軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

181 貴重品の盗難 2

俺は『黒い剣』を持ち去った男の微かな気配を頼りに、広い敷地を必死に走っていた。

俺にリーンのような便利なスキルはないが、あの男はあの剣の重さには慣れていないらしく、よく見ればあちこちに男が逃げたらしい痕跡が残っている。

あの重たい剣を持ったままなら、まだ、それほど遠くには行っていないはず。

そう考えて俺が風でざわめく木々の間を走り抜けていくと、すぐにそれらしき背中が見えてきた。

向こうも追ってくる俺に気がついたらしく、ちらりとコチラを振り向いた。

「【筋力強化】。【しのびあし】」

目的の男を見つけた俺はすかさず、走るスピードを上げ、跳躍する。

すると踏みつけた地面が大きく砕け、次の瞬間には俺は男の背中に追いついた。

「やっと、追いついたぞ」

「……ったく、距離は稼げたと思ったのになァ。なんなんだァ、お前はァ? いや、流石にコレがちょっと、重すぎるんだよなァ?」

盗んだ『黒い剣』を手に逃げる男はそう言って、更に走る速度を上げた。

先ほどの俺と同じように、男が踏んだ地面が割れていく。

男に併せて、俺も走る速度を上げる。

『黒い剣』を持つ持たないの差なのか、俺の方が走るのは速いらしかった。

「頼むから、返してくれないか?」

「無理だって、さっき言わなかったっけなァ?」

「それは俺にとって、大事なモノなんだ」

「そんなこと、俺の知ったこっちゃねェんだよなァ────? 【 錬金術(アルケミー) 】」

不意に男が取り出した銀色の刃が赤く光り、次の瞬間にはそれは無数の小さな刃となり、男の胸元に舞う。

それら十字型の銀の刃がぐるり、と一斉に俺の方を向く。

「パリイ」

だが俺は俺の顔面向けて襲い掛かってきた銀色の刃を、無理矢理、腕で弾き飛ばした。完全には防ぎきれず辺りに血飛沫が舞うが、傷は大したことがなく、すぐに【ローヒール】で塞がっていく。

「……なんだ、そりゃァ? お前、なんで腕で『 聖銀(ミスリル) 』を弾いてんだ」

「昔、そういう練習もしたからな。たぶん、軽いモノだったらいくらでも大丈夫だ」

「……やっぱ、出鱈目だよなァ。お前。面倒臭ェから、ここで死んどいてくれねェかなァ────? 【召雷】」

次いで男は、空いた片手で激しい雷を繰り出した。

「パリイ」

俺はその雷をギリギリのところで躱しつつ、軽く手の先で打ち払う。

すると手元に『黒い剣』がない為、指先が軽く触れただけでビリビリと肘のあたりまで痙攣するが、雷の軌道は逸れて背後の木々にぶつかり、爆散した。

「あァ? コレも無駄なのかァ? ていうか、雷撃系を見てからとか、人間辞めてんじゃねェのかァ、お前」

「雷なら、スケルトンから嫌と言うほど浴びたからな」

「スケルトン? なんだァ? そりゃァ?」

「とにかく、返してくれないか? それを持っていかれたら仕事にも困る」

「何度言われても、ダメなもんはダメなんだよなァ────? 【 氷雪花(アラバスタ) 】」

男は次は、リーンがたまに使っているような無数の尖った氷の塊を飛ばす魔法を繰り出した。銀の刃と同じく、腕で叩けば落とせそうだったが、どことなく冷たそうで素手で触れるのは嫌な気がした。

