軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

28

うかがうような、あるいはちらちらとした意味ありげな視線が刺さる。一度投げ込まれた悪意の小石が波紋のように広がっていくのを感じて、ナターリエはローを抱きしめる。

(私を差し出したって、あの皇太子が許すわけがないでしょう)

そう言いたいのに、口は浅く呼吸を繰り返すばかりで声が出ない。

「そうだ俺たちはナターリエ皇女に騙されたんだ。ヴィッセル皇太子にそう陳情すれば……」

小さいはずの誰かのつぶやきが、やけに大きく響く。

釣りをしたいと言った兵が大声をあげた。

「馬鹿なことを言うな! ナターリエ殿下のおかげでここまで逃げられたんだぞ!」

「差し出すのはナターリエ殿下だけじゃない、その竜もだ!」

今度こそ皆の目が、一斉にこちらに集まった。

「絶対に、その竜は普通じゃないだろう」

「そ、そうだ。……こ、黒竜じゃないのか? 金目の黒竜」

「馬鹿! 畏れ多いことを言うな、加護を失ったら」

「そ、そいつを盾に使うんだ。――竜の王だ、ヴィッセル皇太子だって攻撃できない!」

むき出しの悪意に呼吸がうまくできないまま、ナターリエはローに目を向ける。

ローはさめた目でこの騒ぎを見ていた。

こんなものか、とでも言うように。

皇帝が争う人間を見る目とそっくりだ。ぞっとした。

見放されてしまう。失ってしまう。

竜の加護を、ラーヴェ皇族の自分が、失わせてしまう。

「馬鹿を言うな! 頭をひやせ!」

さめたローの視界から敵意を隠すように、両手を広げて幾人かが立ちはだかった。

「そうだ、本当にこれが金目の黒竜ならば、守るべきだ! 盾になんて使えるか!」

「ナターリエ皇女と一緒にお守りするんだ、俺たちは帝国兵なんだから……!」

「馬鹿を言うな、ナターリエ皇女はラーヴェ皇族の血を引いていないんだぞ!?」

「いいから奪え! 金目の黒竜を使えば、竜を脅して逃げられるかもしれない!」

誰かがナイフを取り出した。ナターリエは悲鳴をあげる。

「だめ、やめなさい! 私に出て行けというなら、出て行くわよ! 私を守れなんて頼まないから!」

「駄目ですナターリエ皇女、お逃げください!」

「こんなときまで皇女様か、どうかしてる!」

「それより金目の黒竜だ!」

もはや誰が味方で敵かわからない乱闘騒ぎだ。

誰かの斬られた腕が足元に飛んできた。悲鳴をあげたナターリエは、その場で腰を抜かしてしまう。ころんとローが腕から転びそうになって、あわててその体を隠すように抱きこんだ。

「だいじょうぶ、だいじょうぶ、よ」

どう見ても大丈夫じゃないだろう。さめたローの目がそう語っている気がした。

でもナターリエは一生懸命、その瞳に微笑む。この世界には綺麗なものもあるからと、教えるように。

「あなたは、守られるべきよ。なんにも心配しなくて、いい、からッ――!」

ぐいと髪をうしろに引っ張られた。ローがそれを見ている。

何一つ、偽りは許さないと。お前たちを守る価値はあるのかと、その目でためしている。

「つかまえたぞ、逃げられないよう足を斬れ!」

「黒竜もだ、つかまえ――」

「ロー、逃げなさい!」

自分をつかまえた兵の腕に思い切り噛みつく。驚いた兵に地面に叩きつけられたそのときだった。

小さな竜が地面を蹴って、飛び上がった。

「うっきゅ」

可愛らしい鳴き声と一緒に振り回された尻尾がナターリエを襲った兵を吹き飛ばす。続けざまに炎が吐かれた。それがナターリエを守る兵と襲いかかる兵を分断するように、一直線に地面を燃やし、不思議な炎の壁を作る。

呆然とするナターリエたちの前に出て、ふふんとローが胸を張る。そして炎の壁の向こう側にいる兵たちに、尻を向けて振った。

「うーきゅうーきゅ。うきゅーきゅーきゅんきゅーん」

何を言っているのかわからないが、調子からして馬鹿にしているのだろう。ぺんぺんと尻を叩く黒竜に、炎の向こうで戸惑っている兵たちがいきり立つ。

「こ、この……!」

「た、ただの炎だ、何でもない! 走り抜けろ!」

「うきゅっ!?」

顔をかばって炎の壁を抜けてきた相手に、ローが仰天する。我に返ったナターリエが、他の誰かが、ローを助けようと腕を伸ばす。

ちょっと振り向いたローは、それを驚いたように見ていた。

でも、もうひとつ。

「うっきゅーーー!」

兵の腕をつかんで止めた小さな影に、ローが喜んで飛びつく。

「いいか、ロー。こんな連中に慈悲などいらない」

炎の風に煽られながら、金髪の少女が紫の瞳を物騒に細めて言い切る。と思ったら、炎の壁を越えてきた兵を蹴り飛ばし、壁の向こうに送り返していた。

「見つけ次第ひとり残らず殲滅しろ。わかったな」

「うっきゅ」

「ジルちゃん、どうかと思うわよその教育……」

「やめろ今の隊長に口出すな、死ぬぞ」

背後の木の上に矢を構えた弓兵がひとりと、おりてきた大剣の兵がひとり。たった三人だ。

でも彼女たちがなんと呼ばれるか、ナターリエはもう知っている。

竜妃と、竜妃の騎士だ。

「ナターリエ皇女殿下、ご無事で何よりです。少々お待ちください」

ばきりと拳が鳴る音がした。

「掃除をしますので」

こともなげに言った少女は、踊るように炎の壁の向こうに突っこんでいった。