作品タイトル不明
第34話 Aランク探索者 vs 全自動お掃除ロボット
ガチャリ。
重厚な木製のドアが、ゆっくりと押し開かれた。
「ひ……ひははははッ!!」
ログハウスのエントランスに足を踏み入れたのは、全身泥だらけで、ボロボロのインナーとパンツ一丁という異様な姿の男——悪徳クラン『黒い毒蛇』のクランマスター、ガルドである。
数百人の大軍勢を失い、自らも死の淵をさまよう無限のマラソンを経て、ついに彼は「勝利の扉」を開いたのだ。
「どこに隠れている! 忌々しい罠を作った男も、配信の女も、まとめて俺が八つ裂きにして……」
血走った目で室内を睨みつけるガルド。
しかし、彼の目に飛び込んできたのは、怯える男女の姿ではなかった。
ピカピカに磨き上げられた美しい無垢材のフローリング。その上に、ガルドの泥だらけの足跡がペチャリと汚い跡を残した。
『あーあ。そのまま土足で上がられちゃ、床が汚れちゃうだろ』
奥の廊下から、サンルームでくつろいでいたはずのケントが、マグカップを片手にひょっこりと顔を出した。
その顔には、死闘を繰り広げた強敵に対する警戒など微塵もない。ただ純粋に、「せっかく掃除したばかりの床を汚された家の主」としての呆れ顔があった。
「き、貴様ァァァッ! よくも俺をコケにしてくれたな! ぶっ殺してやるッ!!」
ガルドが怒号を上げ、残された最後の魔力を振り絞ってケントへ飛びかかろうとした、その時。
――ピポッ。
ガルドの足元で、無機質な電子音が鳴った。
視線を落とすと、そこには直径五十センチほどの、奇妙な『黒い円盤』が床に置かれていた。
『エントランスニ、極メテ悪臭ヲ放ツ【特大ノ粗大ゴミ】及ビ【泥汚レ】ヲ検知。コレヨリ、最大出力ニテ排除・清掃モードニ移行シマス』
「……あ?」
ガルドが間抜けな声を上げた直後、その円盤――ケントのお手製魔導ツール『全自動お掃除ロボット(魔改造Ver)』の単眼カメラが、ギラリと赤く発光した。
「舐めるなァ! こんなガラクタで俺を止められると……!」
激昂したガルドは、邪魔な円盤を粉砕すべく、渾身の力で蹴り上げようとした。
Aランク探索者の、大岩すら砕く必殺の蹴り。
ガキィィィィンッ!!!
「ぎっ……ぎゃあああああああああっ!?」
甲高い金属音と共に、ガルドの足の指が砕け散る鈍い音が響いた。
蹴り飛ばされるどころか、微動だにしない円盤を抱え込みながら、ガルドは痛みにのたうち回った。
「あ、それ『アダマンタイト・ビートル(Sランク)』の甲殻で作ったバンパーだから。生身で蹴ったら骨が折れるよ」
「あだま……Sランクの素材を、こんなオモチャの装甲にだとぉぉっ!?」
『清掃プロセス、開始』
ガルドの驚愕を他所に、魔導お掃除ロボットはキュィィィンッ! と凄まじいモーター音を鳴らして駆動を開始した。
内部に組み込まれた特大の『風の魔石』が、信じられないほどの【超吸引力】を生み出す。
「な、なんだこの風は!? 身体が……吸い寄せられるッ!」
局地的な竜巻のような吸引力に引っ張られ、ただでさえ満身創痍のガルドは床に倒れ伏した。
そこへ、お掃除ロボットの側面から『シャカシャカシャカッ!』と高速回転するサイドブラシが飛び出してくる。
素材は言うまでもなく、鋼より硬い『アビス・トレントの枝』である。
「あばばばばばばっ!!」
超高速で回転するSランクの木の枝が、ガルドの顔面や身体を容赦なくペチペチとタコ殴りにしていく。
ダメージというよりは、圧倒的な「物理的排除」の力だ。お掃除ロボットは床の泥汚れを落とすのと同じ要領で、ガルドを玄関の外へとゴリゴリと押し出し始めた。
「や、やめろォォッ! 俺は『黒い毒蛇』のクランマスターだぞ! なぜ俺が、ただの掃除機にィィィッ!」
「おっ、さすが最新型。壁際の『大きなゴミ』もしっかりかき出してくれるな」
そして。
ブォォォォンッ!!
最後は限界まで高められた風の魔石による「排気」の突風が、ガルドの身体を玄関から外のウッドデッキへと豪快に吹き飛ばした。
ドゴォォォンッ!!
「あぶぼぁッ……!!」
庭先に派手に叩きつけられたガルド。
彼はピクピクと痙攣したのち、完全に白目を剥いて気絶した。
その口から、一筋の泡がカニのように吹かれている。
ピピッ。
『清掃完了。エントランスハ、美シク保タレマシタ』
魔導お掃除ロボットは誇らしげに電子音を鳴らすと、ウィーンと音を立てて部屋の隅の充電ドック(雷の魔石ステーション)へと帰っていった。
***
「ふぅ。これで家の中も外も綺麗になったな」
ケントが満足げに頷く背後で、ドローンカメラのコメント欄は、爆発的な勢いで流れていた。
『…………』
『終わったwwwww』
『Aランク探索者、掃除機に瞬殺されてて草』
『歴史的瞬間だろこれ。「人類最強クラスの探索者が家電に敗北した日」』
『アダマンタイトのバンパーにアビス・トレントのブラシって、それもうただの大量破壊兵器なんだよなぁww』
『パンツ一丁でお掃除ロボットにタコ殴りにされるクランマスターの顔、スクショしたわww』
『ざまぁの次元を超えてる。最高のエンターテイメントをありがとう、おっさん!!』
他者の命を踏みにじり、強欲のままに最下層の利権を貪ろうとした傲慢な者たち。
彼らの野望は、勇者の剣でも強大な魔法でもなく、ただ一人の男が作った『日常のインフラ設備』の前に、徹底的なまでに打ち砕かれた。
ここに、長きにわたりギルドの暗部として君臨してきた悪徳クラン『黒い毒蛇』は、誰一人として剣を交えることすら許されぬまま、完全なる崩壊を迎えたのである。