そこで俺は咄嗟に走りながら足元の手頃な小石を拾い上げ、軽く手の中で砕くと、それに思い切り投げつける。

「【投石】」

そうして、俺は眼前に迫る全ての氷塊を打ち砕いた。

すると砕けた氷の破片が触れた地面が瞬時に凍りついていく。

舞った細かい粒子に触れた俺の頬も、一瞬だけではあるものの冷たく凍りつく。

もしあれに直接素手で触れていたら、ただでは済まなかったかもしれない。

「……本当に、イカれてるなァ? 初見でソレに対処する奴なんて、見たことねェんだがなァ?」

「いや、たまたまだ。前に知り合いがそういうのを使ってるのを見たことはあるが」

「もしかして、お前、コレ持ってない方がずっと厄介なんじゃねえのかァ? 動きが前と別モノになってるんだが」

「確かに。動きやすくはある」

いつも当たり前のように持ち歩くようになっていたので、もう重さも気にならなくなっていたが、一旦、手放して動いてみると意外なほどに快適なことに気がつく。

確かに、男の言うことも一理あるのだが。

「だからと言って……渡す気はないからな?」

「別に、だから寄越せって言ってるワケじゃねえんだよなァ。【 灼熱花(クリムゾン・サン) 】」

次に男が繰り出したのは巨大な炎の塊だった。

それもただの炎ではないらしく、どう言うわけかその灼熱の火球はまるで花が咲くようにして俺の前に拡がり、男との間に分厚い炎の壁を形成した。

しかも、見るからに熱そうで触れてもいない地面が溶けていく。

どう考えても、少し触れただけでタダでは済まなそうだった。

だが、眼前に拡がった炎の 花(壁) の向こうで、男が笑いながら邸宅の敷地を囲む壁を飛び越えていくのが見える。

「【しのびあし】」

覚悟を決めた俺は炎が全身を焼くのを気にしないことにして、火球の中心に突っ込んだ。熱いが、思い切って向こうまで突き抜ければ火傷は多少、軽く済む。

「────まだ、逃がさないぞ」

そうして俺は、すぐさま男の背中に追いついた。

負った火傷は数呼吸のうちに【ローヒール】で癒えていく。

「やっぱりお前、色々とおかしいんじゃねえのかァ? あの場面で、何で即座に突っ込む判断になる? っていうか、そもそも、俺が追いかけ回されてるってのがおかしな話なんだよなァ……?」

「それは、人のモノを盗んだんだから当然だろう?」

「そういう話をしてるワケじゃァ、ねェんだよなァ────?」

逃げる男はそのまま街の中に入り、建物の屋根を足で踏み砕きながら駆けていく。

俺も必死に追うが、時折、男は狭い路地を通ったり、その次は高い建物の屋根、そのまた次は低い建物となかなか簡単には追い付かせてくれない。

俺としては、高い建物の上を走る時が一番恐ろしいが、この際、そんなことも言っていられないので俺は高い建物に乗るときはなるべく下を見ないようにしながら、走る。

「……しつこいなァ? どうして、そんなに追ってくる?」

「それは、人から貰った大事なものなんだ。俺だけのものじゃない」

「だったら、どうして力づくで来ねェんだァ……? 欲しいなら、殺して奪えばいいだけじゃねェのかァ?」

「いや、流石にそこまではしない」

「……あァ? どうして」

「どうしてって。話が通じるのに、そこまでする必要がどこにある?」

「……お前、何を言ってるんだァ……?」

ひたすら逃げ続けていた男は不意に高く跳躍すると、広場のような場所の高い塔の先端に飛び乗った。

そうしてそのまま足を止めると、首を傾げながら不思議そうに俺の顔を見た。

「……なァ。まさか、お前。本気でそう思ってやがるのかァ……?」

「……別に、おかしなことは言ってないと思うが?」

「────そうかァ。やっぱり、頭、イカれてるんだなァ」

細い塔の先端に立つ男は、何かに納得したようにその黒い包帯が巻かれた顔に笑みを浮かべた。

「ともかく、いい加減、返してくれないか? 頼むから」

「何度目だァ? できねえって言ったろ。コレを持ち帰るまでが俺の 依頼(しごと) なモンでなァ」

「金がもらえれば、何でもするのか?」

「まァ、大体のことはなァ? 文句なら依頼主にでも言ってくれよなァ」

「それじゃあ、その依頼主を教えてくれないか?」

「あァ? 言えるワケねェだろうが」

「……? なら、俺はどうすればいいんだ」

「とりあえず、ここで大人しく死ぬか、諦めてくれるのが一番助かるんだがなァ────? 【 灼熱球(クリムゾン) 】」

男は再び手のひらから灼熱の火球を作り出し、俺に投げつけた。さっきとは違い、普通に避けられそうだがこんな街中で避けたらきっと、後ろの建物か、人に当たる。

「【プチファイア】」

そこで俺はその巨大な火球を、五本の指先から手のひらの中心に集めた【プチファイア】の衝撃でかき消した。自分が放った【プチファイア】の威力で俺も多少の火傷を負うが、すぐさま【ローヒール】で癒えていく。

