軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

31

なんとなく、三人そろって小さな背中を見送ってしまった。

「……無茶、してるかしら」

「微妙だな」

「普通だろ」

言い切ったのは、持っていたパンを綺麗にたいらげたヒューゴだ。カミラとジークに視線を投げられて、にやっと笑う。

「惚れた男が目をさまさなくて空元気とか、普通の反応だろ。俺は逆に安心したね」

「……そう言われるとそうね? やだジルちゃん、可愛いじゃない」

「むしろ俺らはあれか。陛下が目をさましたときの隊長の張り切りように要注意か」

「大変だねえ、竜妃の騎士サマは」

「ほんとにのお」

笑っていたヒューゴが飛び上がった。いつの間にか足元にしゃがんでいたロルフが、長々と溜め息を吐き出す。

「この膠着状態に耐えられん脳筋主なぞ、見捨てるぞ儂は」

「なんなんだこの爺さん、神出鬼没すぎんだろ!」

「慣れて。おじーちゃん、今日は初めましてね。今度はどこで何たくらんでたの~?」

「ふん、今からここでたくらむんじゃ。おいお前」

壁際に逃げていたヒューゴが、自分を指さす。立ち上がったロルフが、頷いた。

「そうじゃ。ミハリ少尉候補生とやらから引き継ぎをしたっちゅうのは本当か」

「あ? ああ、なりゆきでな」

「じゃあ、アーベルの幽閉場所を知っとるな? 鍵をよこせ」

ヒューゴが顔色を変えた。聞き覚えのない名前に、カミラは首をかしげる。

「アーベルって誰よ」

「……もとベイル侯爵だよ。スフィアお嬢さんの父親だ」

「は? あのクズ親父か! おい爺さん、お前、なんでそんな奴に会おうとしてんだ」

「ベイルブルグのことを一番知っとるのは奴じゃ。話をしときたい」

ロルフがヒューゴに手のひらを差し出す。ヒューゴが唸るように尋ねる。

「……竜妃の許可は」

「竜妃には知らせるな。奴のやり方を認めるとは思えんし、奴も竜妃には協力せん」

「おいおいおいおいおい……」

「お前は鍵をなくしたことに気づかなかった、でいいじゃろ。言っておくが、儂はどんな手を使ってでもやるぞ。わざわざこうして言っとるのは、騒がれたくないからじゃ」

ロルフは差し出した手の指を誘うように動かす。だが動かないヒューゴを見て、手を拳に変えた。

「よしなら気絶しろ」

「ちょいちょいちょいちょい! なんなんだこの爺さん、竜妃よりタチ悪いぞ!」

「必要なのか?」

静かに尋ねたジークに、ロルフが振り向いた。

「必要じゃな。あの子狸を出し抜くには」

「――おい、鍵、出せ」

「ちょっとジーク……」

「狸を止めろって頼んだときに、腹はくくっただろ」

ああああ、と天井を仰いで唸ったあと、カミラが前髪をかきあげた。

「しょうがないわねえ、もう! でもアタシたちもついてくわよ、おじいちゃん」

「好きにせい」

「そういうわけで頼む。竜妃にも竜帝にも内密でな」

「大丈夫よ、ジルちゃんも陛下も存在を覚えてない可能性高いわ」

ヒューゴが眉間に指を押し当てて考えたあと、突然踵を返した。ちゃりん、と大きな音を立てて鍵が廊下に落ちる。

「あー、そういえば東の地下牢の囚人に、メシって持ってったっけー? 確認しねえとなあ」

鍵を拾ったカミラは、そのまま立ち去るヒューゴの背中に両手を合わせた。

「東の地下牢じゃな。こっちじゃ」

「なんで知ってんのよ」

「昔きたことがあるんじゃ、ベイルブルグは」

「それってアンサス戦争のとき?」

確か王都を襲撃した船は、ベイルブルグから出たという話だった。まあな、と簡単な相づちだけが返ってくる。

地下牢へ向かう階段は、ヒューゴから預かった鍵であっさりあいた。侵入がばれないようきちっと内側から鍵をかけ直し、日の差さない薄暗い階段をおりていく。

「で? あの侯爵と顔見知りなのか、爺さん」

「でなきゃベイルブルグから攻め込めんじゃろ」

そう言われればそうだ。だが、侯爵位を剥奪され忘れかけられている者に、今、何ができるのだろうか。

階段の終着点は、広い地下室だった。奥には、鉄格子。その奥で、人影が動く。

「――なんだ、今日はあの口やかましい男じゃないのか」

忍び笑いを含んだ声に、聞き覚えがある。

「それとも、ついに処刑する気になったか? あの皇兄が捕まったとなれば、ガス抜きも必要だろうからな」

ぼんやり浮かぶ体型は記憶とずいぶん変わっていた。ベイルブルグの事件からもう二年もたつのだ、と今更ながら思う。

「餓死より処刑のほうが慈悲があるといえば、そうだろう。好きにするがいい」

「相変わらずひねくれとるのお、アーベル」

「気安く人の名前を――…………」

鉄格子に見えた顔が、しかめられた。ロルフは片手をあげて「よっ」などと言っている。

「儂じゃ。ロルフじゃ。どうした、変な顔して。耄碌したか、ひゃっははははは」

「…………………………」

「奥に引きこもりたくなる気持ちなんとなくわかるけど、面会よ一応」

無言で奥に下がろうとしたアーベルに、ついカミラは声をかけてしまう。当のロルフは鼻を鳴らして、ずかずかと鉄格子の前まで洋燈を持って歩く。

「お前、見事に死に損なったのお」

そして鉄格子の前にどっかりとあぐらをかいた。

「ま、あの中でお前がいちばん諦めが悪いからな。今、どんな気持ちぃ?」

「……お前みたいな老けづくりのジジイなど私はしらん」

「ゲオルグの死に様は? メルオニスはどうなったか、聞いたか?」

おい、そこにある水をよこせ、とロルフに言われ、カミラは戸惑いながら言われたとおり、小さな卓の上にある水が入った硝子瓶と、小さなコップをふたつ、ロルフのかたわらに置いた。そしてジークと並んで、階段近くにある椅子に腰かける。

渋々といったように、鉄格子近くまでアーベルがやってきた。

「……聞いている。あの、レールザッツの……イゴールの孫からな」

「あの皇子はやっぱり出来がいいな。お前を引き込むほうを選んだわけだ」

ロルフが硝子瓶から水をコップに注いで、鉄格子に当てる。

乾杯のような音が鳴った。