軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

竜妃の騎士たる者

これは食べられない。

手に取った野草を見てそうわかり、カミラはがっくりした。だがすぐに首を横に振る。いいことだ、判別がつくのは。

日が沈む前に戻らねばならない。いくつか食べられそうな野草を籠に選び入れ、先ほど射た野鳥を片手に、きた道を戻った。すぐそばの、川のせせらぎが聞こえてくる。石の多い川辺に顔を出すと、川に足を半分つけて、網を引き上げている相棒がいた。

「どうよ、熊」

「大漁。ただし隊長が食うとなると、どうだかな」

カミラとジークの隊長ジルは十二歳の、食べ盛りである。彼女の場合、食べ盛りで片づけていいのかは謎だが。

「そっちはどうだ、収穫?」

「野鳥一羽。あんまり空に向けて射るのはね」

この国の空には、竜がいる。当たり前のことがこんなに厄介だとは、正直思わなかった。

竜は竜神の神使。竜帝は竜神の器。つまり、竜は竜帝の目であり耳であり、手足である。

竜帝ハディスに反目したジルにとって、ラーヴェの空は抗えない監視網だ。今のところ見つかっている様子はないが、できれば気づかれるような真似はさけたい。

「ジルちゃんには悪いけど、鳥肉は保存食いきねえ」

「どっかで物が調達できりゃいいんだが」

ジルが帝城から逃げ出し、自分たちがベイルブルグから姿を消し、まだ数日しかたっていないが、手配書が回っていてもおかしくない。情報がないままうかつに町におりるのは危険だ。

