軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

19

「あなたは竜妃だ。竜帝を、人間として愛してらっしゃる」

ぎゅっとジルは膝の上で拳を作る。

「竜帝を憐れだと思ったことは? その重責から解放してあげたいと思いませんか」

うつむくジルを覗きこむように、カニスが姿勢を、声を低くする。

「あなたなら、竜帝を竜神の呪いから解き放ち、本当の彼に戻してあげることができるかもしれませんよ」

「そうやって、今までの竜妃もそそのかしてきたのか?」

ジルと視線をかち合わせたカニスが、目を丸くした。まったく悪気のないその瞳の中で、ジルは笑ってみせる。

――ハディスはああなってしまってもなお、竜神ラーヴェを恨んでいなかった。

それを否定するほど、ジルは傲慢ではない。

「せっかくのお誘いだが、わたしはわたしの思いどおりにならない陛下も好きなんだ」

カニスが身を起こし、苦笑する。

「愛が深いことを仰るのは、竜妃たるゆえんでしょうか」

「褒め言葉と受け取っておこう」

「――なるほどなるほど、今代の竜妃殿下はなかなか手強い。ですが、やはり何か勘違いなさっているようだ。我々は、善意から申し上げているのに」

「善意だと?」

眉をひそめたジルに、ええとカニスが頷き返す。

「我々はいつだって、救って差し上げたかっただけです。休戦で用なしになった竜妃を。革命を志した王太子を。父と兄から逃げたかった王女を。竜帝にはなれない双子の兄を。女神になりたがった囚われの王女を!」

声を立てて笑い、カニスがにやついた口元を隠す。

「中でも竜神ラーヴェが墜落し、双竜帝の首が兄に投げ捨てられたカルワリオの渓谷は、今でも我々の中で語り継がれる最高の舞台ですよ」

「――よくわかった」

立ちあがり、ジルは冷徹にカニスを見おろした。

カニスもその視線を、真正面から受ける。

「発見次第殲滅、と教えられた理由がな!」

全身に魔力を奔らせた。同時にカニスが指を鳴らし、足下から魔方陣が発動する。屋敷全体に協力な魔力封じが施されているのだ。どうりであっさり手錠をはずしてくれたわけだ。

魔力と接着されたように足裏がべったりと床に貼り付いて動かない。カニスがテーブルの呼び鈴を取り、鳴らした。扉から黒い長衣を着た連中が飛びこんできて、ジルを囲み、剣先を突きつける。

「魔力を吸う仕掛けも施してありますので、暴れるほど動けなくなりますよ。大丈夫、おとなしくしてくださればあなたを害したりはしません。我々は竜神と違い、平和主義です。ただ、竜帝があなたを受け入れてくれるかは別ですがね」

「どういう、意味だ……!」

「敵と通じた竜妃も定番でいいと思うのですが、私としては幼くして身を穢され戦えなくなった悲劇の竜妃も捨てがたい。竜帝はどちらがお好みだと思います?」

「ゲスが!!」

吼えたジルは怒りのまま床に拳を打ち付けた。びしりとヒビが入り、床が崩れ落ちる。

ぽかんとしたカニスの前で落下する一瞬、魔力封じの威力が弱まった。五感が研ぎ澄まされる。ほんの数秒だが、まるで穴があけたように厳重に張られた結界を見つけ出すには十分だ。

ジル並、あるいはそれ以上の魔力の持ち主を封じ込めるための結界。

(――あっち側の塔!)

竜妃の神器を鞭に変え、周囲を吹き飛ばす。そして壁を蹴り、雨ですべりそうになる屋根の上を走る。足がいつもより重い。集落全体にも仕掛けがあるのだろう。

(でも偽帝騒乱のときよりマシだ!)

屋根の端を蹴り、石造りの塔の窓に飛びついた。中に入った瞬間、ジルにも魔力封じの結界がさらにかかってくるが、承知の上だ。階段に着地し、駆け上がる。最上階の牢まではすぐだった。

「フェイリス様!」

「――ジル、さま……?」

石の冷たい床に、フェイリスは倒れていた。襤褸雑巾のような布を一枚引っかけられただけで、近くに犬の餌のように水が入った皿が置かれている。寝台などない。暖炉はおろか、灯りすらない。

「無事ですね!? 何もされてませんね! されてたら許しませんよ!」

「え、ええ……」

起き上がったフェイリスは、別れたときと同じ服を着ている。よし、とジルは鉄格子をつかんだ。フェイリスが弱々しい声をあげる。

「ジルさま、わたくしはいいですから、早く脱出してください」

「わたしはお前に同情したくないんだ!」

いつもなら結ぶこともできる鉄格子がなかなか開かない。

「ほんと、なんで竜神とか女神の器は、いっつも、素直に、助けろって言えな……くそ、固いなこれ! たかが鉄のくせに!」

「ジルさま、このままではジルさまも本当に捕まってしまいます」

階下で誰何する声が聞こえる。青ざめたフェイリスがよってきた。

「今は引きなさい竜妃、それがあなたの仕事――」

「うるさい、わたしの仕事をお前が決めるな! おい、中にいるんだろう、竜妃!」

突然手を握られて、フェイリスがぽかんとする。

「お前たちは女神に同情して竜帝を裏切ったんだろうが! なら、手伝え!」

フェイリスが口を開く前に、つかんだ手から黄金の魔力がジルの全身に回る。力まかせに鉄格子を引っ張ると、嘘のようにぐにゃりと鉄格子がまがった。

同時に、フェイリスがふらりと倒れそうになる。竜妃の魔力でもっていたのだろう。腕を引っ張り、背負う。面倒なのですぐそばの壁を蹴り飛ばし、雨の外ヘと飛び出した。

着地と同時に、黄金の光の粒が飛び散った。一時的な馬鹿力で、ここまでが限界らしい。舌打ちして走り出した。雨のぬかるみもあって足が取られる。何より、これでは足跡が残る。

案の定、あっちに逃げたぞ、と声が追いかけてきた。フェイリスは軽いが、全速力で走ることもできない。濡れた服が、体を重たくする。音を立てて降る雨のせいで視界が悪い――そのせいで、足元に気づかなかった。

木の幹に引っかかって転ぶ。ジルが起きあがったときには、木の上から飛び降りてきた長身の男がひとり、気を失っているフェイリスに剣先を突きつけていた。

「暴れるな。ここまでだ」

身を屈めて全力の攻撃態勢に入ろうとしていたジルは、その声に動きを止める。

「魔力封じの枷と縄をふたりぶん、急いで持ってきてくれ。俺はここで見張ってる」

追いかけてきた複数の足音に向けて、男が声をかける。わかった、という返事があり、雨音にまぎれ

て足音が遠ざかっていく。

「さて、どうやって逃走を誤魔化したもんだか……」

ぼやきに似た声に、ジルは力を抜いて笑う。

「偽装のためにぼこぼこにしてあげましょうか、ロジャー先生?」

「冗談。ここはやられたふりで十分だよ、ジル先生」

黒のフードをかぶった同僚が、茶目っ気たっぷりに濡羽色の片眼をつぶった。