軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

33

ジルがベイル城に戻ると、もう日は沈んでいた。軍港で篝火を焚いた兵が、ジルたちを発見して大きく手を振る。

「ジル隊長! 竜帝陛下がお目覚めになられました!」

そのひとことを聞いた瞬間、ジルはマイネの手綱を握り直した。低くなっていた高度を上げ直す。

「すまない、あとを頼む!」

「りょ、了解しました!」

ワルキューレ竜騎士団たちに見送られ、ジルは呼吸を整える。ベイル城は目と鼻の先だ。

「マイネ、ちゃんと竜舎に戻れよ!」

我慢できずに鞍を蹴って、ベイル城の中庭に飛び降りる。ハディスがいる部屋は、バルコニーがないので、近道をするにはここしかない。マイネは呆れたように、そのまま飛んでいった。

「あ、竜妃殿下、お帰りなさいませ! これ、水です」

廊下に飛びこむと待ち構えたように城兵から水筒を差し出された。その場で足踏みしたまま一気に飲み干す。

「あの、陛下が、陛下が目をさましたってほんとですか!?」

「はい。晩ご飯はあとでお部屋にお持ちしますね」

「ありがとう!」

駆け出した。その間にも、たくさんのおかえりなさいと、陛下はあちらですよといった声を受ける。皆の顔が心なしか明るい。当然だ。

今日の斥候では、南国王の本隊の再発見と、援軍の合流を確認した。クレイトスがベイルブルグに狙いをさだめて戦力を集めているのは明らかだ。なのにリステアードを捕虜にとられたジルたちは、ただ眺めているしかできない。相手のほうは堂々としたもので、ルーファスなどはわざわざ甲板に出てきて「やあ竜妃ちゃん、お茶でもどう」とか話しかけてくるし。もちろん無視した。

それでも皆が踏ん張っていたのは、レアを中心に海竜や他の竜たちが、クレイトス軍が自由に動けないよう牽制し、威圧しているからだ。

この国には竜の、竜神の加護がある。

だから皆、竜帝の目覚めを待っていたのだ。

もちろん、ジルだって。

カミラとジークが扉の前に立っているのが見えた。カミラが真っ先に気づいて振り返る。

「あっジルちゃん。おかえりなさい」

「はい、カミラもジークもお疲れ様です! 陛下――!」

勢いよく部屋をあけ、ジルは寝台に飛びこむ。

「陛下! へい……」

耳に返ってきたのは、穏やかな寝息だった。あとは顔色のよくなった寝顔。

「ごめんなー、嬢ちゃん」

ふわっと現れたのは、苦笑い気味のラーヴェだ。

「嬢ちゃんの帰り待つって踏ん張ってたんだけど、ちょっと前に寝落ちた」

「……。そ、そう……ですか」

しょぼんと肩が落ちた。

「あーやっぱ寝ちまってるか、陛下」

「ジルちゃん、晩ご飯何にする? 持ってきたげるから」

開きっぱなしの扉の外からカミラとジークが気遣ってくれる。せっかくだから甘えることにすると、苦笑い気味にカミラが扉を閉めた。ふたりきりにするせめてもの気遣いだろう。

寝台の脇で名残惜しくハディスの顔を眺めるジルのかたわらに、ラーヴェが飛んできた。

「明日の朝にはちゃんと目を覚ますから」

「ほんとですか? もうほんとに大丈夫?」

「昨日からでも大丈夫だったんだよ。それを俺が、念のためで多めに休養させてたんだ」

ん、と声が聞こえた。はっとジルはハディスに目を向ける。

「ジル……」

目をさますかもしれない。どきどきしながら見守っていると、ハディスが頬を赤く染めて、はにかんだ。

「だ、だめだよ……恥ずかしい、人前でぇ……」

ラーヴェが無言で寝台から離れた。

ジルは勢いよくハディスの胸倉をつかみ、持ち上げる。

「今すぐ起きろお前えぇーーーー! なんの夢を見てるんだ!? わ、わた、わたしに何をさせてる!」

「ん……んんん……ジル……?」

真っ赤になってがくがくゆさぶっていると、ハディスがうっすら目を見開いた。綺麗な金色の目だ。その目の中で笑顔で凄んでみせる。

「おはようございます陛下、なんの夢を見てたのか説明してください、今すぐ」

ゆめ、とハディスが寝ぼけ眼でつぶやき、視線を動かした。

「……あれ、ジル……ラーヴェ、どうなって……」

「お前が悪い展開だ。自分でなんとかしろ」

「……待って、考える……ええと、なんだっけ。夢……?」

「そうです! 何してたんですか! 説明によってはただじゃおきませんよ!」

眉間に皺をよせてハディスが起きあがる。そしてなぜか顔を赤くし、横を向いて口元を押さえた。

「……お、覚えてないなあ、ぜんぜん」

「覚えてるでしょう絶対! もう、もう――なんなんですか、心配したのに陛下の馬鹿!」

心待ちにしていた目覚めの瞬間が台無しだ。むくれたジルは、寝台をおりようとしてうしろから捕まえられた。

「おかえり、ジル。お仕事お疲れ様」

「そんなんじゃ許しませんよ、なんなんですか。夢ならやりたい放題ですか、現実ではなんにもしないヘタレの分際で!」

「知ってる? 夢って自分に会いたがってるひとが出てくるんだって」

大きな手で、目隠しをされた。耳朶に唇がかすめる。

「僕に会いたかった?」

「――っやっぱり覚えてるじゃないですか!」

耳は卑怯だ。近くにあったクッションをつかんで殴る。ハディスは笑って、離れた。

「覚えてないよ。だって現実の君がいい」

金色の目が妙に艶っぽい。ヘタレなんて言ったせいだろうか。むむ、とジルは口をへの字に曲げて、クッションをおろす。こういうときは深追い禁止だ。

「……わかりました。許してあげます。でも、いっぱい大変だったんですから! リステアード殿下は捕まったままだし、クレイトスの軍は増えていくし……」

「うん、聞いたよ。まずはリステアード兄上を助けないとね」

視線を落としたジルの手を、ハディスがゆるく引っ張った。

「大丈夫だよ」

近くでささやかれると、身体の芯が引っこ抜かれてへにゃへにゃになってしまいそうな、変な感じがする。自分が柔らかくて甘いお菓子になってしまったみたいだ。ちょっと足をむずむずさせながらハディスを見あげると、なだめるように笑われた。

「今日はご飯たべて、一緒に寝ようよ。君にいっぱい心配させちゃったから。明日からはきっと忙しいしね」

ジルの心配も安堵も見透かしたような、大人の態度が憎らしい。ジルは精一杯ハディスをにらんだ。

「いいですよ、わたしも今日は疲れました。南国王にお茶に誘われるし!」

「は? 何それ」

顔色を変えたハディスに気分がよくなって、ジルは寝台から飛び降りる。

「陛下が夢の内容を教えてくれたら、教えてもいいですよ」

「え、夢? なんの話?」

そこまで口外できない内容か。ジルは再びクッションをハディスの顔面にぶつける。

ご飯よ、とカミラの声と一緒にノックが鳴った。