軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

15.誠実な手、無責任な口、そして恋愛脳の王太子

週が明け、再び育成授業の時間がやってきた。

教室の一角には育成用の長机が設置され、先週持ち帰った鉢を生徒たちが順に戻していく。

中には明らかに芽の伸びが良くなっている鉢もあれば、変化の乏しいもの、葉の色がくすんでいるものもあり、それぞれのペアの取り組み方が如実に表れていた。

私も、二つの鉢を机の上に並べた。

一つは、グレンと私の鉢。

もう一つは、エミリオから押し付けられた鉢だ。結局、そのまま忘れてしまったようで、私が持ってきた。

私たちの鉢は順調だった。

魔力の流れも安定し、葉の先まで艶やかな色が行き届いている。

こうして並べてみると、エミリオの鉢の問題がより際立って見える。

この鉢には、誠実な育成の痕跡が感じられなかった。

魔力は途切れ途切れで、注入の流れも荒く、リズムが整っていない。

手を抜いた、あるいは注ぐべき相手が見ていなかったことが、鉢の状態から明白だった。

その様子をじっと見つめていたのは、エミリオのペアである女子生徒だった。

彼女は無言で鉢に近づき、静かに手を触れ、魔力の感触を確かめた。そして一言だけ、確認するように呟く。

「……これ、エミリオさまの鉢ですよね?」

近くにいたエミリオが、バツが悪そうに笑った。

「うん、そうだけど。いやー、週末ちょっとバタバタしちゃってさ。姉さまが見てくれるって言うから、甘えちゃった」

その言葉を聞いた彼女は、しばし沈黙した。

教室内のざわめきが遠くに感じられるほど、静かな間だった。

「……わかりました。次からは、私が持ち帰ります」

そして、彼女は少しだけ間をおいて、言葉を継いだ。

「いえ、違いますね。任せた私が悪かったんです」

エミリオが気まずそうに目を逸らす。

「私は、あなたのその場の言葉を信じました。でも、それじゃ何も届かない。口先より、毎日の行動のほうがずっと重いんです」

冷たい言葉ではなかった。ただ、まっすぐで、後退の余地のない言葉だった。

そして、彼女は私に向かって一礼する。

「ノエリアさま。ご迷惑をおかけしました。鉢を預かっていただいたこと、感謝しています」

「いいえ、気にしないで。私も、観察になったわ」

「……私が馬鹿でした。聞くべきはエミリオさまの言葉ではなく、この鉢の……この子の無言の訴えに耳を傾けるべきでした。もう、こんなつらい思いはさせません」

彼女はそう呟きながら、鉢をそっと撫でる。

その瞳には決意が宿っていた。

教室からざわめきが薄れ、彼女の周囲が静まり返る。

その空気を破るように、エミリオが無邪気に笑いながら言った。

「えー、怖いなあ。あんなに怒らなくても……ねえ?」

同意を求めるように周囲を見回すが、返ってくるのは、冷めた視線ばかりだった。

「……あれ?」

エミリオの笑顔が、わずかに引きつった。

空気を立て直すように、私はあえて何も言わず歩き出し、教室の鉢を順に見て回る。

観察も育成のうちだ。今週は、他のペアの状況を見ておきたかった。

すると、オズワルドとそのペアの鉢が目に入った。

魔力の流れはまだ粗く、力任せな部分も残っている。それでも、以前より明らかに丁寧さが増していた。

彼は、額に汗を浮かべながらも真剣な顔で鉢に向かっていた。

「……ごめん、強すぎた?」

「少し。でも大丈夫。もう少しだけ、優しくしてくれると嬉しいわ」

「……何回でも丁寧に教えてくれて助かる。ありがとう」

「こちらこそ。少しずつ慣れていけばいいのよ」

ぎこちなさはあるが、そこには誠実な意思があった。

不器用でも変わろうとする姿は、見ていてどこか心を打つものがある。

私は、かすかに微笑んで再び歩き出す。

次に目についたのは、ユリウスたちの鉢だった。

芽は伸びているが、どこかひ弱で、葉に力がない。

そんな鉢の前で、ユリウスが椅子に腰掛けたまま言った。

「そこの土、乾いてるよ。水、頼むね」

彼のペアは、黙って水差しを手に取った。

ユリウスは満足げに頷いて、得意そうに言葉を続ける。

「僕が的確な指示を出してあげているおかげで、君は失敗せずに済んでよかったよね。でも、ちょっと元気がないのは、週末にきみが預かったせいかな。やっぱり僕の指示がないとダメだなあ」

