軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

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竜が動かない、皇帝がいない、パン屋はなんの暗号だと叫ぶ帝城内でジルが真っ先にやったのは、馬をかっぱらうことだった。エリンツィアのところで訓練をしていたジークとカミラの首根っこをつかまえ、馬にのせ、ついてこいと走らせたのだ。空を逃げ回っている竜を脅しつける時間も惜しかった。

もはやここで帝城から姿を消せば間者として疑われるとか、そういったややこしい事情は一切考慮しなかった。

あるのは、勝手に出て行った夫への怒りと、自分が何をすればいいかということだけだ。

全速力で駆けさせた馬は途中の小さな村に置いて、あとは聞き込みからナターリエたちが隠れている場所を割り出した。ここまでで既にハディスが姿を消してから三日以上たっている。ハディスはとうの昔にラーデアについてパン屋を始めているかもしれない。

「誕生日プレゼントは馬もいいかもしれないな。駿馬だ」

ナターリエとローをとらえて助かろうとした不埒な輩をすべて叩きのめし、戻ってきたジルはつぶやく。

「なんなら飛ぶ馬がいい。竜も撃墜できるよう仕込む」

「それは本当に馬なのか?」

静かなジークの突っこみは無視して、ジルはぐるりと回りを見回した。

「何人、残った」

「ナターリエ皇女殿下をのぞいて、二十九人。全員、大きな怪我はないわ」

ジルが炎の向こうで八つ当たり――もとい敵兵を撃滅している間に状況把握をしたらしいカミラが答える。

「わたしを入れたら、六人一組で五組作れるな。ではそれで隊列を組んで行くぞ」

「ま、待って。行くってどこへ」

「ラーデアです、ナターリエ皇女殿下」

ぼろぼろになったナターリエが目を白黒させる。それをかばうように、年かさの兵が出てきた。さきほどナターリエやローを守ろうと真っ先に立ちあがった人物だ。

「助けてくれたことには礼を言う。だが、君はいったい」

「竜妃だ。ジル・サーヴェルという」

ざわめきが走った。かまわず、ジルは全員を見渡す。

「時間がない、端的に説明する。ラーデアに諸君らの元同志が潜伏していることくらいは知っているな? 諸君らはわたしの軍として、ラーデアに向かってもらう」

「たったこれだけの人数で、なんのために」

「竜妃と一緒に逆賊からラーデアを救い、帝国軍に返り咲くためだ」

息を呑んだ面々が、顔を見合わせている。

両腕を組んで、ジルはさめた口調で続けた。

「これでもわたしは親切心でこの話を持ちかけている。ぶっちゃけ、今すぐひとりでラーデアを鎮圧してやりたい気分なんだ、今のわたしは」

「ひ、ひとりで……で、ありますか」

「そうだ。それに、そもそも諸君らに選択肢などないだろう。それとも、このまま帝国軍を名乗る輩に轢き殺されたいのか?」

「こ――こちらには、ナターリエ皇女がいらっしゃるので……」

「交渉役の使者なら昨日、帝都に死体で返ってきたぞ」

ざわりと大きな動揺が走った。

「そ、そんな。こちらには何もきていないのに!」

「誰がやったかなど、この際どうでもいい。もう帝都から軍が出てしまった。このままだと諸君らは逆賊扱いされたまま無駄死にする。決断材料など、それで十分だろう。わたしと逆転に賭けて死ぬか、無駄死にか。それだけだ」

