作品タイトル不明
11. 魔法帝、クマに会う
そしてその 太(・) 陽(・) は、――今。
敵国の露店に張りつくようにして、クマのぬいぐるみを眺めていた。
昼下がりの陽光を浴びて賑わう露店通りには、焼き菓子の甘い匂いが漂っている。
視察を終えた帰り道、ロイドは「せっかくだから」と街の中心部まで馬車を回した。
レティシアの目に、色とりどりの布や、積み上げられた果物が飛び込んでくる。
屋台では炭火で肉串を焼き、香ばしい匂いに人々が足を止めていた。
魔法国にもこのような市場はあるが、こんなふうにゆっくりと眺めたことは一度もなかった。
いつもローブを深くかぶり、違反者がいないか視察するための強行軍。
賑わいを横目に通り過ぎるだけだったが、今日は違う。
時間はたっぷり。好きな物を買っていいといわれているのだ。
自由。これが自由か。
――悪くない。
安定感抜群の腕の中、レティシアはバカンスとはかくあるべきと確信していた。
「好きに見て構わない」
相変わらずロイドが甘やかした結果、露店巡りは一刻にも及び、辿り着いた最終地点が『ぬいぐるみのお店』であった。
中央最前列に、ぽつんと座っているものがある。
丸く、茶色く、ぽってりとした小さな耳。
なんとも柔らかそうで、触ったらどんな感触がするのだろうと鼓動が弾む。
魔力の高さを見出され、物心ついた頃には魔塔で過ごし、渡されるのはいつも魔法書だった。
ぬいぐるみを抱く同年代の少女はたまに見かけるものの、手にしたことは一度もない。
つぶらな瞳は黒いビー玉を思わせ、何かを訴えるかのように一心にレティシアを見つめている。
交差する視線。レティシアは目を逸らせない。
気のせいか、微笑まれた気がした。
なるほど、可愛いものだ。子ども達が夢中になるのも無理はない。
気付けばロイドの腕から降り、地べたにしゃがみ込んでぬいぐるみを眺めている。
我に返ってちらりとロイドを窺うと、何を言うわけでもなく、じっとこちらを見つめていた。
……あ。
恥ずかしさに俯けば、「孤児院に向かう時間だ」と腕の中に戻される。
するとロイドが、侍従のひとりに顔を寄せた。
何事かを短く耳打ちすると、侍従が小さく頷き、人混みの中へと消えていく。
レティシアも何も言わなかった。
ぬいぐるみの店は、あっという間に後ろへ遠ざかっていく。
――別に欲しいわけじゃない。ただ少しだけ、気になっただけ。
誰に言い訳するでもなく、ロイドの肩に頬をつけ、あからさまにガッカリとした様子でレティシアは黙り込む。
ロイドの視線が一瞬、レティシアの上で留まった。
***
白壁に、煙突のついた赤い屋根。
こじんまりとした敷地内に、色とりどりの花が咲いている。
馬車を降りたロイドは、いつものようにレティシアを抱えたまま門をくぐろうとして、――ふと足を止めた。
「レティ、少し歩けるか」
唐突な申し出に、レティシアは首を傾げる。
転ぶと危ない、滑る、段差がある、……攫われては一大事だ。
ありとあらゆる理由をつけて抱きかかえてきた男が、ここにきて一人で歩けという。
どういう風の吹き回しだ?
訝しみながらも地に足をつければ、ロイドがしゃがみ込んでレティシアと目線を合わせてきた。
「ここにいる者達の中には、やむを得ない事情で親元を離れた子も多い。抱っこされているレティを見て、悲しい気持ちになる子もいるかもしれない。……少しの間、我慢してくれ」
説明は以上、とでも言いたげな、あっさりとした態度でロイドは立ち上がる。
……なるほど。
言われてみれば至極当然のことだが、そこまでは思い至らなかった。