「お爺ちゃんが一回麓の町におりるって言ってたけど……そもそもここどこかわかってないんだけど、アタシ」

「心配すんな、わかってんのは爺さんだけだ」

網を引き上げたジークは川魚を桶に入れ、てきぱきと片づけを始める。手際がいいのは当然だ。こいつの家は、漁師をやっていた。

「とりあえず今日の晩飯は川魚だな」

「たりるといいけど、ジルちゃん」

「隊長は陛下にしかその手のわがまま言わねーだろ」

ちっと汚い舌打ちが出た。ジークは聞こえているのかいないのか、桶の中を覗き込む。

「大丈夫だろ。今の川魚は塩だけでもうまいから」

「これ、見つけたわよ。つぶして香辛料がわりになるやつ」

「ああ。陛下がよくとってたやつな」

また汚い舌打ちが、さっきより大きく出た。

「不満そうだな」

「ちょくちょく顔を出す陛下情報がどうにもね……あんたは陛下に腹立たないの?」

「国の話だ。陛下に腹立てたってしょうがねえだろ」

「そりゃ国の話としてはね!」

あのまま竜神ラーヴェを取り合ってクレイトスと戦争継続をしていればよかったのかと問われたら、それは絶対に違う。ベイルブルグの一件でだって大勢死傷者が出た。

だが、カミラが言いたいのはそういうことではない。

「ジルちゃんに対してあの態度はどうかって話よ。でしょ!?」

「そんなん、本人がいちばんわかってんじゃねえのか」

さらに舌打ちが出てしまった。

「ここにきて陛下の味方か、お前は」

「お前が怒ってる分、ちょうどいいだろ」

「でも、あんただってほんとは怒ってんでしょ。あれじゃあ、ジルちゃんが……」

可哀想だとは言いたくなくて、奥歯を噛み締たあと、唸った。

「クソ、どこに八つ当たっていいかわかんねえ……あの狸だ、狸が悪い」

「狸も悪いが、お前がイラついてんのはそこじゃねえだろ」

「は? 何」

「実家」

桶を持ち、なんでもない顔でジークが先に進み出す。不意を突かれたカミラは出遅れたが、すぐに追いついた。

「……あんたの意見は?」

「俺は関係ねえだろ、もう誰もいねえんだ」

「んなわけねえだろ、馬鹿か」

カミラの声に、ジークが足を止める。

「ジルちゃんの助けになるなら、いいわよアタシは、戻っても。あのクソな連中にだって頭でもなんでもさげるわ。役に立つかわからなくても、相手は陛下だもの」

竜、三公、帝国軍、ラーヴェ帝国のおおよそすべてを掌握した相手だ。そして今や敵国だったクレイトスすらも動かそうとしている。対するこちらには何もない。

全部を使わなければ、勝てない。

「個人的感情で出し惜しみする気はないの、アタシは。でも、あんたは?」

しばらく、川のせせらぎだけが聞こえていた。

身体半分だけこちらを向いていたジークが、ややあって嘆息する。

「――正直に言うぞ」

「おう、言え」

「わからん」

真顔で答えたジークに、こめかみに青筋が浮かんだ。

「なめてんのか、てめえは」

「それが隊長のためになるのかが、わからん」

追加された言葉に、吊り上がった眉をさげる。

「そもそも隊長に合わねえだろ、あそこは」

「……それは、アタシも同意」

「だが戻りたくないからそう言ってんだろうっつわれたら、それもわからん。となると……」

眉間に皺をよせてジークが黙る。同じ結論に至っているのだ。そう確信して、カミラも肩から力を抜く。

「お爺ちゃんに相談よね……」

「そうなるな、残念だが」

「呼んだか!?」

木から吊り下がる形でいきなり本人が現れた。落としかけた鍵を慌てて抱え直す。あぶなかった。

「いきなり出てくるのやめてってば!」

「気づかんほうが悪い。あんまりひとに聞かれたくない話なら、なおさらな」

聞いてたな、このジジイ。カミラはにらむが、ジークは話が早いとばかりに口を開く。

「爺さん。竜が少ない、安全な隠れる場所がほしくないか」

「いや別に」

あっさり返され、カミラとジークは一瞬ぽかんとする。鼻歌まじりに、先頭でロルフが歩き出した。

「寝床は確保できたし、無闇に移動したくない。お、川魚か~今時季の川魚は脂がのっててうまいぞお」

「えっちょっと待ってお爺ちゃん。状況、わかってる? ここだっていつ竜に見つかるかわかんないわよ」

「見つかったら見つかったじゃ。あのぴよぴよが喜んでステーキにするじゃろ」

ステーキまでの想像を頭を振って追い払った。

「そうじゃなくて、アタシたち、心当たりが――」

「お前らの故郷のことなら、ちゃあんと知っとる」

途中で木の実をもぎ取り、ロルフが振り返った。

「というか、お前らの身辺なんぞ調べとるに決まってるじゃろ」

気分のよくない話を悪びれずに堂々と言えるのは、ロルフゆえだろう。

「そうよね、お爺ちゃんだものね……」

「何を勘違いしとる。儂じゃない、竜帝がじゃ」

カミラとジークはそろって固まった。

「兄貴に頼んで手に入れたんじゃが、あっさり見つかったからな。先に誰かが調べてたとしか思えん。っちゅうことは、今頃、あの子狸もお前らの故郷を知っとるわけじゃ」

「……手を回される?」

「じゃろうな。というわけで、帰郷はおすすめせんぞ」

