作品タイトル不明
第52話:大陸間弾道ミサイル(ただの温泉パイプ)
「よし筋肉ども! 先日のプラント稼働テストは完璧だった。電気も点いたし、お湯の温度も42度でバッチリだ! 次の工程は、あの巨大ボイラーから遊園地エリアの『巨大露天風呂』まで、大量のお湯を運ぶメインパイプの敷設だ!」
「「「オゥッ! 親方、了解しやした!!」」」
アビス最下層の広大な空間に、ケントの的確な指示と特務部隊の威勢の良い返事が響き渡る。
特務部隊の男たちは『身体強化』の魔法を限界まで発動し、直径3メートルはあろうかという漆黒のアダマンタイト管を肩に担いで、せっせと並べていく。
その規格外の作業風景を前に、東雲霞はタブレットを抱きしめ、またしても技術者としての常識を破壊されていた。
「信じられない……。ポンプみたいな機械を一切使わずに、ただ『斜めにパイプを繋いだだけ』で数トンのお湯を運ぶ気!? しかもこれ、途中で水が漏れたり冷めたりしないように、『スライムのゼリー』を隙間に塗って完璧なパズルみたいに組み上げられてる……ッ! なんでそんな神業のDIYを、ただの『お湯運び』のためだけに使ってるのよッ!」
魔法に頼らず、自然の法則だけを極限まで計算してインフラを作る。霞の目には、泥だらけの現場監督がもはや「物理法則を支配する神」のように見え始めていた。
『みんなー! 今日もケントさんがヤバいもの作ってます! 見てこの信じられない太さの筒! これを空に向かって繋げていくみたいです!』
『吾輩のプール(風呂)の通り道じゃな! 早く広いところで泳ぎたいぞ!』
ルミナのドローンが、圧倒的な威容を誇る極太アダマンタイト管の列を映し出す。その隣では、コア公がチーズたっぷりのピザを頬張りながら小躍りしている。
『筒デカすぎワロタww』
『もはや地下鉄のトンネル工事』
『魔法使えよww(※褒め言葉)』
『コア公ちゃん今日も可愛い(ピザもぐもぐ)』
『一級建築士、ついに水道局の仕事まで奪う』
平和すぎる地下の光景が、全世界の同接100万人のリスナーへと届けられていた。
***
しかし、一方その頃。
地上のペンタゴン(米国国防総省)および世界各国の軍事情報局は、かつてない戦慄と絶望の淵に立たされていた。
ルミナの配信画面を食い入るように見つめる軍事専門家たちの顔は、一様に蒼白である。
「……ジーザス。間違いない、あの直径と強固な装甲材質。そして地下から地上へ向けて斜めに立ち上げようとしているあの絶妙な角度は……『大陸間弾道ミサイル(ICBM)』の 巨大発射管(サイロ) だ!!」
「なんだと!? 先日観測された超絶エネルギー波形(※ただの温泉プラント起動音)は、ミサイルのチャージだったというのか!?」
「奴は地下から、世界主要都市を同時に核攻撃する気だ! 完全に狂っている!」
モニターに映る「漆黒の極太パイプ(※ただのお湯の通り道)」は、軍事的なバイアスがかかった彼らの目には、人類を滅亡させる最終兵器の砲身にしか見えなかった。
「……しかも、あの最終兵器の横で、少女と手のひらサイズの妖精がピザを食べて踊っているぞ。なんという冒涜的で悪魔的な狂気のディスプレイだ……!」
「日本政府の奪還部隊はまだ着かないのか! このままでは世界が終わるぞ!!」
各国の首脳が頭を抱え、地球規模のパニックが巻き起こっていた。
***
そんなグローバルな勘違いバズりなど露知らず。
アビス最下層の現場監督は、泥だらけの顔で会心の笑みを浮かべていた。
「よし、全ライン接続完了! バルブ、完全解放!」
ケントの合図とともに、特務部隊の男たちが一斉にプラント側の巨大なバルブを回す。
ゴゴゴゴゴ……ッ!!
地鳴りのような音を立てて、プラントの熱水が極太パイプへと吸い込まれていく。『ただ斜めに繋いだだけ』のパイプを、重力という自然の法則に従って滑り落ちることで、お湯は凄まじい勢いで長距離を駆け抜けていく。
そして数十秒後。
「おおおっ! 来たぞ! ケント、お湯じゃ!!」
配管の終点――巨大な大浴場の予定地へと、湯気とともに完璧な温度(42度)のお湯がドバドバと勢いよく注ぎ込まれた。
ルミナも「すごーい! 大浴場に本物の温泉が! やりましたね!」と拍手喝采。
「完璧ね……途中で一滴も漏れず、温度も下がってないわ……」と、霞はもはや白旗を上げてスパナに頬ずりしている。
「よし、テスト良好! これで温泉の給水インフラは完成だ!」
ケントが満足げに頷き、首に巻いたタオルで汗を拭ったその瞬間だった。
ヒュオォォォォォォ……ッ!!!
突如として、上空から凄まじい風切り音が鳴り響いた。
「ん?」
ケントが見上げた先――。
ドッゴォォォォォォンッ!!!
温泉のすぐ脇に張ってあった『第一防衛ライン(※ケントにとってはただの風よけの養生ネット)』を無惨に粉砕し、地上の日本政府が放った『奪還部隊の降下ポッド』の群れが、土煙を上げて隕石のように激突した。
人類の未来を背負い、死を覚悟して突入してきた奪還部隊の精鋭たち。彼らはポッドのハッチを蹴り開け、決死の表情で銃を構えて飛び出した。
「テロリストめ! 覚悟しろ、貴様の野望もここまで――」
だが、彼らがそこで見たものは、最終兵器でも悪魔の軍団でもなく。
ほっかほかの湯気を上げる巨大な温泉と、汗を拭うヘルメット姿の男、そして「えっ、誰この人たち?」と不思議そうに首を傾げる少女と妖精の姿だった。
「……え? なんだここ……温泉……?」
奪還部隊の精鋭たちが、銃を構えたまま完全にフリーズする。
「……あ? なんだ? 空からデカい鉄屑(粗大ゴミ)が落ちてきたぞ? 現場の安全管理はどうなってんだ」
ケントが訝しげに目を細める中。
人類の存亡を懸けた軍隊と、ただ極上の温泉を作りたいだけの男による、究極のすれ違いコメディが次なるカオスへと突入する――。