作品タイトル不明
15. ヴェリアル、あらわる
現れたのは、オオカミほどの大きさの小型獣だった。
ライオンの顔に、ヤギのような二本の角。
弧を描く尻尾の先は、鎌首をもたげた蛇になっており、口元からは揺らめく炎が漏れている。
小型の魔獣キマイラだ。しかも、一匹ではない。
ロイドの剣尖が翻り、瞬きをする間もなくキマイラの首が落ちていた。
なるほど、早い。
召喚時にロイドから感じた強者感は、伊達じゃない。
他の騎士達が別のキマイラに応戦している間、ロイドは二匹目に対峙した。
向かう炎を難なく躱し、ロイドは横薙ぎに一閃する。
振り切った剣を避けるようにして、飛びかかってきた三匹目もまた切り伏せ、物理攻撃だけで魔獣を退けていく。
魔法もなしに、たいしたものだ。
素直に感心しながら見ていると、騎士の一人が最後の一匹を仕留めた。
この世の終わりのような甲高い叫び声が、空気を切り裂き、こだまする。
危険を知らせる声。仲間を呼ぶ声。
それはキマイラを捕食する魔獣にとっては、絶好の……餌の在処を示す音。
「……まずい」
隣にいた護衛騎士から、さぁっと血の気が引いていく。
甲高く鳴いたキマイラの声が呼び水となり、誘われるようにして山側が黒く染まる。
一頭……二頭、……十数頭にも及ぶ大型魔獣……ワイバーンが、こちらに向かって一直線に飛んでくる。
レティシアは、その場にいる討伐隊の戦力を目算した。
そして迫りくるワイバーンを差し引きするが……どうみても足りないのだ。
「ヒィ……ッ」
身の毛もよだつような咆哮にシリウスが怯え、思わず一歩後退る。
「命に代えても、陛下達を護れ!」
護衛騎士が動くより早く、ロイドの声がレティシアへと届いた。
迷いのないその声に、空気がビリビリと張り詰める。
「いのちにかえても……?」
佇み、睨みつけるようにしてロイドを見たレティシアに、後退ったシリウスの背が触れた。
シリウスはハッとして振り向き、レティシアを見遣る。
動じることのない真っ直ぐな眼差しを返され、覚悟を決めたように腰元の剣に触れた。
「……子どもは、下がっていろ」
声が震え、足元が覚束ない。
それでも彼は、震える手で腰元の短剣を抜いた。
魔獣など到底切ることのできない、子ども用の剣。
レティシアをして『オモチャの剣』と評された、飾り用の華美な剣。
さっきまでガンを飛ばし合っていた五歳児が、それでも守ろうと前に立つ。
「……こどもはさがっていろ、か」
静かに繰り返し、レティシアはぐるりと周囲を見回した。
ロイドを見る。命を投げ打つ覚悟の、騎士達を見る。
剣を抜いた国王を見て、最後に震えながらレティシアを庇い、短剣を握る……王太子シリウスを見た。
……うん、悪くない。
ふう、と小さく息を吐く。
――仕方ないな。
レティシアが目を細めた瞬間、取り巻く空気が静かに変わる。
重く、冷たく、音もなく吹き抜ける魔力の風。
レティシアの傍らにいた護衛騎士の額から、どっと汗が噴き出した。
シリウスはついに立っていられなくなり、ペタンとその場に尻餅をつく。
三歳児が発していい圧ではない。
近付く魔物とは比べ物にならないほどの異様な気配に、思わずロイドが振り返る。
今お前に死なれては、おやつが食べられなくなってしまう。
我ながら現金なことを考えながら、レティシアは魔力を、目にも止まらぬ速さで練り上げていく。
「……寡婦になってしまうではないか」
思わず口をついて出た言葉に、自分でも少し驚いた。
ふ、と自嘲めいた笑みが零れる。
なんだ私は。
いつの間に、そんなことを思うようになったのか。
ロイドを狙っていたはずのワイバーンが二頭、レティシアへと進路を変える。
今ここで一番に殺すべきは誰なのか、本能で理解しているのだ。
レティシアは片手を持ち上げ、静かに横へと動かした。
一頭の首が弾けるようにして裂け、その勢いのまま地に落ちる。
もう一頭もまた翼をもがれて体勢を崩し、雑木林へ突っ込んでいった。
だが思っていたよりも魔力が足りない。
いつもならレティシアの圧を感じただけで、大半の魔獣達は逃げていくのに。
この日のレティシアは、ここにいる魔獣達をギリギリ倒せる程度の残存魔力量だった。
おまけに使い慣れない小さな体が、高負荷の魔法に悲鳴を上げ始めている。
するとロイド達を相手どっていたワイバーンの、それもひときわ大きいリーダー各の個体が、地を震わせるような声で鳴いた。
ぐるり、と――。
ワイバーン達の顔が、一斉にレティシアへ向く。
「あぁぁ……」
大きな目に涙を浮かべ、ついにシリウスが天を仰いだ。
先ほどとは逆……今度はレティシアが、シリウスを庇うように前へ出る。
今なら殺せると、分かっているのだろう。
レティシア目指して、すべてのワイバーンが飛んでくる。
「本能とは大したものだ」
そう独り言ち、悠然と空を見上げるレティシアを、シリウスは呆けたように眺めている。
国王と護衛は成す術もなく、目の端では、ロイドが全速力で駆けてくるのが見えた。
今度こそ根こそぎ魔力を練り上げて、レティシアはすべてを覆うように大きな結界を張る。
異様な魔力の圧に気付き、魔法師がヒュッと息を止めた。
二度、三度と体当たりし、ワイバーンが結界を揺らす。
……くそ、厄介だな。
何度も何度も繰り返し弾くうち、ついに結界にヒビが入り始めた。
護る場所が広範囲にわたるため、どうしたって脆くなってしまうのだ。
膝がガクリと落ち、限界が近付いてくる。
滲む汗を拭いもせず、唇を噛みしめたその時。
《なぁにをやっとるんだ、お前は》
のんびりとした声が、頭の中に直接響いてきた。
ゴッという鈍い音がして、瞬く間に結界が厚みを増していく。
《やっと魔力を検知できたかと思えば……なんだその情けない姿は。この程度の魔獣ごときに手間取りおって》
呆れ果てたように文句を言われ、レティシアは目を瞬かせた。
(ヴェリアル? いったい、どこに……?)
念話が届く範囲は決まっている。
つまりはすぐ近くにいるということ。
きょろりと見回せば、丸くて小さくてぽっちゃりしたネコが茂みに隠れている。
(……なんだか薄汚れていないか?)
《お、おまっ!? 吾輩自ら探しにに来てやったのに、何てひどいことを言うんだ!》
もふもふの前足を揃えて座り、不満げにレティシアを見つめる瞳は、紛れもなく聖獣ヴェリアル……なのだが、ふわふわだった毛は艶を失くし、心なしか薄汚れている。
聖獣の神々しさは跡形もなく、ただ不細工なネコがそこにいた。