軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

14.不器用な優しさが、芽を育てる

温室の中には、育成用の台が三つ並んでいた。

それぞれの台に、私たちの鉢、ミアの鉢、そしてエミリオが押しつけていった鉢を置いてある。

まず、私たちの鉢を確認する。

芽は真っすぐに立ち上がり、葉は瑞々しく広がっている。

淡く緑がかった魔力の光が、呼吸のように規則正しく脈打っていた。

魔力の循環も、注入の際の反応も、日に日に素直になってきている。

育成の手応えを感じさせる姿だった。

次に、ミアの鉢へと目を移す。

その芽はやや白みがかっており、茎も葉も繊細な印象を受ける。

淡い光の色も、私たちの鉢よりもずっと柔らかく、どこか澄んだ質を帯びていた。

──これは、もしかして。

ミアが聖属性を持つことと関連しているのかもしれない。土の質だけではなさそうだ。

「芽、すごくきれいに立っていますね」

グレンがぽつりと呟きながら、彼女の鉢をじっと見つめる。

「……よくわからないんですが、元気に育ってくれてて」

ミアは少し戸惑ったように眉を動かし、はにかんだような笑みを浮かべる。

そして、最後にエミリオの鉢へ視線を向ける。

……これは、ひどい。

芽はいちおう出ていたが、傾いていた。

葉はまだ開ききらず、魔力の光は濁り、波打つように不安定だ。

たった今押しつけられたばかりのこの鉢に、誠実な育成の痕跡は感じられない。

注入は一応されているが、かなり雑な方法で、魔力の流れがあちこちで滞っている。

「昨日の夜に注入したとしても、これは……」

私はそっと土の表面に指を添え、流れを感じ取った。

瞬間、胸の奥にざらついた違和感が広がる。

──この偏り。何か、過去に似た感触を知っている。けれど、すぐには思い出せない。

「ミア、どう思う?」

問いかけると、彼女は少し困ったように目を伏せた。

「……なんだか、苦しそうに見えます」

それは、まさに私が感じたことと同じだった。

全員での観察と記録がひと段落したあと、私はグレンと並んで、温室の脇に設けられた休憩用の小さなベンチに腰を下ろしていた。

ミアはその向かい側で、ノートに一生懸命観察結果を書き留めている。

ふと隣に目をやると、グレンの前髪が深く額を覆っていた。

伏せられたその髪の奥に、何かを隠しているような気がする。

「……前髪、長いのね」

思わず口をついた言葉に、グレンの指先がぴくりと反応した。

「視界の邪魔にならないかしら?」

私がそう続けると、彼は少しのあいだ黙ってから、静かに答えた。

「……隠しているんです。額に、紅魔病の痕が残っていて」

「紅魔病の……」

「はい。数年前にかかったのですが、その……治療が少し遅れてしまって」

声音は淡々としていたが、わずかに緊張がにじんでいた。

もしかしたら、彼が庶子であることと関係があるのかもしれない。

彼が子爵家に迎えられたのは数年前だと聞いた。直感だが、何か繋がりがあるような気がする。

「父には、みっともないから隠せと言われました。貴族なら、本来は痕が残らないものなので……」

そこまで語って、彼ははっとしたように口をつぐんだ。

「申し訳ありません。余計な話を……」

うつむくように言った彼に、私はそっと首を振った。

「余計なんかじゃないわ。理由を教えてくれて、ありがとう」

できるだけやわらかく、真っ直ぐに伝える。

彼の額に残る痕も、そこに至るまでの過去も、今この瞬間にいる彼の一部なのだから。

「でも……隠す必要なんて、きっとないわよ。私は、そう思う」

私の言葉に、グレンは驚いたように一瞬だけ目を見開き、そして静かに視線を落とした。

「……ノエリアさまなら、否定なさらないと思っていました。ありがとうございます」

淡く笑ったその横顔に、ほんのかすかな影が差している気がした。

「ただ……実は、それだけではなくて……ご覧になってもらったほうが早いですね」

そう言って、グレンは前髪をそっと掻き上げた。

額の中心──そこに浮かぶのは、剣のような形を基軸に、両側から翼が広がったような痕。

淡いピンク色で、皮膚の表面に柔らかく滲んでいるそれは、まるで意匠のようにも見えた。

「これは……」

言葉を失う私に、グレンは苦笑する。

「……なんだか、御大層な紋章っぽく見えません? だから、嫌だなあっていうのもあって……」

「たしかに……勇者の証、みたいね」

思わず口にすると、グレンが少しだけ目を伏せた。

「ですよね……。見られると、変に期待されそうで……そういうの、あまり得意じゃなくて」

その笑みに滲むのは、諦めとも、照れ隠しともつかない色だった。

「それに……これを見ると、いろいろ思い出すんです。あまり、好きではなくて」

ごく短い一言だったが、その奥には何か、本人なりに整理のつかない記憶があるのだと察せられた。

「そう……無理に見せなくていいわ。あなたのものなんだから」

私がそう言うと、グレンはほっとしたように頷き、前髪を指先で整えた。

かすかに微笑んだその横顔は、いつもより少しだけ穏やかに見える。

グレンが前髪を直し終えたところで、ミアがノートを抱えてベンチに小走りで近づいてきた。

「お待たせしましたっ。えっと、観察記録、まとめてみたんですけど……」

その声に、私もグレンも自然と顔を上げる。

「ありがとう、ミア。あとで一緒に見ましょう」

「はいっ!」

ぱっと明るく笑うその姿に、ほんのりと空気が和らいだ気がした。

私の隣で、グレンもわずかに表情を緩める。

「ミアさんの鉢、魔力の色が少し柔らかくて……綺麗でしたね」

「あ……ありがとうございます。でも、毎日ドキドキしながら話しかけてて……たまたま機嫌がよかっただけかもです。何が正しいのかわからなくて……」

「いえ。育て方に正解はないと思います。きっと、いろいろな魔力の形があるだけです」

不器用ながらも真摯なグレンの言葉に、ミアは目を丸くし、ややあってふわりと微笑んだ。

「……それ、なんだか、安心します」

三人で並んで過ごす穏やかな時間。

……きっと、この鉢だけじゃない。少しずつ、私たちの間にも、芽が育っている──そんな気がした。