作品タイトル不明
10. 銀光の賢者、叫ぶ
(SIDE:魔法国アストリア)
――魔法帝が消えた。
それも、魔法陣に吸い込まれて。
衝撃の報告を受けた魔法師団は、文字通り蜂の巣をつついたような騒ぎとなっていた。
魔塔の廊下という廊下を、ローブ姿の魔法師達が駆け回っている。
普段は粛々と己の職務をこなし、余計な感情など一切表に出さない者ですら、この 瞬間(とき) ばかりは青ざめた顔で、そこらじゅうを走り回っていた。
それもそのはず。
「レティシア様ァァァ――――ッ!!」
師団長ディーンが、司令室のど真ん中で大絶叫しているのだから。
魔法師団長ディーン・ターナー、二十七歳。
魔法帝レティシアの、片腕とも自負する実力者。
国内では『銀光の賢者』と謳われ、魔法師団内では『微笑みの断罪者』と恐れられる、この国きっての天才魔法師である。
巷では賢者と評判の、……その彼が。
恥も外聞も、すべてをかなぐり捨て、魔法帝レティシアの名を喉から血が出るほどの勢いで叫んでいた。
「チンタラするなぁッ!」
「で、ですが師団長。魔力の残滓をずっと辿っているのですが、まるで溶けたかのようにレティシア様の寝室で途切れてしまって……」
「魔法陣が突如現れたと、ヴェリアル様も仰っていたじゃないか! レティシア様の魔力を辿れないなら、そちらを解析しろ!!」
「は、はい。ご存じのとおり、見慣れない魔法式の痕跡があり、もしかすると転移ではなく、消滅魔法かも……」
今では使われない禁忌の魔法だったと聞いている。
それも聖獣ヴェリアルすら吸い込まれそうになったほどの、緻密に練られた特大魔法。
ぐすん、と小さく鼻を啜ったのは副師団長のクロニクルだった。
貴族であり、代々師団長を務めるディーンが生え抜きの魔法師であるならば、彼は平民出身たたき上げ。
魔法師団の良心であり、部下とディーンとの間でいつも板挟みになる、数少ない常識人である。
一代で魔法師団のナンバー2までに上り詰めた彼は、一見ナヨナヨした文官のごとき優男だが、レティシアをして『次期師団長はクロニクルである』と言わしめるほどの実力者だった。
今日もまた、ディーンと部下の間で板挟みになるべく、参上した次第だ。
「消滅だと……?」
ぴた、とディーンの動きが止まる。
不穏な気配を察知して、魔法師達がごくりと喉を鳴らす。
「ええと、転移先ははるか遠くの新大陸である可能性も……」
「なるほどね、はるか遠くの新大陸」
ハッと短く息を吐き、ディーンは口元に歪んだ笑みを張りつける。
とりまく魔法師達はついに手を止め、そっと視線を行き来させた。
「ボクがレティシア様の代行作業に追われている間、お前達は雁首揃えて、転移先の特定すらできなかった、と」
「あ、いえその、早急に魔法式の解析を進めてはおりますが、なにぶん古代の禁術のようで……」
「かれこれ一週間もかけて分かったのは、憶測の息を出ない『消滅したかも?』『じゃなくてやっぱり、はるか遠くの新大陸かも?』の二択であった、と」
ちりり、と部屋の隅が小さくスパークする。
泣く子も眠る、深夜二時。
燭台の灯りが届かない場所だからか、やけに眩しく残像が残る。
「――そうか」
ディーンがにこりと、穏やかな笑みを浮かべた。
それに押されるようにして、ずり、と魔法師達が後退る。
ひとり逃げることを許されない副師団長クロニクルは、汗でずり落ちたメガネを指で押し上げながら、来たる怒声に備えて身構えた。
苦労人だけあって人柄に優れ、魔法師達の信頼も厚い彼は、言わば中間管理職。
何かあれば真っ先に矢面に立たされる場面である。
いつもならレティシアがディーンの首根っこを掴んで、力技で黙らせてくれるところだが……今回ばかりは期待できなかった。
「つまりは何ひとつ分かっていない、と」
ディーンは並び立つ魔法師達へ、順に視線を向けていく。
「お戻りにならないということは、生命の危機に陥っているのかもしれない」
恐ろしさに皆声も出ず、その間も部屋のあちこちで、パチン、パチンと短い破裂音が鳴り響く。
最後の希望は魔法師団のマスコット枠、聖獣ヴェリアルだが……。
普段なら『うるさい黙れ』とディーンに往復ビンタをかますはずが、珍しく難しい顔で考え込んでいる。
責任の一端を感じているのだろうが、……とてもじゃないが、助けてもらえそうになかった。
「――死ぬ気で、見つけろ」
凄みのある笑顔。
はいいいいッ! と返事だけは立派に、魔法師達が脱兎のごとく逃げていく。
「どうしたらいい」
地を這うような、低く、押し殺した声。
「――――ボクの太陽が、消えた」