軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

20

ロジャー・ブルーダーを名乗る彼の本名は、ルドガー・テオス・ラーヴェ。生き残っているハディスのきょうだいの中で、最年長の兄になる。とはいえ、彼は皇太子連続死から巻きおこった政争に嫌気がさして、皇位継承権を放棄してしまい、すでにラーヴェ皇族ではない。

ただし、そう思っているのは本人だけである。

「ラーデア士官学校の校長になってくれるって話でしたよね?」

「まーまー、もうちょっと時間あるだろ。校舎は改築中だしさ。何よりエリンツィアの目から逃げられそうなのがもう、ここしかなくってなー」

「それでよりによってアルカに潜入します?」

屋敷から少し離れた小さな見張り小屋に、勝手知ったる顔でロジャーはあがりこむ。大半は屋敷の地下に作られた房で集団で寝起きしているらしいが、ロジャーは腕が立つことから見張り小屋への自由な出入りを許されているらしい。

フェイリスを寝室に寝かせしっかり戸締まりを確認したあと、ロジャーは暖炉をつけ、小さな鍋を火にかけた。暖炉の前に小さな丸椅子を置いて、ジルに座るよううながす。春も終わるとはいえ、日が当たらない夜は薄着で、しかも濡れてしまっていては寒い。

ロジャーのほうはフェイリスをくるんでいた黒の長衣をばさばさと振って水分を飛ばしていた。どうも防水の魔術が施されているようで、濡れた様子はない。ジルの視線を受けて、ロジャーは笑う。

「すごいよな、この黒の長衣。防水だけじゃなく、防寒、防暑対策までできてるんだとよ。まずはこの技術で驚かせて勧誘するんだ。神はかつての人間の技術を奪ったってね」

「で、入団したんですか?」

「誤解するなよ、これでも奴らのやばさは子どもの頃に叩き込まれてる。でも、クレイトスとラーヴェの情報を効率よく集めるには最適なんだよ、皮肉なことに。マイナードの動きを知るには一番だったんだ」

「肝心のマイナード殿下が帝都にきたときは、全然顔をみせなかったじゃないですか」

鼻の頭をかいて笑っているが、単身で敵陣に潜り込む度胸と実力がある優秀な人物だ。ライカ大公国で起こったラ=バイア士官学校事変では、いち早く内乱をふせごうと、解放軍に内偵として潜入していた。その腕を買って、ジルもラーデアに作る士官学校の校長を引き受けてもらったのだ。

「ちょっと間に合わなかったんだよ。そこはハディスとジル先生を信じたってことで。ナターリエがいるならマイナードも派手な悪さはできんだろうし」

「先帝の暗殺をたくらんでましたけど」

小さな厨房から固い黒パンとチーズを取り出したロジャーは、振り返って頭を抱えた。

「あの馬鹿……待て、父上を殺した真犯人はジェラルド王子じゃなくマイナードなのか!?」

「いえそこは、ジェラルド王子ですけど……」

「だよな。よかった……」

「――そこ、いいんですか? わたしは陛下を害そうとした先帝に思い入れはないですが」

ロジャーにとって先帝は実父だ。問われたロジャーは、苦笑いを浮かべた。

「薄情な言い方だが、父上は皇帝に向いてなかったよ。クレイトスにおもねった時点でな。皇太子連続死のときだって父上がもっとしっかりしてれば、どさくさに紛れてあんなに死ななかった。だから、マイナードが汚れ役を引き受けずにすんでよかったんだよ。――いや、よくないな。それで会談、この騒ぎだもんな」

唯一の灯りである窓際の暖炉に目を向け、ロジャーが嘆息する。

「そもそも俺がここに入ったのは、操竜笛を追ってなんだ。巧妙に偽装されてたが、グンターの研究に資金提供した団体がここでね。それ自体は別に驚くことでもないんだが……献金提供者にコルネリアって名前があってな」

マイナードとナターリエの母親だ。竜帝を生むためにナターリエを先帝に差し出そうと目論んだ――顔色を変えたジルに、ロジャーがパンとチーズが乗った木皿を渡した。

「その顔は知ってるんだな。こりゃ根が深そうだと思って、情報集めてたんだよ。帝城から出たコルネリア元皇妃とマイナードは、アルカの支援を受けて生活してたらしい。そこでマイナードは色々知っちまったんだろうな……」

「コルネリア元皇妃は今、どうなってるんですか? 亡くなってると聞きましたが」

「ああ。証拠はないが、状況的にマイナードに殺されたんだろう。――ナターリエを帝城からさらって、マイナードとの間に子どもを作らせようとたくらんでたらしい」

声を失うジルに、淡々とロジャーは続ける。

「コルネリア元皇妃は焦ってたんだよ。今のラーヴェ皇族、先帝は竜神の末裔じゃないって公表されて、アルカからの支援が切られたんだ。それまではマイナードがうまいこと押さえてたんだろうが……」

膝の上に木皿を置いて、ジルは嘆息した。

「滅茶苦茶ですよ……ナターリエ殿下に聞かせられません」

「同じようにマイナードも考えたんだろうよ。ああ見えて、情に厚いからな、あいつ」

鍋からカップにお湯を注ぎ、ひとつをジルに渡してから、ロジャーはカップを持って狭い食卓の椅子に腰かける。

「ライカで色々暗躍してたのは、帝城に堂々と乗りこむためにクレイトスに手土産を作りたかったんだろ。皇位継承権があるんだから亡命するだけでも迎え入れてもらえただろうに、あそこまでやったのは……ルティーヤに同情したんだろうな」

「わたしは認めませんよ。やりすぎです。ライカでは少なくない犠牲が出てます」

「まあ、本人も生きて帰る気がなさそうだからなあ。だから、クレイトスで殺されるのを阻止して、リステアードの前に引きずり出してやるのが一番の罰だと俺は思ってるんだが、レールザッツの会談に向かう女王を狙って、聖槍を奪う作戦が耳に入ってな」

チーズを固い黒パンの上に乗せ、ジルは大口で噛みちぎる。あまりおいしくないが、贅沢は言えない。

「基本作戦がモエキア派の主導で、情報が入るのが遅れた。で、ジル先生は? なんでよりによって女王と一緒なんだ」

ロジャーが親指で示した扉の向こうには、フェイリスが眠っている。

「置いていったら何をするかわからなかったでしょう、あの連中。だからです。それに、聖槍をさがさないといけません」

「おいおい、まさか女王と一緒に聖槍さがしの大冒険にでも出る気か?」

「ロジャーせんせー、やばいやばい!」

「ジル先生、レールザッツに戻らせてもやばいかも――あ」

いきなりばたばたと慌ただしく音を立ててやってきた面々に、ジルは絶句した。皆、方舟教団の正装であろう黒い生地に白の縁取りをした長衣を着ている。

だが、フードの下から見える顔には、どれも見覚えがあった。

ジルが直々に鍛えたラ=バイア士官学校の、蒼竜学級の生徒たちだ。