作品タイトル不明
17. ぼくと結婚しないか?
《吾輩は、聖獣ヴェリアル》
居合わせた者達が呆けたように立ち尽くす中、突如、厳かな声が辺りに響き渡った。
騎士達がきょろきょろと見回すが、声はすれども姿が見えない。
《愚かな人間達よ。矮小な身で吾輩を呼び出そうとは、不敬にもほどがある》
重々しい声が、頭の中に直接届く。
さすが聖獣、切り替えが早い。
先ほどまでハァハァしていたとは思えない、神託にも似た、威厳あふれる声だった。
《巻き込まれた幼女を哀れに思い、来てみれば……このザマはなんだ。あろうことか、この程度の魔獣ごときに手こずるとは》
「……先ほどの攻撃は、まさかヴェリアル様が!?」
召喚魔法師が、声のする方角も分からぬまま問いかける。
《……二度目はない》
短く、それだけ言った。
国王が跪き、ロイドやシリウス……その場にいたトルティア王国すべての者がそれに続く。
伝説の聖獣が成した、神の御業のごとき大魔法。
奇跡を目にした人々は、今日という日を、後世にまで長く語り継いでいくだろう。
声は止み、聖獣ヴェリアルは去った。
――本当は茂みに隠れ、魔力切れでぐったりしていたのだが。
とはいえ、これでようやく一段落だな。
大魔法も誤魔化せ、足りなかった魔力はヴェリアルのおかげでかなりの量を充填でき、体調も良好。
あとはロイドと帰るだけ。
まさに今日は、いいこと尽くめだった。
「レティ!」
帰りの馬車に乗る直前、振り返ると、シリウスがこちらに向かって駆けてくる。
「どうしても、最後に話したいというのでな」
「父上、我儘を聞いてくださって、ありがとうございます!」
男子三日会わざればとはよく言ったものだが、小一時間ほどの間に別人のように成長している。
さっきまでの小馬鹿にしていた様子は跡形もなく消え、キラキラした目でレティシアの手を両手でぎゅっと握った。
シリウスの頬が赤い。首元どころか、耳まで赤い。
「レティ、ぼくと結婚しないか?」
……はい?
茹でタコのようになったシリウスの顔が、さらに赤く染まっていく。
五歳児からのプロポーズに驚きすぎて、言葉が出ないレティシアの頬に、シリウスはそっとキスをした。
まさかそんな用事だったとは思わず、国王がギョッとしている。
「今度は、ぼくに護らせてほしい」
どう見ても冗談とは思えない真剣な眼差し。
飾らない誠意をまっすぐに向けられ、レティシアは少しだけ困ったように微笑みを返す。
だがレティシアが言葉を発するより早く、ロイドが間に割り込んだ。
「大変申し訳ありませんが、お断りします」
静かな声だが、不敬にもシリウスの手をレティシアからそっと取り払う。
目が笑っていない。
いつもにも増して表情が硬い。だがシリアスだって負けてはいない。
「……何でお前が返事をするんだ」
「殿下、レティシアは俺の妻です」
他の者には聞こえないよう、ロイドがそっと耳打ちした。
絶対に譲る気はないと、その眼差しが告げている。
穏やかな口調で平静を保っているようだが、驚くほど大人げなかった。
「は!? だがレティシアはまだ三才だろう! ロイドはもうおじさんじゃないか!」
「おじさんではありません」
「レティシア、まさか何か弱みでも握られているのか? 大丈夫だ、ぼくが父上に頼んでやる。絶対なんとかしてもらうから」
「……何を言われようと譲る気はありません」
五歳児の王太子。
対するは冷血将軍の名を持つセシリオ辺境伯。
どちらも引かず、真正面からにらみ合っており、このままだと禍根を残してしまいそうだ。
「ごめん。れてぃ、こどもはちょっと……」
「お前だって子どもだろ……?」
「せめて、はたちをこえないと」
「あと十五年も!? でも、ぼくは絶対諦めないからな!」
「あきらめてほしい」
きっぱり言い切り、レティシアはぎゅっとロイドの首にしがみつく。
居合わせた者達がざわりと揺れる中、国王だけが一人、思い悩むような表情を浮かべ、ただじっとレティシアを見つめていた。