作品タイトル不明
25. 冷血将軍、懺悔する
ごろんと大の字で横になり、天井を見つめながら、レティシアは物思いに耽っていた。
夫婦の私室は部屋続き。
いつもならロイドの部屋に行く時間なのだが、今日はどうしても行く気になれず、レティシアはベッドの上で物憂げにため息を吐いた。
アリエッタにああいった手前、考えないように努めていたが、一人になるとどうしても頭を過ぎってしまう。
それはそうだ。
あの年で相手がいないほうがおかしい。
二十三才。戦地にいたとはいえ、惹かれる相手の一人や二人、いて当然だ。
ベッドからぴょこりと起き上がると、鏡に自分の顔が映る。
「私だって、そう悪くないはずなんだが……」
最強、社畜、行き遅れ。
社畜というのは組織に与する傀儡の称号で、レティシアのように私生活を犠牲にして、仕事を優先する者のことを言うらしい。
《思春期の娘のような真似をして、突然どうした》
(ああ、ヴェリアルか。これまで誰一人として私に言い寄る者がいなかったのは、なんでだろうと思ってな)
見た目は多分、悪くない。
魔法帝という身分が、出会いの邪魔をしていたのかもしれない。
《ディーンが隣にいたからじゃないか?》
(? なぜディーンがとなりにいると出会いがなくなるんだ?)
意味が分からなくて首を傾げると、ヴェリアルが盛大に溜息をついた。
《……魔法師団の七不思議を知っているか》
(なんだ? 魔法師団の志願者が少ないことか?)
《なりたい者は数多いる。――だが、なれないのだ》
初耳である。
《魔法師団に入ろうとした者は吾輩の知る限り、過去十年で百名は下らない》
(そんなに!? 人手不足で困り果てているんじゃなかったのか!?)
《違う。師団長のお眼鏡に叶わなかった者は、どれほど優秀でも決して魔法師団には入れないのだ》
ヴェリアルが前足を舐めながら、ゆっくりと続ける。
《実はお前に言い寄ろうとした者も、少なからずいた》
(なんだと!? そんな奇特な者がいたなんて……まさかディーンが私の出会いを潰してきたのか?)
《そうだ。すべての者は退職か休職。あるいは国外転勤を命じられ、その後消息を絶っている》
何それ。同じく初耳なんだが。
《他のも聞くか?》
聞かなくていいような気もしたが、知らないままでいる方が怖い気もした。
(お願いします……)
《魔法師団の訓練場に、立ち入り禁止の区画がある》
(危険区域だろう? 魔法実験で爆発事故を起こした後、封鎖したと聞いた)
《爆発事故は確かにあった。だがそれ以来、そこは師団長ディーンの管轄になっている。つまりあいつのフリースペースのようなものだ》
(フリースペースといっても、あんな場所。何にも使えないぞ?)
《目撃した者によれば、魔法帝の肖像画が三十枚以上貼られているという》
魔法帝の肖像画? つまり私の?
(それは、不思議というより……)
もう出会いとかいう以前の問題じゃないか。
七不思議はまだあるらしい。
でももう何だかお腹いっぱいだった。
《それにしてもどうした? お前達二人とも、最近ちょっと変じゃないか》
(……うるさい)
ロイドの想い人について聞いてから、一週間ほど経過した。
すっぱり忘れて、残り少ない余暇を楽しみたいところだったが、あれから毎日憂鬱な日々が続いている。
原因は分かっていた。
「……大切にすると、あれほど心に誓ったのに」
また今日も隣室から、ロイドの声が聞こえてきた。つまりはこれだ。
「他の女が頭をよぎるなどと……これでは申し訳が立たない」
《嫁の見た目が三才児だからじゃないか?》
うるさい黙れ。
ギュムッとヴェリアルの尻尾を踏みつけると、声にならない悲鳴を上げた。
壁越しの懺悔は、あれから毎日続いている。
すべて駄々洩れ。大丈夫かと心配になるくらいだ。
《毎晩ご苦労なことだ》
もう何度目かも分からない懺悔に、ヴェリアルが前足を舐めながら、しみじみと呟いた。
(なぜお前はそんなに楽しそうなんだ)
《吾輩は部外者なので。そもそも二十三才の男なら、色んな娘に目が行くのは当然だ。何も不思議なことじゃない》
(だがそんな男ばかりじゃないだろう)
《そうか? 現にお前だって、前魔法帝の庶子として生まれてきただろう?》
確かにその通りなのだが、ディーンのようにお見合い話から逃げ続け、脇目も振らず仕事に没頭してきた男だっているじゃないか。
「お前を、必ず幸せにすると誓ったのに」
やむを得ない状況だったのはよく分かっている。
――別に本気にしていない。
レティシアはベッドの上でぐりんと寝返りを打った。
このままでは、ダメだな。
長居すればするほど、ロイドを苦しめることになる。
壁の向こうでは、まだ懺悔が続いていた。