軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

21

頭を下げ続けるデリーの姿が廊下の角をまがって見えなくなったところで、カミラがつぶやいた。

「……ねえ、陛下への目通りって普通、抜け駆け禁止よね……天然なの、策士なの?」

「知るか。ただのお貴族様じゃねーのだけはわかった、圧が強い」

「いつまででも待つとか怖い……ねージルちゃあん、いいのー?」

「いい。イゴール様が不在でちょっと不安だったんだ。でもあのひとなら心強い。なんかロレンスに口で負けない気がする!」

ああ、とカミラもジークもそろって納得した顔になった。

「大事よね、そういうの」

「うちの狸もなあ、せめて行方がわかればいいんだか……」

三人そろって溜め息を吐いてしまった。でも、何かをやっているのはわかるから自由にさせるとジルは決めている。

――休戦命令を出す前、真っ先にロルフは進言した。

ロレンスを殺せ、そして逃げた女王を竜帝と竜妃で捕縛し、そのままクレイトス王都バシレイアまで攻め込め。竜のないサーヴェル家はベイルブルグに残しておけばいい、追ってこられない。今が好機だ、和平交渉などそのあとだ。

作戦は成功したといえど、まだクリス含むサーヴェル家の指揮官やクレイトス兵はベイルブルグ内に残っていた。それを放置してクレイトスに向かおうとすれば、追いつけないとしてもクリスたちから徹底抗戦を受ける。報復も起こるだろう。ベイルブルグが再び蹂躙されるのは、自明の理だった。ロルフの作戦は、ベイルブルグを踏み台に敵国の王都を獲るものだ。実利は大きいが、犠牲は増える。

まず、リステアードが明確に反対した。クレイトスの領土がほしいわけではない、女王の捕縛で竜妃と竜帝がどこまで疲弊するかも不明なのだから、交渉でいいはずだ。エリンツィアは反対はしないが、ノイトラール竜騎士団はベイルブルグと国境防衛に徹したいと発言した。サウスはリステアードの案に賛成した。大勢の裏切り者を出したヒューゴたち北方師団に発言権はなく、ただ願うようにハディスを見ていた。

そして皆の願うような目の中で、ハディスは大広間でラーヴェを見あげたまま、休戦を決断したのだ――

「陛下」

シュークリームを差し入れる。その宣言どおり、ハディスは大広間にいた。

仮設住宅や炊き出し。あちこちの復興作業が進む中、まったく手つかずのまま――手をつけられない水晶の大樹を見あげている。

「レールザッツ公の息子さんがご挨拶したいって言ってます。一緒にいきましょう」

「うん、わかったよ」

振り向いたハディスが軽い足取りでこちらへやってくる。

きらきらと、隙間から入りこむ夏の日差しが反射する大広間は明るい。いくぶんかひんやりと感じるのは、この水晶自体が冷気を発しているからだろう。涼みになるなどと言って場を和ませようとしたのは、ヒューゴだったか。

「陛下も何か食べてくださいね」

もうシュークリームは食べ終えたのか、ノインたちが笑顔で見送ってくれた。

ここの警護は現在、ノインたち、北方師団からはヒューゴ直属の部隊のみ、帝国軍からはジルの護衛に選ばれたこともあるフィンたちの部隊で回している。あとはリステアードやエリンツィアが様子を見にくるぐらいで、それ以外の人間がこの大広間に近づくことをハディスは許さない。

原因はわかりきっている。

(ラーヴェ様をここに置いておいたら、また、何をされるかわからないから)

ハディスはクレイトスに攻め込まないとか、ロレンスを殺さないとか、そういう政治的な選択をしたのではない。

ただ、ベイルブルグでラーヴェを守ることを選んだのだ。

「そういえば君、シュークリーム食べた?」

ハディスの手に触れると、少し冷たい。あの水晶にさわっていたせいだろう。いつもより少し強く引っ張って、ジルはハディスを大広間から連れ出した。

「まだです。陛下も一緒に食べましょう!」

「みんな僕に食べろって言うよね。ラーヴェも言ってそう」

「何かラーヴェ様、反応したんですか!?」

思わず振り向いたジルに、ハディスは苦笑いを浮かべた。

「そう思うだけ。見事に封印されてて反応はないよ」

「そ、そうですか……」

しょぼんとしたジルを、ハディスが軽々と抱き上げた。

「ごめんね、ぬか喜びさせて」

「そ、そんなことないです。わたしより陛下のほうが心配でしょう」

「そんなに心配してないよ。普通の人間には手が出せないから。それより、あの横恋慕くんは元気だった? 会ってきたんでしょ」

頷くのと一緒に、ジルはハディスの首に体重を預ける。

「陛下以外にふたりって条件を付け直しました。これで、きょうだい喧嘩がなくなればいいんですけどね」

「じゃあ僕は、お嫁さんの許しはもらえそう?」

ジルを見あげるハディスの金色の目が悪戯っぽくきらめいている。カミラとジークが、背後で顔を見合わせていた。

カミラもジークも、そしてロレンスも、勘違いしているのだ。ジルは唇を尖らせる。

「あぶないことは絶対、だめですよ」

竜帝は竜妃を盾にする。ハディス自身、女神とその器を嫌っている。

「それ、許してくれるってこと?」

ジルがいないのにフェイリスの同席を強いられれば、ハディスは忌避するだろう。そう考えるのは間違ってはいない。

「しょうがなくですから」

ありがとう、とハディスが耳元でささやく。でも次の瞬間には冷たくなった声が、背後にいる竜妃の騎士たちへ向けて響く。

「会談の準備をするよう、関係者に伝えろ」

「え、陛下いいの? ジルちゃんがそばにいなくても」

「あちらの希望じゃないか。女神とその器を、僕の前に引きずってこい」

薄笑いで命じるハディスに、カミラたちが押し黙った。ジルはゆっくり両のまぶたをおろして、言い聞かせる。

(クレイトスに攻め込むよりは、マシだ)

「ねえ陛下、もうすぐ誕生日ですね」

「え? そうだっけ」

「そうですよ。こんなときです。こっそりでいいから、お祝いしましょうね」

ふたりで、という言葉は呑みこんだ。それはラーヴェがいないことを認めてしまうから。

うん、そうだねとハディスがジルの背中に手を回す。まるで慰めるように撫でるその手つきは、まだ優しい。

会談の場所はベイルブルグ。ロレンス・マートンの他、女王と他一名のみの出席を許可する通知を持った急使は、すぐさまにベイルブルグから飛び立った。