軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第16話 極上風呂とマイク切り忘れ(配信事故)、そしてブレない一級建築士

ケントが夕飯の仕込みのために立ち去った後。

広大なウッドデッキに残されたルミナは、促されるままに『脱衣所』へと足を踏み入れた。

暴風タイガーの毛皮を加工したというフカフカのタオルと着替えを抱きしめながら、彼女は自分の斜め後ろを浮遊するドローンカメラを振り返った。

「みんな、ごめんね。ケントさんのご厚意に甘えて、少しお風呂に入ってくるね」

ルミナはドローンカメラに対し、「待機モード」を指示した。

「カメラはここでお留守番。覗いちゃダメだからね?」

ドローンが『了解』とばかりにレンズを下げ、パーテーション(ついたて)の外側でホバリングを始めるのを確認し、ルミナはホッと息を吐いた。

ボロボロになったアーマーとインナーを脱ぎ捨て、掛け湯をしてから、湯気を立てる巨大な『 香炉樹(こうろじゅ) 』の浴槽へと向かう。

「はぁ……ヒノキみたいな、すごくいい匂い……」

立ち昇る湯気に顔をほころばせながら、ルミナはそっと、つま先をお湯に浸した。

「……っ!」

その瞬間、ルミナの体に電撃が走った。

なんだ、これは。

ただのお湯ではない。ハイスライムの超高精度フィルターを通した『純水』は、まるで極上のシルクのように滑らかで、肌に吸い付くような柔らかさだった。

ルミナは誘われるように、ゆっくりと肩までお湯に浸かった。

炎の魔石によって常に四十二度に保たれた源泉かけ流しのお湯が、疲労と恐怖でガチガチに強張っていた彼女の心と体を、芯から解きほぐしていく。

「あぁっ……んんっ……♡」

誰もいない(と思っている)安心感と、あまりの気持ちよさに、ルミナの口から無防備で甘い声が漏れた。

「だ、だめぇ……これ……気持ちよすぎる……っ。体が、溶けちゃうぅ……♡」

ダンジョンの最下層という死地で、張り詰めていた緊張の糸が完全に切れたのだ。

ルミナはだらしなく顔を緩め、浴槽の縁に頭を乗せて、うっとりと目を閉じた。

「んぁ……はぁ……ケントさん……すごいや……。こんなの、もう……出られないよぉ……♡」

ルミナは完全に野生を失い、極上の温泉に身も心も明け渡していた。

――しかし。

彼女は、配信者として『致命的なミス』を犯していた。

ドローンカメラの『映像』は確かにパーテーションの外で固定されていたが。

ルミナはあろうことか、カメラの『音声マイク』を切り忘れていたのである。

パーテーション一枚を隔てただけの超高性能マイクは、水がピチャッと跳ねる水音から、ルミナの甘く艶っぽい吐息まで、すべてを余すところなく拾い上げ、全世界に生配信していた。

『…………おい』

『映像はない。だが、音声が……音声がヤバすぎる!!!』

『ルミナちゃん!? マイク! マイク入ってるぞ!!』

『あかん! これ以上はプラットフォームにBANされる!!(歓喜)』

『イヤホン必須!! 全裸待機!!』

『ケントさん……すごいや……」って、文脈だけ聞くと完全に事後なんだが!?www』

『たすかる』

『俺の耳が 最下層(アビス) で昇天しそう』

同接100万人を超える視聴者たちは、画面が脱衣所の壁を映しているだけにも関わらず、かつてないほどの熱狂と大興奮の渦に巻き込まれていた。

世界トップのVTuberの、完全無防備な入浴音声(極上ASMR)。

スパチャ(投げ銭)の通知音が、滝のような勢いで鳴り止まない。

そんな、全世界のリスナーが固唾を飲んで(耳を澄ませて)いた、その時である。

『――おーい、ルミナちゃん。お湯の加減はどうだ?』

突如。

パーテーションの外側から、ケントの呑気な声が響き渡ったのだ。

「ひゃああっ!?!?♡」

ビクゥッ! とルミナの体が跳ね、お湯が激しくバシャアッ! と音を立てる。

「け、ケントさん!? な、なんで……っ!」

ルミナは慌てて胸元を手で隠し(パーテーション越しで見えないのだが)、顔を真っ赤にしてお湯の中に沈み込んだ。

リスナーたちも『おっさん来た!!』『おっさん今すぐそこをどけ!! いや映像を映せ!!』と大パニックだ。

しかし、当の 一級建築士(おっさん) は、エッチなハプニングの空気など一ミクロンも察することなく、真面目なトーンで話し始めた。

『いや、ハイスライムのフィルターから引っ張ってる配管の「水圧」が気になってな。 魔核(ポンプ) のトルクを少し上げすぎたかもしれない。吐出量はどうだ? 多すぎないか?』

「と、としゅつりょう……?」

『ああ。それと、炎の魔石の熱交換効率だ。香炉樹の浴槽は保温性が高すぎるから、もしかしたら四十二度設定でも体感温度が上がってるかもしれない。熱すぎたら、そこにあるバルブを左に回してくれ』

ケントの頭の中には、「入浴中の美少女」ではなく、「自分が施工した配管設備と流体力学のデータ」しかなかった。

彼はあくまで『現場監督』として、 施主(ルミナ) に設備の使い心地をヒアリングしに来ただけなのだ。

配信のコメント欄は、ケントのあまりにもブレない『建築バカ』っぷりに、興奮から一転して大爆笑に包まれた。

『おっさんブレねええええ!!www』

『水圧と熱交換効率の話してんじゃねえよ!!www』

『目の前に風呂入ってる美女がいるのに、配管の心配してるの草』

『このおっさん、ガチの「職人」だわ……(尊敬)』

『エロ展開を期待した俺たちがバカだったぜ! 最高だおっさん!!』

ルミナは、自分のドキドキと恥ずかしさが完全に空回りしたことに気づき、お湯の中でポコンと泡を吹いた。

「……っ、ちょうどいいです! お水も、温度も、最高です……!!」

顔を真っ赤にしながら、ヤケクソ気味に叫び返すルミナ。

『そうか、なら良かった。バルブの点検はまた後でしておくよ。ゆっくり温まってきな』

足音が遠ざかっていくのを確認し、ルミナは大きく息を吐き出した。

そして、ふと気がつく。

自分の目の前で、ドローンの『マイク作動中』のランプが、赤くピカピカと点滅していることに。

「……えっ。嘘」

ルミナは恐る恐る、空中にホログラムのコメント欄を投影した。

『ルミナちゃん、今の全部世界中に流れてたぞww』

『極上ASMRごちそうさまでした』

『「だめぇ……溶けちゃうぅ……♡」は切り抜いて家宝にします』

『BAN回避おめでとう!!』

「~~~~~~~~~~ッ!!!」

最下層の極楽ログハウスに、ルミナの顔から火が出るような悲鳴が響き渡る。

こうして。

「最恐ダンジョンでの生存劇」は、一人の建築バカなおっさんの手によって、完全に「全世界巻き込み型のスローライフ・コメディ」へと変貌を遂げたのだった。

疲労も絶望も、そして配信者としてのプライドすらも洗い流されたルミナ。

極上の風呂から上がった彼女を待っているのは、さらなる『究極の癒やし(ダメ人間製造機)』である。