作品タイトル不明
180 貴重品の盗難 1
俺たちは門番をしていた男に連れられ、神殿のような白い建物の中を進んでいた。外から見た印象の通り、中も信じられないぐらいに広くて、歩いても歩いてもなかなか会場まで辿り着かない。
案内をしてくれている男の話によると「もう、それほど長くは歩きませんので」という話だったが、同じ説明はここまで三回は聞いた気がする。
「先ほどは本当に失礼いたしました。まさか、猊下があのような形でお見えになるとはつゆ知らず……」
「いえいえ。ちゃんとお仕事をしていて偉いと思いましたよ。無理を言っていたのはこちらでしたから」
「そもそも、警護を司る者として猊下のお顔を存じ上げなかったこと自体が不敬極まること……にもかかわらず、勿体なくもお赦しのお言葉をいただいた上、このように気さくにお声までかけていただけるとは……! 今日という日は、私のような者にとって一生忘れられない経験となります」
「ふふ。大袈裟ですよ……そんなふうに持ち上げてもらっても、これ以上は何も出ませんからね……? あっ、サインとかいります?」
「も、勿体なきお言葉────でっ、では、できればこの制服の裏に」
先ほどまで可哀想なぐらい青い顔をしていた男は、アスティラと会話をする中で次第に落ち着きを取り戻している様子だった。しまいにはアスティラに自分が着ている制服の裏に何やら落書きをされ、ご満悦だった。
一方、アスティラとしても一転して自分が丁寧に扱われるようになったことに気を良くしたのか非常に楽しそうに男と会話をしている。
以前の冷たい雰囲気の『教皇』を見たことがある俺からすると、そんな演技で本当に大丈夫か……と疑問に思わなくないが、前の偽物のアスティラを知らない人にとってはもうどっちが本物だとか、別に問題にもならないのかもしれない。
そもそも、こっちのアスティラが本物のアスティラで、長い間偽物に成り代わられていたという話だし。
……まあ、『教皇』としてはこっちが偽物なんだが。
色々とややこしい。
「そういえば、俺たちが向かう『オークション』というのは何なんだ? 実は何も分からずに参加しようとしているんだが」
俺が何気なく隣を歩いているリーンに話しかけると、何やら思案顔だった彼女は顔を上げて答えてくれた。
「……オークションというのは、別名『競売』とも言われる多対一での売買の形式です。クレイス王国でも時折、『還らずの迷宮』などから希少な遺物が発掘された時に用いられる形式なのですが、大勢の参加者の前に対象となる出品物が置かれ、それを見て各々の参加者が自分がここまでなら出しても良いという金額を判断して提示し、その中で一番高い価格を示した者が落札……つまり、出品物を持ち帰る権利を得る、という一種の売買契約の方法ですね」
「要するに一番高く値段をつけた人が品物を買える、という話か……でも聞いた話によると、ここでは物だけじゃなくて人も出品されるんだったな?」
「…………そのようです」
顔を上げた瞬間にいつものようにテキパキと丁寧な説明をしてくれたリーンにさすが、と思ったが、俺に一通りの説明をしてくれた後、リーンはまた憂鬱そうに俯いた。
「おや、奴隷の出品にまだ抵抗がおありですか。リンネブルグ様」
「……当然です。幾ら言葉を変えようと、人身売買でしかありませんから」
「まあ、確かにそういう言い方もできるでしょう。とはいえ、誰かの能力を金銭で買う、という点は貴女達が用いる雇用契約とそう変わりはないのでは? 主従の信頼関係が崩れていれば不本意な命令に従うのは常でしょうし、結局は用いる側の倫理観次第、という考え方もありますが」
「……そもそも、奴隷とされる人々には自由がありません。自身で行えるはずの決定を大きく他人に委ねすぎている、という点が、本人の意思に基づく主従関係とは明らかに違います」
「なるほど。自由を重んじる『冒険者の国』から来たお嬢様らしいご意見だ」
真剣に語るリーンに、ラシードは微笑んだ。
「────つまるところ、貴女はこの国の法と秩序そのものに不満がおあり、と。引いては、それを築いた我々サレンツァ家にも」
「……そこまでは申しておりません」
「同じことですよ。我々の親同士が仲違いするはずですね」
「私としては今後、そのようにしたくないと考えているのですが」
