軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

16. ぶさねこの恩返し

(魔法陣に吸い込まれるところを助けてやったのは、私のほうだ。だが恩返しに来たことは褒めてやる。見上げたネコだ)

《誰がネコだ! 聖獣だろうが! お前こそ、ワイバーンごときに随分と苦戦して……?》

それきり黙りこくり、伺うようにレティシアを観察する。

《ん? よく見たらお前、魔力が殆どないではないか! さてはあの魔法陣か!? これは面白いことになってきた》

高笑いしているが、伏せの状態で茂みに隠れている本体がレティシアの位置から丸見え。

さらには枯れ葉がついて薄汚れた本体から、調子に乗った声だけが大音量で聞こえてくるという、大変気色の悪い状態だった。

《だが弱ってるならちょうどいい! 無力な幼女に成り果てるとは……愚かで哀れなレティシアよ、ついに積年の恨みを晴らす時がきたようだ!》

突如、ヴェリアルの念話に力がこもった。

嬉しさに声が弾み、茂みの中からはみ出ない程度に、こそこそと身を起こしている。

《今こそ従属契約を解除してやる! お前を倒し、吾輩はついに自由を――!! あ、あれぇ……?》

だがその直後、レティシアはずるりとヴェリアルの魔力を引き抜いた。

へなへな、とぶさねこヴェリアルが崩れ落ちるようにして、力を失う。

従属契約がある以上、主人に逆らうことは許されない。

魂そのものに刻まれた、不可侵の契約。

つまりは絶対服従。契約主が求めれば、魔力どころか命をも差し出さねばならないのだ。

(ふむ。五割といったところか? なるほど、これなら従属契約も悪くない)

くくく、と魔王のように、悪意にまみれた笑みを浮かべる。

(聖獣とは名ばかりの駄ネコだと思っていたが……たまにはお前も役に立つじゃないか)

ヴェリアルの総魔力量は、レティシアの半分程度。

であれば根こそぎいただこう。

澄んだ魔力が身体を満たし、合わせた手の中で渦を巻く。

レティシアは静かに目を伏せ、ふっと零れるように吐息を吹きかけると、辺り一帯に深紅の円が広がった。

地面から浮き出るようにして魔法式が飛び交い、その周囲を巡る魔法文字が、じわりと熱を帯びてくる。

光が、空を覆い尽くしていく。

ゴッという短い音とともに、地面から伸びた光が魔獣の身体を幾重にも交差し、貫いて――。

《レティシアお前は、遠慮という言葉を知ったほうがいい……》

(そうか? これでも遠慮したほうだぞ?)

咆哮すら放てず、息絶えた身体は弓なりに折れ曲がり、ドサリドサリと落ちていく。

血赤の模様が白い地面に広がり、大輪の薔薇を描いた。

***

すべてが終わり、血だまりの中に静寂が訪れる。

「だいじょうぶ?」

レティシアは、へたり込むシリウスを振り返った。

抜いた短剣が力なく足元に転がっていることに気付き、ゆっくり屈むと、そっと拾い上げる。

「まもってくれて、ありがとう」

「えっ? いや、そんな……何も、できなかった」

「……そう?」

手渡された剣を鞘に納めると、シリウスの手元でカチリと小さな音がした。

怖かったのだろう。ぐし、と涙を拭っている。

「けんを、ぬいたではないか」

そう言ってレティシアが微笑むと、びっくりしすぎたシリウスの目がビー玉のように丸くなる。

零れ落ちてしまいそうだな。

可愛いものだと手を伸ばし、レティシアは自分が三歳児であることも忘れ、その頭を軽くひと撫でした。

お前は、本当に偉かった。

「……いいこだ」

「へっ?」

「ほこっていい」

さっきまで魔獣の群れに震えていた五歳児が、ビシリとその場に固まった。

駆け付けた国王が訝しげにレティシアを見遣り、そして護衛騎士や魔法師また、遠巻きに視線を向けている。

全速力で駆けつけたロイドもまた、呆然とレティシアを見つめていた。

しまった。

一身に視線を浴び、レティシアは苦笑いする。

……やりすぎた?

さて、どう誤魔化すかと向けた視線の先で、ヴェリアルの尻尾の先がはみ出している。

(ときにヴェリアル)

レティシアは良い考えを思いつき、魔力切れでハァハァしているぶさねこに向かい、改めて念話を飛ばした。

(実に悲しいことだが、私はお前と間違えて召喚されたらしい。あげく、このザマだ)

《ハァハァ、だから助けに来てやっただろうがッ》

(そうだな、さすが聖獣ヴェリアル様だ。感謝してもしきれない)

《なんだ? 急に殊勝なことを言い出して……こ、怖いんですけど……?》

(なに、たいしたお願いではない)

ああ言えばこう言うのは相変わらずだが、今は正直それどころじゃなく、ヴェリアルは息を整えるので精一杯らしい。

(思い起こせば、三か月ぶりの休暇だったのに。助けてやったにも拘わらず、敵国で長らく待たされてしまった。魔力まで奪われ、こんな姿になったのだが――)

まぁお前のせいなんだが、と恩着せがましい一言を重ねるのも忘れない。

ヴェリアルはゆっくりと身体の向きを変え、そろりとこちらを窺った。

(勿論、分かってるな?)

レティシアは射貫くような視線を、茂みへ向ける。

(――分かってる、よな?)

《き、決まってるだろう! よぉぉし、大丈夫だ! 後のことは、すべて吾輩に任せるがいい!》

ヴェリアルはガクガクと震えながら、必死に尻尾を丸くする。

やけくそのような声が、レティシアの頭の中に響いた。