作品タイトル不明
23. 専属侍女が有能すぎる
「レティ様は、こちらにいらっしゃいます」
「は?」
ロイドの眉がわずかに動いた。
確かにアリエッタの腕の中に、シーツにくるまれたレティシアがいる。
「なぜレティがここに……?」
無事を確認し、眉間の皺がわずかに緩んだ。それだけ心配していたのだろう。
「レティ、どういうことだ。お前の口から説明しろ」
これでは埒が明かないと思ったのか、説明を求められ、……レティシアはシーツにくるまれたまま、ぷいっと顔をそむけた。
「……れてぃ、おねしょした」
「おねしょ?」
テルテル坊主みたいに丸まったシーツの奥から、消え入りそうな声が聞こえる。
ロイドが繰り返し、沈黙が落ちた。
まさかそんな理由だとは思わなかったに違いない。しかも相手は幼児とはいえ女性である。
これ以上、この話を続けるべきかどうか、ロイドは本気で思い悩んでいるようだった。
ふっくらと可愛い頬が、恥ずかしそうに染まっている。
恥じらう三才児をこれ以上追及するのは、躊躇われたのだろう。
ロイドは再度アリエッタの部屋を見回し、美女がいないかを確認した。
「では、さっきの女性は?」
「何のお話でしょうか。夢の続きをご覧になったのではないですか?」
「いや、確かにこの目で……」
「早くしないとレティ様のお尻がかぶれてしまいます。お着替えをしますので、どうかご退室ください」
珍しく強い口調で、アリエッタが間髪入れずに言い切った。
ロイドは眉間の皺を深めたまま、アリエッタとレティシアを交互に見遣る。
「夢? 疲れていたのか?」
まだ腑に落ちない顔ではあったが、アリエッタの腕の中には確かにレティシアがいる。
「レティが無事ならいい。夜更けに騒がせてすまなかった」
それ以上追及することなく、ロイドは踵を返した。
扉が閉まる音がして、廊下から足音が遠ざかっていく。
アリエッタの全身から力が抜ける。心臓がまだ、うるさいほどに鳴っている。
レティシアを抱きしめたまま、アリエッタはしばらく扉を見つめた。
足音が完全に消えたのを確認し、ふぅと長い息を吐く。
「さて、レティ様」
アリエッタはレティシアを寝台に下ろし、にっこりと微笑みかける。
「説明、してくださいますよね?」
いつも朗らかで優しいアリエッタ。だが今回ばかりは目が笑っていない。
シーツの中からレティシアが、アリエッタを見上げた。
「さきほどは、すまなかった。でもわけあって、みもとはあかせない」
これ以上誤魔化すのは得策ではないと判断したのだろう。
観念したように小さく息をついて、レティシアは口を開いた。
「ようじょになったのはわけがある。あるひ、このくにによばれたんだ」
自室で眠っていたら、ある日突然、魔法陣でトルティア王国に召喚されたこと。
その際に魔力を根こそぎ奪われ、何故か子どもの姿になってしまったこと。
トルティア王国に来てから大人の姿に戻ったのは、今日が初めてであること。
大人の姿に戻ったのは恐らく、魔力が回復してきたからだということも。
「おとなにもどるたいみんぐは、じぶんでもわからない。これからも、このじょうたいがつづくかもしれない」
三才児とは思えない、淀みのない言葉でレティシアが語る。
「幼女の時も、普通に話せるのですね」
「……そうだな。このくににきたばかりのときは、ようじょのからだになれず、うまくはなすことができなかった」
今もまだ慣れないが、問題なく話すことができる。
騙していてすまなかったと、レティシアが珍しく言い淀んだ。
「謝らないでください」
アリエッタは首を振った。
トルティア王国の都合で、訳も分からないまま連れて来られたのだ。
それも幼女の身体になってまで……どれほど辛いことだろう。
「大変な思いをされたのですね」
そう言いながら、ふとレティシアの腕に目を落とす。
大人の姿になっても、手足には幼女の時と同様に、痛々しい傷跡がいくつも残っていた。
どれほどの時間をかけて、これだけの傷が刻まれたのだろう。
数分接しただけでも、生来の威厳や品格は隠せず、尊い生まれの方だと分かるほどだった。
「ロイド様には、仰らないのですか?」
もしかしたら、とても難しい立場なのかもしれない。
アリエッタは慎重に、言葉を選びながら続けた。
「失礼ですが……大人の姿であれば、辺境伯夫人として堂々と隣に立てると思うのですが」
「ときがきたら、いうつもりだ。からだがあんていするまでは、このことは、ひみつにしていてほしい」
嘘をついている様子はない。
ただ、今はまだ言えない事情があるのだろう。
アリエッタはレティシアの顔をしばらく見つめた。
欺こうとしているわけではなく、一番困惑しているのは当の本人なのだ。
専属侍女として仕えると決めた日から、この方を幸せにしてあげたいとずっと考えてきた。
それは、どんな姿であっても変わらない。
「事情がおありなのですね。分かりました。微力ながら、お力添えいたします」
神妙な面持ちで頭を下げたレティシアの、重い空気を払拭するように、アリエッタは両手をぽんと打ち鳴らした。
「では早速、子ども用のお着替えを用意しましょう! 大人になった時のお召し物と合わせて、ご用意しておきますね!」
「ありがとう」
「サイズはこちらで見繕っておきます。それから、大人の姿の時にお部屋から出る際は、必ず私をお呼びください。ロイド様と鉢合わせになっては大変ですから」
アリエッタを呼ぶための鈴がある。
それを鳴らせば、もしアリエッタが聞こえない時も、気付いた者が呼びに来てくれる。
「ゆうのうだな」
「専属侍女ですので!」
アリエッタの微笑みにつられ、レティシアもまた微笑んだ。