その様子を見ていた『黒い剣』を持った男は首を傾げながら、空いた手で頬を掻いた。

「……なァ。さっきから思ってたが、その変な治癒魔術。まさか、 無尽蔵(底なし) じゃねえだろうなァ?」

「……実は、俺もよくわかってない」

「なんだァ、そりゃァ?」

「でも、そういえば、足りなくなったことはない気がする」

「何から何までイカれてやがるなァ……? さっきの低級火炎魔術だって、俺が見たこともねェようなおかしなことばかりやってたしなァ。いよいよ、これじゃァ埒があかねェなァ……だが」

いつの間にか男は俺の背後に立っていた。

そして、ほんの少し前までは手にしていなかったはずの銀色の 刃(ぶき) を、横に薙ぐ。

「────こうすると、どうだァ?」

それは俺には掠りもせず、俺の背後の塔を斬り裂いただけだった。だが、ニタリと笑う男の視線の先に、崩れ落ちる塔の瓦礫と広場を行き交う人々がいる。

「何をする? 下には人がいるのに」

「どうして俺が、そんなことを気にする必要があるんだァ?」

「────【筋力強化】。【しのびあし】」

俺はすぐさま足元の屋根を蹴り、驚く人と人との間に着地する。

そして────

「パリイ」

俺は落ちてくる瓦礫を強引に腕で弾き飛ばした。

勢いで瓦礫が散り散りに弾け、俺の血が辺りに飛び散るが、その場にいた全員は無傷で済んだようだった。

一方、男は何やら嬉しそうに肩を揺らしている。

「ほら、なァ……? やっぱりお前、おかしいんだよなァ……? 普通、弱い奴らは徒党を組んで力のなさを補いたがる。なのに、お前はどういうワケか 逆(・) だなァ? 周りに余計な奴が増えるほど、雑魚がウヨウヨと群がるほど────お前はどんどん、弱くなっていく」

男はそう言って笑うと、残る塔の全てを切り裂いた。

「……なにをするんだ……!?」

「本当に不思議だよなァ? お前、何でそんな弱い奴らとばかり群れたがるんだァ……? 一人の方が、ずっとタチが悪いのに」

大勢の人がいる広場に、塔の瓦礫が降り注ぐ。

「パリイ」

そうして俺が再び瓦礫を弾き飛ばすのを眺め、男は楽しそうに笑う。

「……ほらなァ。お前は周りに雑魚がいると、そうやって無駄なことばかりする。やっぱり、頭、イカれてんじゃねェのかァ?」

男がまたニタリと笑みを浮かべると、その頭上に大量の銀の刃が舞う。不気味にきらめく十字型の刃が街の空を覆わんばかりに増えていく一方で、『黒い剣』を持つ男の姿はゆっくりと透けていく。

「しまった」

「────じゃあなァ、変なヤツ。お前なんかとはもう、二度と会うことがねェといいんだけどなァ?」

「頼む。待ってくれ」

俺が男を追いかけようと身を乗り出した瞬間、上空に浮かぶ無数の銀色の刃が地上の人に降り注ぐ。

「パリイ」

俺は大勢の通行人を襲う銀の刃を、強引に腕で弾き飛ばした。

腕の皮膚は裂け、辺りに大量の血飛沫が飛び散るが、幸い、怪我をする人は出ていないようだった。

だが────

「……参った。逃げられた」

俺が意識を建物の上に戻した時には既に、『黒い剣』を持った怪しい男は気配の欠片も残さず、綺麗さっぱりその場から消えていた。