作品タイトル不明
8. 目覚めの距離が近すぎる
鼻腔をくすぐる、石鹸の香り。
規則正しく上下する、広い胸。
包み込むように添えられた手のぬくもりをそのままに、ゆっくりと瞼を持ち上げると、見慣れない天井が視界に入った。
うとうとと微睡みながら、目だけを動かしてみる。
すぐ目の前に、はだけた胸元。
覗く筋肉は無駄なく引き締まり、ずっと見ていられそうだった。
視線を上へ滑らせる。
目に飛び込んできたのは、――見慣れない、顔?
「目が覚めたか」
「――ッ!?」
低い声に、眠気が一瞬で吹き飛んだ。
ロイドだ。同じベッドで、肌を触れ合うようにして眠っていたらしい。
いつから見ていたのだろう。
魔法帝ともあろう者が、敵国の将軍に腕枕をされたまま眠り込み、なおかつ無防備に寝顔まで拝まれてしまう。
いつもならわずかな物音でも目が覚めるのに、敵地で熟睡するなど油断にも程がある。
「……ろいど。おはよ」
「おはよう。朝食の準備ができている。行くぞ」
ひょい、と小脇に抱え上げられ、レティシアは夜着のまま廊下に連れ出された。
「レティちゃん、おはよう! よく眠れた?」
「うん……おはよ」
「見て、この寝癖! やだもう、なんて可愛いのかしら……」
食堂では既に父母が座っており、使用人総出で迎えてくれる。
さぁさぁ朝ごはんにしましょうと、エルマに促されるまま、子ども椅子に座った。
柔らかく煮込まれたお粥。一口サイズに切られたパン。小さな器に盛られた果物。
大人がメインの食卓だというのに、どれもこれも、レティシアが食べやすいよう工夫されている。
「手が小さすぎるな。それではスプーンも持ちにくいだろう」
ぎこちない手つきでお粥をすくうレティシアに、ロイドが小さく息を吐く。
短い四肢に慣れず悪戦苦闘していると、ひょいっと抱え上げられた。
有無を言わさず、ロイドの膝に座らせられる。
「なッ……」
「ほら、貸してみろ」
レティシアの子ども用スプーンを取り上げるなり、ロイドは一口分のお粥をすくった。
「食え」
「……ッ!?」
ふうと冷ましてから、迷うことなくレティシアに差し出してくる。
お、お前、一体何を……!?
わなわなと震えるレティシアのことなど気にもせず、ぐいぐいと口元に押し付けてくる。
「ほら、食え。たくさん食べないと、大きくなれない」
「……、……ッ……!!」
我々は敵対する国同士のはず。
かたや自国内でも恐れられると聞く冷血将軍。
かたや魔法師団を率い、魔獣を根絶やしにしようと画策する、世界最強の魔法帝。
ところが初夜が明けるなり、冷血将軍が有無を言わさず「あ――ん」してくるのだ。
そっぽを向こうとしたが、ロイドの大きな手がやんわりと顎を掴んだ。
……逃げ場がない。
斜め前に座るエルマはわくわくと目を輝かせ、フロストもまた、それを興味深げに見つめている。
ロイドが引く気配は、一向にない。
……これは、食べ終わるまで終わらないやつだ。
覚悟を決め、レティシアは差し出されたスプーンを、放心状態であむっと口に含んだ。
何をやらされているんだ私は。
……本当はもう、二十五才なのに。
こんな姿を魔法国の連中に見られたら、恥ずかしさのあまり、街一つ特大魔法で消滅させてしまうかもしれない。
「~~ッ」
「レティちゃん、どう? 口に合うかしら?」
身を乗り出したエルマから、心配げに覗き込まれる。
塩分控えめ。
熱すぎず冷めすぎず、頬張るのには最適な温度を保っている。
敵国を褒めるのは遺憾だが、正直言って有難く、そして滅茶苦茶おいしかった。
「……さいこう」
「そう? 良かったわ!! 味の好みも、育った場所によっていろいろあると思うの。遠慮しないで、何でも言ってね」
エルマは満面の笑みを浮かべる。
その隣でフロストが、満足げに小さく頷いた。
何やらこそばゆい気持ちで食事を終えると、今度は専属侍女アリエッタが、手ぐすね引いて待っていた。