軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

32

ただの水を酒のようにゆっくりとひとくち飲んでから、カミラたちに背を向けたままでロルフが切り出した。

「ゲオルグは……お前にとっては屈辱だな、あの終わりは。モーガンなんかは、その辺が悔しくてなかなか竜帝に頭を下げなかったんだろう。兄貴も内心、そうだったんだろうなあ。でも、メルオニスはもう、駄目だったよ」

「……」

「ゲオルグが竜帝に赦されてラーヴェ皇族として丁重に葬られたのが、決定打だった。反逆者にもなれず地盤にされたらなぁ。竜帝にとって自分は脅威なんだって思い込むことでなんとか精神を保とうとして、見られたもんじゃなかったよ」

コップを石造りの床に置く音が、小さく響く。

「お前は、ゲオルグに偽天剣が渡るよう、力を貸すべきじゃなかった。あそこが違えば、何か違ったかもしれないのに」

「何も違わん」

きっぱりとアーベルが言い切った。

「ひとの人生は意思による選択の積み重ねだ。ゲオルグ殿下の意思が、偽天剣を手に入れられなかった程度で、変わるものか」

「……なら、やっぱりアンサス戦争か」

アーベルの表情が険しくなるのがはっきり見て取れた。

「あのとき俺が助けなきゃ、あんたたちはあそこで負けて、折れて、違う人生を選んでた」

「お前……! あれは必要な戦いだった、ラーヴェ帝国を奪われないための!」

「なら力を貸せ、アーベル。ここはアンサス戦争の続きだ」

アーベルの表情が消える。

「俺は決めたよ。竜帝を勝たせる。竜妃の騎士にもなったしな」

強い意思がこもった声に、カミラは身を乗り出しかけてしまった。ジークも固唾を呑んで会話を聞いている。

「けど、竜帝はまだ動けない。しかもリステアード・テオス・ラーヴェが南国王に捕まったままじゃ動きにくい。ひとりで突撃して返り討ちにされたらしいけど……なんでそんな馬鹿な真似したんだか」

「……ふん。それで、救出作戦を立てているというわけか」

「お前なら、南国王の懐に潜り込めるよな。クレイトスに伝手のある、反逆者だ」

アーベルは皮肉っぽい笑みを浮かべた。

「私に、二重間諜でもやってこいと? 冗談ではない。見捨ててしまえ。この状況でひとり突っ込んでいって味方の足を引っ張る愚か者など」

「リステアード・テオス・ラーヴェを切り捨てるわけにはいかない。お前もわかるだろう、あれはここで失っていい駒じゃない。でも、それはお前も同じだ。クレイトスの内部を荒らすのには、お前の力がいる。とりあえず王都を殴っておいたけど、たぶん立て直してくる」

「とりあえず」

眉をひそめて反駁したあと、アーベルが呆れた声をあげた。

「とりあえずで他国の王都を殴るな」

ごもっとも、とジークがつぶやいた。

「ベイルブルグで決着がつかなかったら、全面戦争になる。だからここでカタをつけたい。俺のせいのような気がしないでもないから」

「とりあえずで王都を殴れば、普通そうなる。イゴールが今頃、激怒しているぞ」

「殴って止まらないかな、と思ったんだよ。でも動揺もしなかった、あのクソガキ」

ロルフの舌打ちに、アーベルが声を立てて笑った。カミラはついジークと顔を見合わせる。

「時代は変わったな。お前はもう過去の英雄というわけか」

「お互い様だろ。というかお前はいっぺんだって英雄になったことないだろうが」

「だから最後、英雄になってこいと? ――断る」

短い答えは、なごやかになった空気に打ち込まれた楔のようだった。

「私は、竜帝を認めない。あれは害悪だ。今の状況がまさにそうだろうが」

「もうお前しか、ゲオルグやメルオニスの正しさを証明できないんだぞ」

「歴史が好きなお前らしい視点だな。だがそれはお前たちの正しさだ。驕るな、英雄」

黙ったロルフの背中が、やけに幼く見えた。対してうっすら洋燈に浮かび上がるアーベルの笑みの輪郭は、冷たい。

「私は、竜帝のためには死なない、決して。時間を無駄にしたな、ロルフ。お前はイゴールたちに甘やかされて育った。だから甘い」

「……そう、思うか?」

「ああ。私が協力すると思ってのこのここんなところにやってくるあたりからしてな。そんなことでは、そのクソガキとやらに負けるぞ。お前が気にするくらいだから、相当頭が切れるのだろう。――もっと冷徹になれ。費用対効果を考えろ」

ロルフがコップの水を一気に飲み干し、立ち上がった。

「ご忠告どうも。戦況悪化したらお前になんて手が回らなくなる。本当に餓死しても化けて出るなよ。――いいんだな、さよならで。残念だ」

「こちらの台詞だな。竜妃の騎士になったお前はもう、我々の英雄ではない」

ロルフが立ち上がったせいで、影になったアーベルの表情も見えない。

「さよならだ、アンサス戦争の英雄。今度は、ラキア聖戦の英雄にでもなるがいい」

がん、とロルフが鉄格子を蹴る音が響いた。だがそれだけで、ロルフは踵を返す。

「帰るぞ」

「いいのかよ」

答えず、カミラから鍵を取りあげて、ロルフが階段を上がり始めてしまった。急いで周囲を確認し、カミラはジークと共にロルフを追いかける。

「いくらなんでも無茶でしょ。そのまま南国王の味方になりそうな相手よ」

「だから最適なんじゃねえの」

「それは、確かにそうだけど。……でも、あれはねえ……」

「――馬鹿モンが」

階段を上がりきったところで、ロルフが吐き捨てた。固唾を呑んでその背中を見守っていると、今度はロルフが地団駄を踏み出す。

「あんな馬鹿、望みどおり餓死させてやる! もう一生出してやらんからな、あの牢から!」

「ちょ、おじいちゃん声大きいわよ! 聞こえちゃう、内緒でしょ!?」

「知ったことか! 全軍に徹底させろ、あんな死に損ないにはもう関わるなとな! 寝る!」

「ね、寝るって、ちょっとお。リステアード殿下の救出作戦、どうするのよ」

「竜帝が起きてから考える!」

どすどすと足音荒く歩いていくうしろ姿も口調も、いつもどおりだ。ほっとしてしまって見送っていると、ロルフと入れ替わるようにしてヒューゴが走ってきた。

「やっぱここかよ……おい、竜帝が目をさましたぞ」

「え、嘘。このタイミングで? お爺ちゃんがふてくされちゃう」

「知るかよ。とにかく、現状説明頼むわ。竜妃の騎士だろ」

そう言われると、行くしかない。

カミラは、地下牢の階段へと振り返る。ほんの少し、鍵をかけることを躊躇った。でも、鍵を回した。

知らない誰かの輝かしい昔だとか、もしかしてという希望を封じ込めるように、固く。