それはつまり、うまくいけば自分の手柄。うまくいかなければ相手の責任。

私は心の中で、思わず深くため息をついた。

前世でもいたように思う。仕事は他人に振るくせに、指示を出しただけで上司面して、責任を問われると「見ていなかった」と言い逃れるタイプ。

この世界でもそういう人間は珍しくないのだと思うと、少しうんざりする。

鉢を見れば、それがどんな育てられ方をしてきたかは一目瞭然だった。

ユリウスの鉢は、魔力の流れにむらがあり、植物がまるで誰の言葉にも耳を貸していないようだった。

言葉だけでは育たない。気持ちだけでも足りない。

育てるというのは、もっと地道で、繰り返しの中にある行為だ。

ふと、ひときわ目立つ鉢が視界に入る。

あれは、魔術師団長の息子、レオニール・フロストのものだ。

周囲の鉢が穏やかに成長している中、彼の鉢だけが異様な速度で芽を伸ばしていた。

葉の広がりも大きく、茎の太さも申し分ない。遠目には非常に優れた成績に見える。

「凄い! さすが魔術師団長の息子!」

「天才的だ!」

感嘆の声を上げるのは生徒たちだけではなかった。

「フロストくん、素晴らしいですね」

教師も満面の笑みで賞賛している。

「……これくらい、当然」

それを受け、レオニールは無表情ながらどこか誇らしげに頷いていた。

けれど私は、ざらりとした違和感を覚えていた。

記憶の奥に、ぼんやりとした感覚が残っている。

できる子として期待をかけられ、褒められ、黙って背伸びを続けさせられていた、誰かの姿。

できないとも、苦しいとも言えないまま、大人の評価をひたすらなぞるように振る舞って、それが限界を超えたとき……静かに崩れた。

そんな場面を、私は確かに見た気がする。

親戚の子だったか近所の子だったのか……近いけれど遠くて、何もできなかった悔しさがどこかに残っている。

レオニールの鉢は、育てられているのではなかった。

注がれた魔力に追い立てられるようにして、芽が必死で伸びていた。

器の成長が追いついていない。育ちすぎているのではなく、育たざるを得なかっただけ。

いずれひびが入る。その兆しは、すでに表面に滲み出ていた。

「……育てられてるんじゃない。押し上げられてるのよ、あれ」

思わず口にした言葉を、隣にいたグレンが拾った。

「ノエリアさまは、あれを良い育ち方だとは思わないんですね?」

「ええ。あんなに急がせたら、どこかでひびが入るわ。本当に育てるって、地味で、時間がかかって、面倒くさいの。魔力だって、命だって、そう簡単に成長するものじゃないわ」

自分でも気づかぬうちに、声が少しだけ硬くなっていた。

説教臭くなってしまったかとはっとしたが、グレンは微笑む。

「……その言葉、嬉しいです」

彼の口から出てきた言葉に、私は目を瞬かせる。

「昔はそんなふうに言われたこと、なかったんですけど。いつの間にか、早くできるようになれとか、常識を知らないのかとか言われるようになって……。急がなくていいって言われるだけで、少しだけ救われた気がしました」

その笑顔は、いつもと変わらず穏やかで──でも、ほんの少しだけ、影が差していた。

彼にもまた、そうやって押しつけられた過去があるのだろう。

それを口にするつもりはないのかもしれないけれど。

「まさか、あんな手を使ってくるとは思わなかったよ」

突然かけられた声に、私はゆっくりと振り返った。

光の加減を味方につけたように、完璧な立ち姿で立っているのは、王太子ローレンス・アークフェルド。

今日も制服をきっちりと着こなし、微笑みを浮かべるその顔には、確信めいた余裕がにじんでいた。

「……何の話かしら?」

問えば、彼はまるで私の反応すら計算に入れていたかのように、優雅に肩をすくめた。

「週末のことだよ。ミアを公爵邸に招くとは、ずいぶんと回りくどいやり方じゃないか。まったく、僕の気を引きたいなら、素直に言えばいいのに」

その言葉に、私は唖然とした。

教室のざわめきが、ほんの少しだけ静まる。

耳に届いた声は優雅で、整っていて、まるで冗談のように滑らかだったけれど……その意味は、滑らかに流せるものではなかった。

私はゆっくりと振り返り、彼の顔を正面から見据える。

「それはつまり……」

言いかけたその瞬間、ローレンスの瞳がこちらを見つめ返す。

自信と余裕に満ちた、王太子の微笑み。

何も知らずに立っているその姿に、次の言葉が自然と浮かんできた。

──まったく、どうしてここまで恋愛脳になれるのかしら。