「もちろん。私も同じ思いですよ、リンネブルグ様」
小さく肩を震わせながら言うラシードは、何やら楽しそうだった。
「難しい話をしているが……何の話だ?」
「要は、君にこれから買われる奴隷は幸福だって話かな」
「そんな予定はないんだが?」
「…………あれ。君はこれから『魔族』、改め『レピ族』を落札しに行くんじゃなかったっけ」
「その話か。でも、ロロの仲間を奴隷にしに行くわけじゃない」
「つまり、君は自らが得られるはずの権利を放棄するために、これから莫大な金を支払う予定……と?」
「そういうことになるのか。でもそれで、何か問題があるのか?」
「ふふ、いいね。その考え方。君らしい」
俺たちとのやりとりにひたすら可笑しそうに笑っていたラシードだったが、背後から彼の名を呼ぶ声が響くと、その目を若干丸くした。
「おい、ラシード」
俺たちが振り返ると、そこには痩せ気味の若い男が立っていた。
痩せた男の後ろには小太りの少年が隠れるように立っている。
体型は違えど二人はよく似た容姿だった。
気づけばその周りにも、俺達と同じ会場に向かう人なのか、人の姿がちらほらと見えている。
「……おや、僕の弟たちじゃないか。長い間会えなかったけど、元気にしてた?」
「────ふん。お前なんかが図に乗って兄貴面するなよ、ラシード。これまでの悪行が祟って、ついに金無しになったって話じゃないか? よく、そんな身分でここに顔を出せたな?」
「お陰様で気ままにやらせてもらってるよ。案外、 資産(せきにん) を持たない立場ってのも悪くない」
「お父様は認めたそうだが、本来、お前の負け分は我が家で持つべき金じゃない。大した金額じゃないとはいえ、あんな誰ともわからない異国の男に渡すなど言語道断……由緒ある家名に泥を塗り続けやがって……! いずれ、あのおかしな男と一緒に正当な報いを受けさせてやるからなッ!」
「とはいえ、一旦渡してしまったものは仕方がないしね……異論があるなら、そこにいる彼から直接取り返してみるといい」
「そこにいる彼……? アヒィッ!?」
しばらくラシードの顔を鋭い目で睨みつけていた二人だったが、俺の顔を見た瞬間、跳び上がるようにしてその場に転倒し、尻餅をついた。
「大丈夫か?」
「お、お前は……!? あ、あの時のッ!? いつの間にッ!?」
「いや、さっきからいたんだが……? というか、俺を知っているのか? 初めてのような気がするが」
「……ちッ、近寄るなァ、化け物ォッ!?」
仲良く尻餅をついた二人は床にへたり込んだ姿勢のまま、器用に後退りして逃げるように長い廊下の奥へと消えていった。
「なんだったんだ、今のは」
「……やれやれ。半分しか血が繋がってないとはいえ、恥ずかしいところを見せたね。あいつらの代わりに僕から謝っておくよ」
「もしかして、あれが前に『時忘れの都』にゴーレムを寄越したというラシードの兄弟か?」
「ああ。昔から我慢の利かない弟たちさ。この先、どうなっちゃうんだろうねえ、あれ」
そう言って肩をすくめながら他人事のように笑って見せたラシードの向こうには、今の騒ぎを遠巻きに見ていた人たちがざわざわと、俺たちから距離をとるのが見える。
「随分と、大勢から見られているな?」
「僕らはもう有名人だからね」
「有名人?」
「ああ。少なくともこの国の一部の者たちには知れ渡ってるんじゃないかな」
「どういうことだ?」
「じゃ、もう行こうか。弟たちのせいで時間を取られてしまったけど、会場はもうすぐそこだ」
「……そうだな」
色々と気になることはありつつも、ここまで案内してくれた門番の男に礼を言って別れ、引き続きその神殿のような巨大な建物の奥へと進んでいくと、また彼と同じ制服を着た男が立っている。
おそらく会場の入り口であろう大きな門の脇に佇むその男は、顔に穏やかな笑みを浮かべながら俺にこう声をかけてきた。
「お客様。そちらの手荷物は、こちらで預らせていただきます」
丁寧な物腰で申し出た男は、どうやら俺が持つ『黒い剣』のことを言っているらしかったのだが。
「もしかして、預けないと中に入れないのか?」
「はい。この先のオークション会場には要人・貴人が多数いらっしゃいまして。警護に用いる一部の携行品を除き、原則として危険物の類は持ち込めない決まりとなっております。特にそのように目立つ大型の武器はNGです。どうぞ、ご理解を」
