作品タイトル不明
空の支配者
二学期が始まってから二カ月あまりが経過した。
カレンダーは十一月の半ばを指し、街路樹もすっかり冬支度を始めている。早いもので学校は中間テストの真っ最中。
卒業を間近に控え、覚醒者としての活動が本格化している悠太にとって、最近は登校が必要な日もかなり少なくなっていた。今日は久しぶりの登校日である。
ここ一週間ほど、悠太はダンジョン活動を控え、勉強メインの生活を送っていた。
とはいえ、覚醒者ライセンスを持つ生徒は多くの必修科目が免除されるため、悠太が受けるべき試験は一日で終わる。
「おはよう」
少し重い足取りで教室の扉を開ける。
いつもなら大輝たちの威勢のいい武勇伝が廊下まで響いているはずだが、室内はやけに静まり返り、中心にいるべき大輝たちの姿が見当たらない。
(珍しいなぁ。あいつらが学校をサボるなんて。しかも今日は試験日なのに…)
悠太は席に着き、隣の席の男子生徒に何気なく尋ねた。
「大輝たちはまだ来てないの?」
すると、その生徒は声を潜め、困惑と恐怖が混じったような表情で答えた。
「知らないのか? 大輝たちのパーティー、数日前に第六階層のフロアキーパーに挑んでボロ負けしたんだよ。今は全員、入院中だってさ」
「……えっ?」
悠太の心臓がどくん、と跳ねた。
「全員入院? 如月さんも?」
「ああ。如月も学校に来てない。あの四人が手も足も出なかったらしいぞ」
悠太は絶句した。
如月凛。あの圧倒的な実力を持ち、冷静沈着な彼女が負けるなど想像もしていなかったからだ。
第六階層の番人は、探索者の間でも『初見殺し』として悪名高い魔物だ。事前情報があっても、初めての挑戦で勝てる者はまずいないと言われている。
だが、あの大輝パーティーですら例外ではなかったという事実に、悠太は背筋が凍るような衝撃を受けていた。
試験の間も悠太の頭には如月の顔が浮かんで離れなかった。
放課後、同級生たちに入院先を聞いてみたが、詳しい場所を知る者は少なかった。すると、一人の女子生徒がそっと悠太に近づく。
「甘露寺くん。如月さんの入院してる病院なら私、知ってるよ。みんなには内緒にしてって言われてるけど、あなたならいいかな」
悠太は彼女からメモを受け取り、試験終了と同時に病院へと急いだ。
◇
横浜市内の静かな病院。
病室の扉をノックすると、中から「はい」と聞き慣れた、少しだけ力のない声が返ってきた。
「え?甘露寺くん? どうしてここが……」
ベッドに腰掛けていた如月は肩や腕に包帯を巻いていたものの、顔色は思ったよりも良く、悠太は思わず安堵の溜息を漏らした。
「学校で聞いて、気になってね。分かったのは如月さんの病院だけだったから……大丈夫?」
「うん。私は運良く軽傷で済んだ。でも……大輝くんたちは、命に別状はないけれど一ヶ月は入院が必要な重傷だって。フロアキーパーは私たちの想像を遥かに超えてた」
彼女の口から語られた魔物の名は『ガルーダ』。
黄金の羽を持つ巨大な怪鳥。そのスピードとパワーは第五階層のフロアキーパーを軽く凌駕し、何より知能が高い。そして最大の脅威は縦横無尽に空を駆け、上空から一方的に攻撃を仕掛けてくること。
「私たちのパーティーは近接戦闘と中距離がメイン。空を飛ぶ敵に対して、決定的な遠距離攻撃手段がなかった。それが敗因だった」
如月が沈痛な面持ちで顔を伏せる。
「噂通りだった。瀬戸さんが用意してくれたあの『帰還石』がなければ……私たちは今頃、全員死んでたと思う。あ、甘露寺くん、これ。あなたが前に頼んだ分ね」
彼女は通学カバンから、淡く輝く小さな石を悠太に手渡した。以前、勢いでお願いしたあの三十万円の命綱だ。
「えっと、ごめん。今日はそんな大金持ってきてないけど、用意してあるから今度払うよ」
「いつでもいいよ。それより、甘露寺くんも気をつけてね」
悠太は握りしめた帰還石の冷たさを感じながら、持ってきた差し入れのメロンを棚に置いた。
「ありがとう。如月さんはゆっくり休んで。大輝たちにもよろしく伝えておいてよ」
病院を後にした悠太の視界には、冬の訪れを告げる高い空が広がっていた。
快進撃を続けていたあのパーティーを壊滅させた空の支配者『ガルーダ』
自分一人の力で、そんな怪物に勝てるのか。
震える拳をポケットにねじ込み、かつてないプレッシャーを感じながら、家路を急ぐ。
(今はただ、一刻も早く各スキルの精度を上げ、空への対策も考えていかなければならない)
悠太の次なる戦場はすでに地上から大空へと移っていた。