「――竜妃殿下」

前に進み出た兵士が、跪いて尋ねる。

「ひとつだけ、おうかがいしたい。ナターリエ皇女は守っていただけるのですか」

ジルはまばたいてしまった。だが、兵士の目は真剣だ。進み出た兵だけではない。そのうしろにいる皆も、同じ目をしている。

「ナターリエ皇女殿下に助けられた命です。ナターリエ皇女殿下を救うとお約束頂けるのであれば、あなたが竜妃であろうがなかろうが、この命をお預けします」

「お、俺も!」

名乗りを次々あげる兵に、当のナターリエが目を白黒させている。

きちんとナターリエの想いは実ったのだ。つい、口調と表情が和らいでしまった。

「約束する。わたしの義妹になられる御方だ。わたしの騎士をつけて、きちんと帝城に戻っていただく。帝都のエリンツィア殿下のもとなら安全だろう」

「でも、私だけ戻ったって、このひとたちは……!」

「軍人です。だからこそ、功績で名誉を回復するしかないのです、ナターリエ皇女殿下」

「でも、彼らは何もしてないのに逆賊扱いされたのよ」

立ちあがってまだ言いつのろうとしたナターリエを、兵の腕が制した。

「そうです、ナターリエ皇女。我々は何もしなかったのです」

ほんの少し意味合いの違う口調に、ナターリエがまばたいた。

「不満と不信ばかりでした。だから我々は利用され、切り捨てられたのです」

「利用するほうが悪いのよ、そんなの。あの馬鹿兄たちが悪いのよ!」

「そうでしょうか。我々は帝国軍人でありながら、ラーヴェ皇族を、皇帝陛下を裏切り者とは叫べないのです。あの方に忠義を誓ったことなどないのだから」

裏切ったと叫べるのは、相手を信じていたときだけだ。

絶句したナターリエに、年かさの兵が優しく微笑む。

「ですが、あなたが忠義を思い出させてくださった。帝都にお戻りください、ナターリエ皇女殿下。あなたはラーヴェ皇族だ。我々がお守りすべき、皇女なのです」

はずれの皇女。そう自分を評していたナターリエが顔をあげる。

「正直、皇帝陛下はどのような方かわかりません。ですが、あなたをラーヴェ皇族として認めている。そうして竜妃だという少女が今、あなたを助けにきてくださった。それだけで、我々は帝国軍とまた名乗りたいと、そう思えるのです」

「そんな……私、何も……」

「――だからこそ、我々は同志も助けたい」

ちらりとジルが目をやると、一度瞳を伏せてから兵がジルに向き直った。

「ラーデアにいる帝国兵たちは、我らと同じです。特に彼らを率いているサウス将軍は、ゲオルグ様を本当に慕っておられました。だからこそ、守るべきものを見失ってしまっているのではないでしょうか。皆、ラーヴェ帝国を守る気持ちは強い連中ばかりだったんです」

「だが、ヴィッセル皇太子殿下から、反乱のためにラーデアに集まっていると聞いている。ゲオルグ様の弔い合戦をするつもりならば、捨て置けない」

「ですが蜂起する前なら、話し合う余地はないでしょうか」

それができたら苦労しないだろう。だがあえて、ジルは答える。

「わかった。わたしから陛下に進言してみよう。ただそれもすべて、蜂起する前にだ」

「はい。もし許されるなら、説得したいと思います」

「いいだろう。具体策は道中で練ろう。ではナターリエ殿下は城にお戻りを」

ジルたちの話を聞いていたナターリエがはっと我に返る。

「ご、ごめんなさい……私、その……結局、何も、できなくて」

「そんなことはないですよ、ナターリエ殿下」

何か言いかけた兵を制して、ジルはまっすぐナターリエを見つめる。

「あなたがいなければ、わたしはこうして彼らと向き合うことはありませんでした。彼らだって、ただラーヴェ皇族を恨みながら死んでいったはずです」

ナターリエが唇を噛んで、ジルを見つめる。

「みんな……助かる道は、あるのね?」

「ナターリエ様から預かった兵です。無駄死にはさせません」

「あなたもよ。まだお茶会をしてないわ」

思いがけないことを言われて、ジルは笑ってしまった。

「そうですね。でも実は、フリーダ様とはもうお茶会をしてしまいました」

「あの子も抜け目ないわね。……だめだって言ったのに」

「心配しておられます。ここはわたしにまかせて、戻ってあげてください」

ぎゅっと手を握ると、薄汚れた頬でナターリエが手を握り返してくれる。

「そこまで言うなら戻ってあげるわ。でも、あなたの騎士を借りていいの?」

ナターリエに振り向かれたカミラが、手をひらひらさせて笑う。

「いいのよー。これでジルちゃんは、ナターリエ皇女殿下を助けた竜妃様!ってわけ」

「他の兵に任せるとまたややこしそうだし、ここでミスったら色々台無しだからな」

「頼んだぞ、カミラ、ジーク。エリンツィア殿下のところまで必ず無事に送り届けろ」

ジルの命令に、カミラとジークが敬礼を返す。それにつられたように、他の兵も一斉に敬礼を返した。

「そうとあれば、なんなりとご命令を、竜妃殿下」

「お供致します。多少、やけくそなのは否めませんが」

「あ、あの! こっ子竜は。その、小さな、竜がいる、のですが……」

背後から声をあげた兵に、ああ、とジルは笑顔になった。

「ローだな。ローはつれていく。な、ロー」

呼びかけると、ナターリエのうしろに隠れているローの尻尾がびくっと震えた。

賢いローはきっと気づいたのだろう。

ものすごく、ジルがハディスに対して怒ってることに。