作品タイトル不明
第35話 世界を揺るがす「お掃除完了」の波紋
「ふぅ。これでようやく静かになったな。ルミナちゃん、コーヒーのおかわり淹れようか?」
玄関の外へガルドが吹き飛ばされ、魔導お掃除ロボットが大人しく充電ドックへ戻った直後。
ケントはまるで「急な来客が帰った後」のような、のんびりとした口調で振り返った。
「あ、あはは……。ありがとうございます、ケントさん……」
ルミナは力なく引きつった愛想笑いを浮かべながら、空中に浮かぶドローンカメラの投影モニターを呆然と見つめていた。
Sランクの素材で作られた防衛トラップの数々。そして、人類最強クラスの探索者をただの「ゴミ」として物理的に排除した、狂気の最新家電。
ケントの常識外れなDIY(内政)の威力を世界中継で見せつけられたモニターの向こう側では、現在、かつてない規模の熱狂とパニックが巻き起こっていた。
「……コメントの流れが速すぎて、もう滝みたいになってますね」
ルミナが目を回しそうになりながら見つめるその画面には、世界最大の探索者フォーラムから抽出された視聴者たちの悲鳴と爆笑が、凄まじい勢いで流れ続けていた。
【世界最大の探索者フォーラム・総合実況スレッド】
スレタイ:【速報】黒い毒蛇、 全自動掃除機(ルンバ) に完全敗北し壊滅www【アビス最下層】
1:名無しの探索者
おい、誰か夢だと言ってくれ。
Aランクのクランマスターが、パンツ一丁で掃除機にタコ殴りにされて外に捨てられたんだが。
2:名無しの探索者
夢じゃないぞ。俺たち人類の最高峰が、おっさんの作った「家電」に負けた歴史的瞬間だ。
3:名無しの探索者
あれは家電じゃねえ!
アダマンタイトのバンパーとアビス・トレントのブラシを搭載した大量破壊兵器だ!!
生身で蹴ったら骨折れるとか、設計思想が狂ってんだろww
4:名無しの探索者
【黒い毒蛇・本隊の被害状況まとめ】
・ 空挺部隊(ワイバーン) → 鳥よけレーザーで焼き鳥化。スライムプールへドボン。
・地下暗殺部隊 → 地盤改良コンクリートに射出され、バンザイポーズの石像化。
・側近のエリート達 → 無限キャタピラ(泥落としマット)で力尽き、スライムプールへ。
・クランマスター・ガルド → キャタピラを走り切り歓喜するも、掃除ロボットに轢かれて粗大ゴミへ。
5:名無しの探索者
>>4
見事なまでの「ゴミ分別」で草。
おっさん、これマジで防衛戦じゃなくて「外構工事」と「玄関掃除」のつもりでやってるのが一番エグい。
6:名無しの探索者
ていうか、最初の先遣隊もダストシュートでスライムタンクに落とされてたよな。
あいつら全員「生きたまま無力化」されてるのがすげぇわ。
魔法で焼き殺すより、ある意味残酷な完全勝利だろこれ。
7:名無しの探索者
救出部隊を囮にしてまで最下層に行ったのに、自業自得すぎるww
もうあのログハウス、国もギルドも手出しできない『神域』だろ。
物理トラップが最強ってことが証明されちまった。
8:名無しの探索者
おっさんの「建築(DIY)スキル」、明らかにバランス崩壊してる。
次はどんな魔改造設備が出てくるか楽しみで仕方ないわww
***
世界中のネット掲示板が未曾有のお祭り騒ぎとなっている頃。
地上の王都にそびえ立つ『探索者ギルド本部』の最上階では、重苦しい空気が漂っていた。
「……本部長。これが、先ほどまで配信されていた映像の全記録です」
「見なくても分かっている。私もリアルタイムで見ていたからな……胃薬を三瓶ほど空けながら」
ギルド本部長のバルロワは、白髪交じりの頭を抱えて深いため息をついた。
彼の目の前のデスクには、『黒い毒蛇』が行った数々の悪事——賄賂、恐喝、そして今回国境警備隊を魔物の囮に使ったという明確な反逆罪の証拠書類が山積みになっていた。
すべて、ルミナの配信を通じて全世界に暴露されてしまったものだ。
「黒い毒蛇は終わりだ。社会的な信用も完全に失墜し、ギルドとしても彼らを即座に除名・捕縛しなければならない。……だが」
「はい。問題は、『彼らをどうやって回収するか』です」
副官が苦虫を噛み潰したような顔で報告を続ける。
「現在の彼らは、アビス最下層の『ケント氏の敷地内』で、スライムの堀に沈んでいるか、コンクリートの石像になっているか、庭先に転がっているかのいずれかです。我々の部隊が彼らを捕縛しに向かおうにも、あの『絶対防衛要塞』に近づくことすら不可能です」
「だろうな。近づけば生垣に串刺しにされ、空から行けば焼き鳥にされる。我々が行っても、庭のオーナメントが数個増えるだけだ」
バルロワは頭痛を堪えるようにこめかみを揉んだ。
魔法も、武力も、あの男の『DIY』の前では無意味だ。
Sランクの素材を惜しげもなく「日用品」として加工してしまう常識外れの建築技術。彼に悪意がないことだけが唯一の救いだが、その無自覚なインフラ整備が、結果的に世界最強の要塞を生み出してしまった。
「……仕方がない。ルミナ君を通じて、ケント氏に直接『交渉』するしかないだろう」
「交渉、ですか? しかし、ギルド本部の権威をもってしても、あの男が応じるかどうか……」
「馬鹿を言え。権威など振りかざしたら、我々も『害虫』としてお掃除ロボットで処理されるぞ」
バルロワは真剣な表情で、副官に命じた。
「下手に出るんだ。徹底的に下手に。ギルドの特使ではなく、『粗大ゴミの回収業者』として通信を入れろ。……『庭に散らかっているゴミ(ガルドたち)を、無料で引き取らせていただきます』とな」
「そ、粗大ゴミ回収業者……! し、承知いたしました。ただちに手配します!」
人類を守るべき探索者ギルドのトップが、たった一人の男の前に完全に平伏した瞬間であった。
暴力や権力で世界を支配しようとした者たちは破滅し。
ただ純粋に「快適な家」を求めてモノづくりに没頭した男が、結果的に誰よりも安全で不可侵な領域を手に入れた。
「それにしても……」
副官が退室した後、バルロワはモニターに映る美しいログハウスの映像を見て、ポツリと呟いた。
「あそこまで家をガチガチに要塞化してしまったら、あの二人は、どうやって外に買い物(素材集め)に行くつもりなんだろうか……?」
その素朴な疑問は、ギルド本部長だけでなく、世界中のリスナーたちも全く同じことを思い始めていたのだった。