「どうしても、預けなければいけないのか?」
「そちらは武器……のようなものとお見受けしましたが」
「まあ、確かにそうとも言える」
男の言うように、これは武器といえば武器なのだが。
俺にとっては少しだけ意味合いが違い、武器というより大事な持ちもの、貴重品なのだ。なるべく身の回りから離したくないので、わかってもらおうとしたのだが。
「これは俺の大事なモノなんだ。なるべく他の客に迷惑にならないようにするから……なんとかならないか?」
「申し訳ありません。この館における 原則(ルール) ですので。貴重品であれば尚のこと。お客様の大切なお荷物は、当館の信頼のおける職員が責任をもってお帰りの際まで保管いたしますので……どうか、我々スタッフにお任せくださいませ」
「…………わかった」
リーンが俺に心配そうな視線を向けていたものの、俺は結局、熱心に説得してくる男に『黒い剣』を預けることにした。
男の言うことには一理あるし、この場所での 決まり(ルール) と言い切られてしまえば従った方がいいように思えた。見知らぬ場所に置いていくのは心配と言えば心配だが……そもそもあの重たい剣を気軽に持ち運べる人間は少ないらしいし、ちゃんと誰かの目の届く場所に置いておいて貰えば多分、盗難の心配はないだろう。
貴重品といえば他にも『山込めの財布』という大量の現金が入った 魔法の鞄(マジックバッグ) もあるが、それはこの先で必要そうなモノなので大事に服の中にしまっておく。
「じゃあ、どこに置けばいい? 保管場所までは俺が運ぼう」
「その必要はございません。この場で、私めがお預かりいたします」
「……でも、重たいぞ?」
「問題ございません。どうぞ、こちらへ」
男はそう言って、笑顔で俺に片手を差し出した。
何だか、ここまでの会話を含めてどこかで覚えのあるやりとりだった。
でも、あの時のクロンと違い目の前の男はどういうわけか頼もしそうな雰囲気だっので、きっと大丈夫だろうと思って俺が剣を差し出すと────突然背後からロロの叫ぶような声が響く。
「待って、ノール! その人は駄目だよッ!」
「……ん?」
ロロの声に振り向いた時には、俺はちょうど男の手に『黒い剣』を載せたところだった。だが、目の前に佇む男は危なげなく『黒い剣』を片手で受け取ると、ニタリ、と不気味な笑みを浮かべた。
「……確かに。お客様のお荷物、受領いたしました」
そうして何の苦労も感じさせない様子で『黒い剣』を胸の高さまで持ち上げると、ペロリと長い舌を出しながらニヤニヤと俺の顔を見つめた。
異変を感じたらしいリーンが男に対し、何かの魔法を使う。
「……ッ!? 【 隠蔽除去(アンカバー) 】ッ!」
すると俺の前で不気味に笑う男から透明な鱗のようなものがボロボロと剥がれ落ち、その下から黒い包帯を顔面に巻いた、見覚えのある男が姿を現した。
「……ザドゥ?」
「────あァ? ……なんだァ、もうバレちまったのかァ……? 上手く 演(や) れてたと思ったのになァ?」
男はそう言って舌を出しながら楽しそうに笑い、自分の手の中にある『黒い剣』をまじまじと眺めた。
「……まァ、いいかァ。なんにせよ、コレがこっちに渡って来てくれたんだからなァ。しかし、コレ、思ってた以上に重てえなァ……? こんなの普段から持ち歩いてるとか、お前、本当に頭おかしいんじゃねェのかァ────?」
首を傾げながらゆったりとした動作で『黒い剣』を肩に担いだ男は、また嬉しそうに笑う。
「何のつもりだ。それは大事なモノなんだ、返してくれ」
「できねえ相談だなァ? こっちだって、 依頼(しごと) でやってるモンでなァ────?」
そう言う男が軽く手を振ると、突然、辺りに強い風が巻き起こる。
建物が内側から壊れそうなほどの強風に大勢の人が壁まで吹き飛ばされる。
「じゃあなァ、変な奴」
そうして、俺たちが気づいた時には男は忽然と姿を消していた。
「…… あの男(ザドゥ) がなぜ、ここに?」
「とにかく、『黒い剣』を取り返さないと……!」
「リーン。俺はこれからあの男を追う。悪いが、 オークション(こっち) のことは任せた」
「……ノール先生?」
俺は取り急ぎそれだけリーンに伝えると、その場から『黒い剣』を持ち去った男を全力で追いかけた。