あっさり言われた。ひそかに悩んでいた分、ほっとしたような、腹が立つような複雑な気持ちだ。ジークも嘆息している。

「そもそも儂の実家だってあてにならんのに、お前らの実家に何ができるっちゅうんじゃ」

呆れた眼差しで問うロルフの実家はラーヴェ帝国の三公のひとつ、レールザッツ公爵家である。ぐうの音も出ない。

「実家に頼ろうとか、そんな有り様でどうする。いいか。竜妃の騎士に求められるのは、個人競技じゃ。集団に頼るな!」

「集団行動できるのも大事な能力だぞ」

ジークの冷静な返しに、ロルフが口をへの字に曲げた。苦手な自覚はあるらしい。

肩の力が抜けて、カミラは口元を緩める。

「よく調べたわね、アタシたちの身辺。だいぶ難しかったと思うんだけど……閉鎖的なとこだから」

「お前ら、竜帝の能力と権力を見誤りすぎじゃろ」

「しょうがないじゃない。陛下って言われてまず出てくるのがエプロン姿なのよ」

「ま、あんまり考えすぎるな。なんとかする」

そう言いきるロルフの強さが、頼もしく、そして悔しい。

竜妃の騎士になったのは自分のほうが先なのに――けれど。

「まかせるわ。アタシの名前の使い所もあわせてね」

ロルフが木の実をさらにもぎとり、ぽいとこちら側に投げてよこした。

「お前らの能力の高さはそこじゃのお」

「何、いきなり」

「適応力の高さ。なかなか得がたい資質じゃぞ。おかげで儂も楽できる」

野草の籠で受け止めたカミラは、同じく片手で木の実を受け止めたジークと顔を見合わせる。嫌な予感がした。

ロルフはもう木の実をかじりながら歩き始めている。

「待ってお爺ちゃん、今のただの褒め言葉じゃないわよね? どういう意味? 今度は何たくらんでるの?」

「人聞きの悪い。これからじゃ、たくらむのは」

「嘘だろ。爺さんはもう仕込んでるだろ。いやでも説明したら爺さんじゃねえな……」

「じゃあこうしましょ。何も聞かないから最低限、いきなりいなくなるのはやめて。山の中だから」

「うるさいのお、竜妃の騎士は」

「お爺ちゃんもでしょ! 適応して!」

「あ、カミラ、ジークにロルフも! おかえりなさ――あ~~~~~~~~!」

昨夜発見したばかりの、放置された廃屋の前で、薪割りをしていたジルが振り向くなり絶叫した。

びしっと三人が持っている木の実を指さす。

「なんですかそれ!? どこにあるんですか!? おいしい!?」

「ま、まだ食べてないからなんとも……」

「もう少し先の、おりたところじゃ。自分でとってこい」

「いってきます!」

さびかけの斧を放り投げて、ジルが元気いっぱい駆け出す。

「すぐ帰ってくるのよジルちゃん、晩ご飯は川魚!」

「はーーーーーーーーーーーーい!」

遠ざかる速度が早すぎて、最後のほうが聞こえなかった。

竜に見つかったらまずいとわかっているのだろうか。やれやれとカミラは周囲を見回す。

「しばらくここにいる予定?」

「最低限、そろっとるしな。焦ってもいいことなんぞなんもないし」

「この状況で余裕ねえ」

苦笑いするカミラに、ロルフがにっと笑い返す。

「竜妃の騎士たる者、竜帝ににらまれてナンボじゃろ」

カミラはぽかんとしあと、同じように笑い返した。

「まかせて、得意よ」

「となれば、まず風呂に入れるようにするぞお!」

ロルフは、外に設置された湯樽の補修に向かう。無精なくせに、きれい好きなのだ。そして魔術だけなく、物の構造にも詳しい。木樋も修繕して、引き水を確保してしまった。

「お爺ちゃん、いてよかったわよねえ」

「だな」

いつだったか、ハディスも同じことをやっていた。でもロルフのおかげで、ジルが「陛下がいたら」と思う回数をふやさずにすむ。カミラたちも、変な無力感を抱かずにすむ。

「でも爺さん引き込んだのは、俺らだしな」

さらっとしたジークの自画自賛に、カミラは噴き出した。

「それはそう。先見の明があるわよねえ。とりあえずアタシ、料理頑張るわ」

「そこは……だいぶ難しいんじゃねえのか、陛下ごえは……」

「うるさいわね、ソテーだって食糧にされないよう頑張ってんでしょ!」

「コケ!?」

小屋のてっぺんで見張りをしているソテーが振り向く。

カミラが笑っている間に、ジークは肩をすくめて魚を捌きに向かった。

「……悪くはないんじゃがなあ……」

ぶつぶつ言いながらロルフは火床に火をつけて様子をみる。土台もしっかりできたし、いい感じだ。あとは湯樽の底の魔術を確認して、水を引けば形になるだろう。

「戦力がたらんのお」

竜妃の騎士に個の高さが求められるのは事実だ。だが、数が正義なのも事実である。

悩んでいたら、鶏が薪を持ってきた。世を憂えているようだが、この鳥は十分な戦力である。頭数に入れて問題ない――ふとしたひらめきに、笑いが漏れ出た。笑い出したロルフに鶏が震え上がり、一目散に逃げてゆく。勘がいい鶏だ。

まあいい。もう少し待とう。

それこそ、竜妃の騎士だと名乗るならば。

ロルフは両腕に木の実いっぱい抱えて戻ってきた竜妃を見て、それから空を見あげる。

今日も、竜の影は見当たらない。