うもの!

グダグダ言わずに予算を組んで専門家を招聘するように!

そして芸術の羊飼いと呼ばれるよう、懸命に励むのですよ!!」

そう言って母上は立ち上がり、机に体を乗り上げて扇子を俺に突きつけてきて……初めて見る勢いに思わず俺は頷いてしまう。

いや、正論ではあるし、無視して良い意見とも思わないのだけど……今することか? という疑問もあって、でも頷いてしまって。

そんな俺を見て母上は満足そうに頷き……扇子をパタンと閉じたなら居住まいを正し、これ以上の問答は不要とばかりに踵を返し、なんとも優雅な仕草で執務室を出ていくのだった。