軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第17話 湯上がりの暴風タイガールームウェアと、最恐の町内会長

極上の香炉樹の露天風呂から上がったルミナは、完全にふやけきった顔で脱衣所に立っていた。

音声マイクの切り忘れによる大惨事(配信事故)の羞恥心も、お湯のあまりの心地よさの前には霧散してしまっている。

ケントから渡された着替えを手に取る。

それは、真っ白でフワフワとした、裏起毛のルームウェアだった。

「わぁ……すっごく滑らかな手触り……」

袖を通した瞬間、ルミナは再び衝撃を受けた。

信じられないほど軽く、そして温かい。素肌に吸い付くような柔らかさは、これまで着たどんな高級ブランドのシルクやカシミヤすら比較にならない。

それもそのはず。

これはAランク魔獣『暴風タイガー』の白銀毛皮を、ケントが【超速クラフト】で特殊加工し、風の魔力による通気性と保温性を限界まで引き出した『究極の部屋着』なのだ。

ルミナは湯上がりの火照った体をルームウェアに包み、フラフラとリビング(ログハウスの中心部)へと戻った。

「お、上がったか。風呂、どうだった?」

キッチンに立つケントが、包丁で何かを刻みながら声をかけてくる。

ちなみにそのキッチンも、Sランク魔獣の骨とダンジョンの石材を組み合わせて作られた、特注のシステムキッチンである。

「っ……最高、でした……。お水もお湯も、服も、全部が信じられないくらい気持ちよくて……」

「そりゃ良かった。飯ができるまで、適当にそこのクッションでくつろいでてくれ」

言われるがまま、ルミナは部屋の隅にある『特製ビーズクッション(魔獣毛皮ver)』に体を預けた。

「ふにゃんっ……♡」

本日二度目の、骨抜きボイス。

流体力学に基づいて体圧分散を極限まで計算されたクッションは、ルミナの体を包み込み、まるで無重力空間に浮いているかのような錯覚に陥らせる。

あまりの心地よさに、ルミナのまぶたがトロンと落ちてきた。

だが、その時。

『む? お主、見ない顔じゃな』

ルミナのすぐ横で、クッションの凹みから小さな顔がひょっこりと現れた。

「え?」

光り輝く妖精のような少女。

しかし、その小さな体からは、ダンジョン最下層の濃密で恐ろしい魔力が立ち昇っている。

その手には、先ほどルミナが感動しながら食べた「ダンジョンポテト」の欠片が握られていた。

『人間よ! 吾輩の特等席を半分分けてやろう。その代わり、お主の持つポテトをよこすのじゃ!』

「ひっ……!」

ルミナはビクッと体を震わせた。

探索者としての直感が、目の前の小さな存在が『規格外のバケモノ』であることを本能レベルで告げている。

ルミナ以上にパニックに陥ったのは、ドローンカメラ越しのリスナーたちだった。

『おい嘘だろ……!!』

『あの姿、あの魔力波形!! アビスの【ダンジョン・コア】じゃねえか!!』

『最下層の絶対管理者だぞ!! なんでクッションでゴロゴロしてんだよ!!』

『しかもポテト食ってるwww』

『終わった……おっさんがいくら強くても、コアには勝てない! ルミナちゃん逃げて!!』

世界中のトップランカーたちが画面の前で絶望し、コメント欄が悲鳴で埋め尽くされる中。

ケントが包丁を持ったまま振り返った。

「ああ、そいつは『コア公』だ。この辺りの地主、まあ町内会長みたいなもんだな。俺の飯とクッションに釣られて、最近はずっとここに居座ってるんだよ」

「じ、地主……!?」

『地主じゃと!? 吾輩は偉大なる高位精神生命体であって……あ、こらケント! 今つまみ食いしようとしたポテトを取り上げるでない!』

「晩飯の前におやつ食いすぎるなって言ってるだろ」

ケントはコア公の頭を軽く小突くと、ポテトの入ったボウルをひょいと持ち上げた。

『ああっ! 吾輩のポテトぉぉっ!』

「……っ」

ルミナは、そして数百万人のリスナーは、完全に言葉を失った。

ダンジョン最下層の絶対的な支配者たるコアが。

ただの作業着のおっさんに、まるでしつけのなっていないペットか、近所のガキんちょのように扱われている。

しかも、コアはそれに全く怒る様子もなく、ただ「ポテトを返せ」と駄々をこねているだけだ。

『……もう俺、何も驚かないぞ』

『アビスのコア(神)を手懐けてるおっさん(一級建築士)』

『町内会長扱いwww』

『人類の脅威が、ただの食いしん坊の居候に成り下がってる……』

『っていうか、コアが味方なら、このログハウス間違いなく世界で一番安全な場所(絶対セーフゾーン)だろ……』

リスナーたちが一周回って冷静になり始めた頃、ケントが淹れたてのハーブティーをルミナの前にコトンと置いた。

「驚かせて悪かったな。でも、こいつがいれば、このログハウスの周りに凶悪な魔獣は絶対に近寄ってこないからさ。安心して休んでいいぞ」

「……はい」

ルミナはハーブティーの入った木製のマグカップを両手で包み込んだ。

温かくて、ハーブのいい香りがする。

外には、一歩踏み出せば命がない絶対死の領域が広がっているというのに。

この小さなログハウスの中だけは、信じられないほど暖かで、平和で、美味しいものに溢れている。

ボロボロになって、一度は死を覚悟したルミナの心に、これまで感じたことのない深い安堵感と、極上の幸福感が広がっていく。

「あの……ケントさん」

「ん?」

「私……ここから、帰りたくないかも……」

ポツリとこぼしたルミナの言葉。

それは、限界まで張り詰めていた探索者としての糸が完全に切れ、ケントの作り出した『極楽リゾート』に魅了された瞬間だった。

『ルミナちゃんが堕ちたああああ!!』

『アビス永住宣言www』

『そりゃそうなるわ!! 俺だってそのヒノキ風呂とクッションと飯があれば一生ひきこもるわ!!』

『ダメ人間製造ログハウスww』

『もうこれ【ダンジョン遭難配信】じゃなくて、【極楽スローライフ配信】だろww』

ドローンカメラの向こう側で、世界中のリスナーが大爆笑と嫉妬のコメントを連打する中。

「まあ、足の怪我が完全に良くなるまでは、好きにしていいぞ。俺一人じゃ、この広さを持て余してたしな」

ケントの呑気な笑い声と、ポテトを頬張るコア公の咀嚼音が、最下層の夜に優しく響き渡っていた。

限界社畜だった男の秘密基地は、一人の少女と数百万人のリスナーを巻き込んで、世界一有名な「オアシス」になろうとしていた。