作品タイトル不明
第32話 最強の探索者と、地獄のランニングマシン
「突撃ィィィッ!! あの扉をぶち破れ!!」
すべての部下を犠牲にして、ついにログハウスの敷地内(玄関前のアプローチ)へと辿り着いたクランマスターのガルド。
彼は血走った眼を見開き、二名の側近と共に、木製の玄関ドアに向かって猛然とダッシュした。
距離にして、わずか十メートル。Aランク探索者の脚力ならば、瞬きする間に到達できる距離だ。
タタタタタッ!!
しかし。
三秒間、全力で走ったガルドは、ふと強烈な違和感に襲われた。
「……ん? なぜだ……?」
目の前にあるはずの玄関ドアが、まったく近づいてこない。
それどころか、全力で走っているにもかかわらず、周囲の景色が少しも後方に流れていかないのだ。
「ク、クランマスター! 足元を!! 足元の石畳が……動いています!!」
「なんだと!?」
側近の悲鳴に下を向いたガルドは、信じられない光景を目にした。
彼らが踏みしめている『美しい石畳』。それは一枚の岩ではなく、細かく分割された硬質な石板が、無数の 歯車(ギア) によって連結された『 無限軌道(キャタピラ) 』だったのだ。
そしてそのキャタピラは、彼らが玄関へ向かう速度と『完全に同じ速度』で、後方(入り口側)に向かって高速回転していたのである。
「ば、馬鹿な! 地面が逆走しているだと!? ええい、ならばもっと速く走れ!!」
ガルドたちが走る速度を上げると、ウィィィィンッ!! というモーター駆動音が響き、足元のキャタピラもそれに合わせて恐ろしいスピードで逆回転を始めた。
「なっ……速く走れば走るほど、地面が後ろに流れる速度も上がっていくぞ!? どうなっている!!」
「クランマスター! 後ろを見てください! 立ち止まったら……あの『スライムの堀』に逆戻りです!!」
振り返れば、わずか数メートル後ろで、先ほど部下たちを飲み込んだハイスライムのゼリー沼が、ポコポコと音を立てて待ち構えていた。
つまり彼らは、『立ち止まれば即スライム沈み』という状況下で、強制的に走り続けるしかなくなったのだ。
***
「おっ。ルミナちゃん、見てみろ。玄関前の『スマート・アプローチ』がちゃんと作動してるぞ」
サンルームの中からその様子を見ていたケントは、満足そうに腕を組んで頷いた。
「け、ケントさん……。外の人たち、すごい必死な顔でその場ダッシュしてますけど……あれは何ですか?」
「ああ、あれはね。最近の家によくある『動く歩道』だよ」
ケントはドヤ顔で、自作のからくりを解説し始めた。
「ほら、外構工事で庭を綺麗にしただろ? でも、靴に泥をつけたまま玄関に来られたら掃除が大変だ。だから、雷の魔石と 遊星歯車(プラネタリーギア) を組み合わせて、『自動で汚れを落とすコンベア床』を作ったんだ。住人が乗れば前進するけど、未登録の『泥』や『害獣』が乗ると、自動で逆回転して敷地の外に排出するエコシステムさ」
『エコシステムwww』
『出たよ、おっさんの謎技術! 完全に【地獄のランニングマシン】じゃねえか!』
『Aランク探索者がハムスターみたいに回し車で走らされてるww』
『最高に滑稽で草』
『走るのをやめたら後ろのスライム沼にドボン確定とか、悪魔のトラップすぎる』
ケントにとっては「玄関の泥落としマット」の延長線上にすぎない設備だが、極限状態で突入してきた侵入者にとっては、まさに無間地獄であった。
タタタタタタタッ!!
「ぜぇっ……はぁっ……! ぬおおおおっ!!」
数分後。
重い金属鎧を着込んだまま全力疾走を強制された側近たちは、限界を迎えていた。
ダンジョンの最下層という過酷な環境で、すでに体力と魔力の大半を消耗していた彼らに、この『無限マラソン』はあまりにも酷だった。
「も、もう駄目だ……足が、つり……っ」
「クランマスター……ご武運、を……」
ガクンッ。
一人の側近の足がもつれた瞬間、彼の体は高速回転するキャタピラによって一瞬で後方へと運ばれ、そのままドボンッ! とハイスライムの堀へと投げ出された。
「お、おい! ふざけるな!!」
「ひぃぃぃっ! いやだ、あんなゼリーの中で溺れるのは……ごぼばっ!」
立て続けに、もう一人の側近もスタミナ切れで後方へと流され、スライムの餌食となった。
残されたのは、クランマスターのガルドただ一人。
「ぜぇっ……! はぁっ……! おのれ、おのれェェェッ!!」
ガルドは血の涙を流しながら、必死に太ももを上げて走り続けた。
少しでも気を抜けば、地面ごと後ろへ流される。
彼は少しでも身を軽くするため、数千万円でしつらえた自慢の『ミスリルの胸当て』を脱ぎ捨てた。さらに『魔法の籠手』を投げ捨て、『重い魔剣』すらも放り投げた。
それらはすべて、無慈悲なキャタピラに乗ってスライムの堀へと消えていく。
『うわぁ……クランマスター、生き残るために装備全部捨て始めたぞ』
『Aランク探索者の威厳ゼロで草』
『ほぼパンツ一丁でランニングマシン走ってるおじさんwww』
『腹筋崩壊するwwww』
『ざまぁ展開の極みだろこれ』
すべての尊厳と仲間を失い、パンツ一丁(インナー姿)で必死にルームランナーを走らされる悪徳クランのトップ。
暴力で他者を蹂躙してきた傲慢な男は、ケントの『設計と施工』という圧倒的な知性の暴力の前に、もはや完全にピエロへと成り下がっていた。
「ぜぇっ……あ、あと少し……俺は、絶対にあのドアを開けてやるゥゥッ!!」
ガルドの地獄のランニングは、限界を超えてなお続く。
彼が本当の「絶望(格付け)」を味わうのは、この地獄のマラソンを終えて、ついにその『ドア』に手をかけた瞬間であることを、今はまだ誰も知らない。