軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

22

竜はいないとわかっていても、影が見えるとつい空を見あげてしまう。クレイトスの夏空は、透けるような青だ。

女神が空と間違えて持ち帰った、青。

「いったいどう責任をとるおつもりか、女王陛下!」

窓硝子を震わせるような大声が、マイナード・テオス・ラーヴェの意識を引き戻す。

クレイトス王都バシレイア、城の一角にある会議室は綺麗なものだ。先日、瘴竜の奇襲に王城も当然巻き込まれたが、さすが女神の御座す城は造りが違う。実体があるようでない竜を一頭も近寄らせず、自動で設置された対空魔術で消滅させてしまった。

だが、王都は少なからず被害が出ている。特に空を覆うほどの竜が現れ、一斉に攻撃されたことは、国民だけではなく貴族たちにも恐怖をもたらした。竜はラーヴェの象徴、恐怖の対象だ。いつ自分たちの領地も襲われるのかという不安が、会議室の声を荒立たせる。

「アルカ討伐も結構。ラーヴェに攻め込むのも結構。しかし、肝心の自国を危険にさらすなど言語道断です!」

「しかも、なんの成果もなく敗走してこられるとは」

「ラーヴェとの和平など今更、なんの成果にもならないとおわかりですか。どれだけの戦費をつぎこんだか!」

「ラーヴェが取り合わず、このまま攻め込んでくることになったら……!」

口々に好きなことを言っているが、どの人物も王太子ジェラルドと対立していて、ジェラルドの廃嫡目当てにアルカ討伐に乗り出す女王の案を認めた者たちだ。

(そもそも、竜の死骸がそんなにクレイトスにあるとは思えないんだけどな)

王都の奇襲者に一方的にネタばらしをされていたマイナードは、瘴竜の襲撃には限界があると理解している。だから彼らに追従する気にはなれなかった。

「やはり、女神の加護を受けているとはいえ、それはそれ、これはこれ。フェイリス様に女王はお早かったようですな」

だが、女王もわかっているはずなのに、彼らに反論しない。

「ルーファス様は起き上がれるようになったとうかがいました。もう一度ルーファス様に王座にお戻りいただいてはどうですか」

「まあまあ、皆さん。落ち着いて話しましょう」

ようやっと、女王を擁護する発言があがった。

「無責任なことをおっしゃる。孫娘可愛さゆえですかな、アザル公爵!」

名指しされ、白いものが目立つ公爵が目を細めて品のいい笑顔を浮かべる。

「たしかに私は女王陛下の祖父ですが、関係ありますかな?」

「ぬけぬけと。女王即位に協力したのはあなたでしょう!」

「女王陛下は女神クレイトス様の加護をいちばんに受けておられる方。ラーヴェに竜帝が現れたこの時代、ラーヴェ先帝殺害疑惑があるジェラルド王太子殿下よりもフェイリス王女殿下のほうがふさわしい――そう言って即位に賛成したのは皆様でしょう。もうお忘れですか?」

穏やかに、アザル公爵が女王に近い席から会議机についた面々を見渡す。

「アルカにお困りの方も多かったですよね。正確にはアルカと手を切れず困っていた方々、ですが」

「……」

「いずれにせよ我々は、ラーヴェ先帝殺害が事実だった場合の賠償金を負わずにすみ、アルカも処分できた。悪い話ばかりではないと思いますよ」

「……っせ、戦費と戦果が釣り合っていません! それにラーヴェが何を要求してくるか」

「だとすれば余計に、ルーファス様を戻すのはおすすめしません。竜帝に――報告によると竜神だったらしいですが、ま、どちらでも一緒でしょう。我らが女神の守護者は、まったく歯が立たなかった。そんな相手に、竜帝が遠慮してくれますかなあ」

含み笑いを浮かべながら、アザル公爵は会議机に両肘を突き、組んだ手で口元を隠す。

「竜帝が交渉のテーブルにつくのは、相手が女王陛下であるからだと私は考えています。我が国は幾度となくラーヴェと戦っていますが、どの竜帝も、それこそ今回の王都の比ではない被害をもたらしました。その結果、責任を押しつけられた王女たちが大魔女などと呼ばれる悲劇が起こったというのは……はて。どなたのご主張でしたかな。年を取ると物忘れが多くていけない」

