軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

Ep.2 始動

アンネリーゼの乗った馬車がアルバ公爵邸の門を潜り、屋敷前の馬車寄せに到着した。

エレンの手を借りて降りると、エントランスには先に知らせを受けていた家令のゴードンが出迎えてくれた。

「お帰りなさいませ、お嬢様。卒業パーティーが終わるには少々お早いお時間ですが、何かございましたか?」

訝しげな表情を浮かべているが、王太子絡みで何か『不都合』があったのだろうとは予想しているようだった。

「そうね……。お父様とお兄様はいらっしゃるかしら?急ぎお話しなければならないことがあるのだけれど——」

「旦那様は執務室に居られます。ライナルト様もご在宅です」

お父様へ先触れを出して貰い、わたくしは先に着替えることにした。

卒業パーティーの為に新調したドレスは、婚約者の色ではなく自分の瞳の色に合わせて、夜空のような青い生地でお父様が仕立ててくれたものだった。

本来であれば婚約者であるフェリクスが贈るのが慣例なのだが、彼からの贈り物はここ一年ほど届いていない————。

せっかく新調して綺麗に飾り立てたというのに、結局二時間も経たない内に脱ぐことになるとは……。

普段用のデイドレスに着替えながら、思わず溜め息が零れた。

————婚約者として過ごした年月を、惜しいとは思わない。

ただ、このドレスだけは少し勿体なく思った。

「着替えが終わったら執務室に来るように」という伝言通り、身なりを整えてから執務室へと向かう。

重厚な扉を叩くと、中から「入れ」とお父様の返事が聞こえた。

「失礼致しますわ」

執務室の中にはお兄様もいて、既に二人ともソファに座っていた。

「そこに座りなさい」

お父様の指示に従い、お兄様の向かい側のソファへ腰掛ける。

それを確認したゴードンがお茶を供し、三人でそれに口を付けた。

「……それで、何があった?何故こんなに帰りが早いのだ?」

父————ヴァレン・フォン・アルバ公爵は厳しい人ではあるが、二人の子どもたちには穏やかで、母の分まで慈しんでくれている。

三つ年上のライナルトも公爵家嫡男として非常に優秀で、宰相補佐を務めるほどだ。

「————実は、卒業パーティーにて王太子殿下より『婚約破棄』を宣告されました」

淡々と事実だけを述べると、二人の眉がピクリと動き、表情が険しくなった。

「……それは、どういうことだ?」

「『義妹』であるアマーリエ嬢を虐げたことが理由だそうです。再三『義姉』と呼ぶのは止めて欲しいと申し上げていたことが、『虐げた』ことになったようですわ」

「……愚かな」

苦虫を噛み潰したような表情で、お兄様が一言漏らした。

「……それに、『家としての関係がなくとも、義姉と呼ばせるくらい許せ』とも————」

「……何だと?」

フェリクスのセリフを伝えた瞬間、お父様の声から温度が消えた。

————当然だ。母が同じであれ、アマーリエはアルバ公爵家にとって『裏切りの証』であり、『醜聞そのもの』なのだから。

そもそもアマーリエがアンネリーゼを『義姉』と呼ぶ度に、お父様は母の生家であるアイヒェン侯爵家へ『抗議』を入れていた。

『これ以上改めないようであれば、『家名詐称』で訴えることになる』と————。

それにも拘わらず彼女は改めることなくフェリクスに泣き付き、今回の騒動を引き起こした。

……まるで、母のようだ。

「王太子殿下は婚約者としての義務も果たさず、アマーリエ嬢と揃いの衣装で入場なさいました。そして大勢の衆人の前でわたくしを断罪し、彼女が『義姉』と呼ぶのを許せと——これはアルバ公爵家への侮辱ですわ」

「父上、アンネの言う通りです。筆頭公爵家である我が家にとって、あの令嬢がどのような存在なのかは王太子殿下もご存知のはず……それにも拘わらずそのようなセリフが出るのであれば……」

冷静に話してはいるが、お兄様が怒っていることは空気で伝わってくる。

沈黙するお父様を、わたくしとお兄様は見つめながらその答えを待った。

「……ゴードン、国王陛下へ謁見の申し出を。すぐに登城する。準備をしろ」

ゴードンはお父様の言葉に一礼すると、すぐに執務室を後にした。

「アンネ、私が戻り次第領地へ向かう。準備を整えておいてくれ。隠れる必要はないが、不必要に接点を作ってやる必要もない。ライナルト、お前は我が家門に属する者たちへ連絡を送れ」

「内容は?」

「アルバ公爵家はしばらく社交界及び国政から身を引くと」

『接点』とはフェリクスのことか、アマーリエのことか……あるいは両方か————。

いずれにせよ、あの二人は筆頭公爵家であるアルバ家を敵に回した。

『社交界及び国政から身を引く』————つまり、王家と完全に距離を置くということ。

我が家門に属する者たちは、恐らく追従することになるだろう。

それほど、アルバ公爵家の名は重いのだから————。

「アンネ。私も用を終わらせてから登城して来る」

「お兄様も?」

「ああ、宰相補佐の職を辞してくる。お前が王太子妃とならないなら、王城へ務める意味はないからな」

お兄様は本来次期公爵家当主となる身である為、王城へ務める必要などない。

それでも官吏試験を受け、宰相補佐にまで上り詰めたのは————足の引っ張り合いが常の王城の中で、偏にわたくしを守る為だけだった。

母が屋敷からいなくなった時、わたくしは二歳だった。

幼かったこともあるが、お兄様いわく母はお茶会や夜会へよく出掛けており、わたくしと顔を合わせることが少なかったそうだ。

それもあってか、わたくしには母への思い入れがほぼない。

お父様とお兄様がいつも傍で可愛がってくれたので、寂しさを感じたことなど一度もなかった。

「せっかく宰相補佐にまで出世なさったのに、そんなにあっさり辞めてしまってよろしいの?」

「構わないよ。特に思い入れもないからね」

「じゃあ、さっさと連絡を送ってくるよ」と穏やかに微笑むと、いつものようにわたくしの頭を優しく撫でて去って行った。

「……さて、エレン。わたくしたちも始めましょうか」

「かしこまりました」

自室へ戻ると、エレンに便箋と封筒をいくつか用意して貰った。

お父様とお兄様が公爵家として動くなら、わたくしはわたくし個人で動く————。

フェリクスもアマーリエも、アルバ公爵家とわたくしを侮り過ぎている。

いくつかの宛先へ短く手紙を書き終えると封をして、溶かした蝋を垂らし、わたくし個人の印章を押した。

内容はどれも短く、ただ一言————『アルバは全てから身を引きます』と。

「エレン。これを急ぎで届けさせて」

エレンは一礼すると手紙を受け取り、すぐに退室した。

————さて、フェリクス殿下は自分の愚かさにいつ気付くかしら?