軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第61話:エリート兵士の陥落と、サバイバル配信者の号泣

「ぷはぁっ! 助かったぁぁ……って、なんだこれ!?」

完璧な角度の寝湯から這い上がってきたズブ濡れの迷彩服男――チャンネル登録者数50万人のサバイバル系不憫配信者、『 泥水(どろみず) ススル』は、目の前に置かれたどんぶりを見てガタガタと震えていた。

「あ、あの……俺、さっきまでアビスの上の階層で泥水すすって木の根っこ囓ってたんですけど……なんで人類最悪の最下層で、こんないい匂いの牛丼が……?」

「いいから食え。労災(落下事故)明けには、スタミナをつけるのが一番だ」

ふにゃっと笑うマイルドな 現場監督(ケント) から手渡された熱々の牛丼。

ススルが一口頬張った瞬間、ボロボロと大粒の涙が溢れ出した。

「う、うめぇぇぇっ! なんだこれ、分厚い肉が口の中で溶けるぅぅ! いつもなら、ちょっと透き通った水溜まりを見つけただけで歓喜の舞を踊ってたのに……なんだよこの肉、噛まなくても甘い脂が広がっていく……っ! 俺の港区のタワマンの出前より美味えじゃねえか!!」

ススルが号泣しながら牛丼を掻き込んでいるその横では、すでにパワードスーツ部隊の隊長が、毛布にくるまりながら一心不乱にどんぶりを空にしていた。

それを見た部下たちは、ヨダレを垂らしながら隊長に縋り付く。

「た、隊長だけズルいッス! 俺たちにも一口……ッ! 毎日支給される防衛省のチューブ飯(ディストピア食)なんてもう食えません!!」

「離せお前ら! これは俺がテロリスト(親方)に忠誠を誓って手に入れた牛丼だぞ! 食いたければお前らも国家を裏切れ!!」

飢えた極限状態の軍人たちによる、醜い牛丼争奪戦が繰り広げられる。昨日まで彼らが口にしていたのは、カロリーだけを圧縮した味のしない灰色のペースト食。それに引き換え、目の前にあるのは熱々の白米と、立ち昇る醤油とみりんの甘辛い香り。これを我慢しろというのは、あまりにも酷な拷問だった。

「慌てるな。現場の作業員(お前ら)の分のまかないも、ちゃんとあるぞ」

ケントが魔法のアイテムボックスから次々と熱々の牛丼を取り出すと、マイルドな笑顔のまま呑気に種明かしをした。

「俺の完璧な 温度管理(シゴト) を舐めるなよ。硬い肉をグツグツ煮込むとパサパサになるだろ? だから、温泉のお湯が流れていく配管の途中の『ちょうどいいヌルま湯(65度)』の場所に、タレと一緒に一晩じっくり沈めておいたんだ。これなら絶対に硬くならない、低温調理ってやつだ」

「ただ配管のヌルま湯に沈めただけ!? なんで温泉のお湯加減を利用しただけで、高級店みたいな究極の柔らかさになってるのよッ!」

現場監督補佐の 東雲(しののめ) 霞(かすみ) が、またしても常識外れのDIY飯に震えながらツッコミを入れる。

「ふむ! この絶妙な湯加減! 凶暴なSランク魔獣の硬い肉が、口の中で雪のようにフワッと溶けるのじゃ! 肉の繊維に染み込んだ醤油ベースのタレが、素材の味を極限まで引き出しておるわ!」

隣ではコア公が、大御所グルメレポーター顔負けの食レポを叫びながら牛丼を貪っていた。

「隊長……俺たちも、いただきます……ッ!」

部下の兵士たちも、たまらず牛丼を口に運ぶ。

瞬間、彼らの脳裏にフラッシュバックするのは、上官からの罵倒、泥だらけの過酷な行軍、味のしないペースト食。そんな地獄のようなブラック労働の記憶が、極上の旨味によって優しく溶かされていく。

「美味い……美味すぎる……生きてて、よかった……っ」

「俺たち……もう、絶対基地に帰りたくないッス……」

国家の最強部隊が、圧倒的なホワイト待遇の前に完全陥落し、ポロポロと涙を流しながら牛丼を掻き込んでいた。

『うおおおお! 究極の飯テロきたぁぁ!』

『泥水ススルくんじゃんww なんで最下層に落ちてんだよww』

『国家の最終兵器、牛丼一杯で寝返る』

『ブラック労働からの解放の味、泣けるぜ……』

ルミナの配信枠が盛り上がる中、ススルも慌てて自分のアクションカメラを起動した。

「み、みんな! 俺、アビス最下層で『温泉と飯の神様』に出会いました! ここは地獄じゃありません、天国です!」

ボロボロの配信者が号泣しながら実況を始め、二つのチャンネルが交差する奇跡のコラボ配信が同接300万人を突破しようとしていた。

「ふむ、どうやら全員、無事にスタミナが回復したようだな」

ケントは空のどんぶりが積まれていくのを見て、ふにゃりとしたマイルドな笑顔をさらに深めた。

そして、涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしている男たち(新たな労働力)に向かって、ふかふかのバスタオルを差し出す。

「食い終わったか? 泥水にまみれたままじゃ、せっかくのきれいなリゾート空間が台無しだからな。――それじゃあ、サウナと水風呂の準備ができてるぞ」

極上の笑顔で放たれたその言葉に。国家のエリート兵士たちの心と体は、完全にアビス最下層のスローライフへと囚われるのだった。