「……」

「だが今回は、ベイルブルグにて女神が竜神を捕縛しているのです。ラーヴェとの交渉は有利に進むと考えていいのではないですか?」

にこやかに問われ、息巻いていた面々が目配せをしあう。観察していたせいで、そのうちのひとりと目が合った。微笑んで流す前に、相手に指をつきつけられる。

「ど、どうしてラーヴェ皇族がこの場にいるのです!」

「そ、そうですよ。この間の奇襲、彼が手引きした可能性は高い!」

「彼は竜帝の兄ですよ。交渉に使えるとは思えませんか?」

あからさまな話題そらしにのらず、アザル公爵が返す。とたんに、周囲が静まり返った。

マイナードは薄く笑う。

「私のことを竜帝が助けてくれるかは、正直、五分五分ですよ」

「ではそれがあなたの命運ですね。残念だ」

笑顔で言い切るこの公爵は、マイナードを使えるだけ使って捨ててしまおうと考えている。

(さすが、クレイトスの大貴族)

クレイトス王国では、長く王族と姻戚関係を続けている公爵家がふたつある。彼は前国王ルーファスの義父、現女王の祖父にあたる人物だ。ジェラルドをずいぶん可愛がっていたと聞いていたが、譲位案が浮上した際も特に強く反対せず、怪訝に思っていた。

だが今は、なんとなく原因がわかる。

「さて、フェイリス様。何かございますか」

彼は竜帝の恐怖とこの国における王族の扱い方を、よく理解しているのだ。

「皆さんのご懸念はもっともです」

最奥の椅子に腰かけずっと沈黙していた女王が、小さな唇を動かした。

「ですが、竜帝はクレイトスに攻めてきません。和平はなるでしょう。ご安心ください」

「なぜそう言い切れるのです!」

「竜神が女神の手中にあります。逆に想像してくださいな。もし女神が竜神に囚われてしまったら、わたくしたちは頭を垂れるしかありませんよね?」

皆が黙り込んだ。

ラーヴェ帝国貴族と、クレイトス王国貴族との決定的な違いはここだと、マイナードは興味深く観察する。

この国で、女神を信じない者は貴族になれない。声高に女神などいないと反抗した時点で、その領土は草一本生えなくなる。領民たちから反乱が起き、領主は容赦なく民の手ですげ替えられる。過去に何度か記録も残っている。

女王の側近であるロレンス・マートンの故郷も古くは大きな領地だったらしいが、何代か前の領主が女神の不信を買ったとかで、領地を失ったらしい。そのせいであの家系は魔力が少ないのだと噂されていた。もちろん現在、その末裔が女王の側近としてクレイトスを動かしていることを考えればどこまで本当の話かあやしいが、クレイトスでは十分な信憑性を持つ。

神に刃向かうこと。見捨てること。それは、クレイトスでは自分の首を絞める愚行だ。

だから、女王の指摘に誰も反論できない。

「ラーヴェは必ず交渉にのってきます。その間、王都の復興や国の護りは皆様におまかせしますね」

「勝手な!」

「フェイリス」

突然、花の香りとともに可憐な少女が姿を現した。女王即位以後、姿を見せることが多くなったという女神クレイトスだ。特にベイルブルグから戻ってきたあとは、黒槍ではなく幽霊のような半透明の姿で城内をうろうろしていることが増えた。

女王が座っている大きすぎる椅子の背もたれにつかまり、自らの器であるフェイリスを覗きこむ。

「ラーヴェからお話し合いのお返事がきたよ」

アゼル公爵が真っ先に確認するよう、控えていた高官に目配せする。フェイリスは落ち着いた様子で答えた。

「クレイトス、まだ会議中です。待っていてくださいと言ったでしょう」

「なら、いつベイルブルグに戻れるの?」

戻る。女神にはベイルブルグから逃げたという認識がないらしい。マイナードは注意深く耳をそばだてる。

「ラーヴェが会談を受けるなら、もうすぐです。待ってください」

「でもクレイトス、心配で……」

「話はあとで。話し合っている最中ですから」

「なんで話し合いなんかいるの。まさか誰か、反対してるの? だあれ?」

つと女神に視線を向けられた会議中の貴族たちが、息を呑む気配がした。

フェイリスが苦笑いのような笑みを浮かべたあと、会議室を見回す。

「誰も反対なんてしていませんよ。でしょう、皆様方」

「もちろんです」

即答したアゼル公爵に続き「クレイトス様のお望みとあれば」「ラーヴェが待たせているのです」などなど、わかりやすい追従が続いた。

――これが神様が支配する国の、正しい姿か。

マイナードは苦笑いを浮かべる。竜神ラーヴェはずいぶんと人間に甘かったらしい。

そうこうしている間に、ラーヴェ帝国からの正式な書状が会議室に持ちこまれた。