作品タイトル不明
大量ドロップ
土曜日の午前九時。
東京ダンジョンの受付広場は、週末の探索に胸を躍らせる人々で活気に溢れていた。悠太が集合場所に到着すると、そこにはすでに二人の姿があった。
「おはようございます、甘露寺さん。今日は絶好の探索日和ですね」
いつもの穏やかな微笑みを浮かべた瀬戸は、まるでこれから高尾山にでも登るかのような、ゆったりとした登山用のパーカーに機能性タイツ、大きなバックパックという完全なハイキングスタイルで悠太の到着を待っていた。
対照的に、その隣に立つ如月は身体のラインに沿った漆黒のタクティカルウェアに身を包んでいる。無駄な装飾を削ぎ落としたスタイリッシュなデザインは、彼女の鋭い美しさと実力を際立たせていた。
「おはよう、甘露寺くん。早速だけど、準備はいい?」
「おはよう。今日はよろしくです」
少し緊張しながら挨拶を交わし、一行は転送装置を経て一気に第五階層へと降り立った。
第五階層も、四階層と同じく見渡す限りの草原ステージ。しかし、漂う空気の緊張感は一段階上がっている。
通常なら広大なフロアを自力で探索して転送装置を見つける必要があるのだが、今回は既に踏破済みの如月先輩が先導してくれるおかげで、その手間が完全に省けた。ソロ探索者にとっては、これだけでも有難い恩恵だ。
「来た。警戒して」
如月が静かに告げると同時に、草むらがざわめく。
現れたのは、この階層の主である狼系の魔物『グレーウルフ』
大きさは個体によって大小様々だが、共通しているのはその異常なまでの俊敏さと、こちらの隙を伺う知性の高さ。
攻撃力もさることながら、警戒心が強く、不用意に間合いを詰めれば即座に飛び退く。これまでの魔物の長所をすべて掛け合わせたような、非常に厄介な敵だった。
「私のスキルは、私を中心に半径百メートル圏内に効果が及びます。ですので、お二人とも、あまり私から離れないで戦ってください」
瀬戸がのんびりとした口調で注意を促す。
彼女の持つ『アイテムドロップ率アップ(大)』は、その範囲内にいる者が倒した敵すべてに適用されるという。
まずは如月が先陣を切った。
彼女のスキル『見えざる手』は、不可視の衝撃波を放ち、魔物を空間ごと圧殺する。小型のグレーウルフが三匹、風のような速さで迫るが、如月が指を振るだけで一匹の動きが止まり、次の瞬間には地面に叩きつけられた。
「あ、早速出ましたね!」
瀬戸が指差す先。倒れた一匹の死骸が光の粒子に溶け、後に鋭い『狼の牙』が残っていた。
その後、ニ時間ほどで如月がさらに十匹のグレーウルフを討伐したところ、ドロップは牙が二個に、美しい質感の毛皮が一枚だった。
「確かにすごい。俺は今まででドロップ三個なのに」
「私は運のステータスも上げているので、この辺の敵ならだいたいこんなもんですね」
瀬戸は事もなげに言うが、魔石の平均買取額一つ二千五百円に加え、これらの高価なドロップ品が加わるのだ。効率は今までと比較にならない。
「ねえ、甘露寺くん。そろそろあなたのスキルも見てみたいな」
休憩中、如月が穏やかな眼差しで尋ねてきた。瀬戸も手作り弁当を頬張りながら「是非拝見したいもにょですねぇ」と目を輝かせている。
二人の視線に押され、悠太は自身のメインスキルを披露することにした。
「大したもんじゃないけど、じゃあ、少しだけ」
悠太は前方に一匹のグレーウルフを捉えると、さきほどから見てきた行動パターンから、進路を予測し『キューブ』を設置した。
グレーウルフが低く唸り、目にも止まらぬ速さで悠太へと飛びかかってくる。しかし、空中で特定の座標を通過した瞬間、キン!という乾いた音と共に、透明な立方体がその巨体を完全に飲み込んだ。
「うひょ!?な、なんですか、この四角は?」
瀬戸が変な声を漏らし、キューブを凝視する。
空中に固定された檻の中で、グレーウルフが必死にもがくが、いつもと違う足場に困惑しているのか、十数秒後には静かに光の粒子へと分解されていった。
「やっぱりすごい! 本当に一瞬で捕らえてしまうのね」
如月が感心したように声を弾ませる。
「まるで芸術品のようですね!」
瀬戸に至っては、いつもの不思議な落ち着きはどこへやら、身を乗り出し興奮した様子で拍手を送っていた。
「次のキューブ、もっと近くで見てもよろしいですか? 魔素の密度が本当に美しいです!」
「い、いや、それは。あまり近づくと危ないよ。必ず成功するわけじゃないから」
その後も休憩を交えながら一日活動し、獲得した魔石は四十六個。魔石は二人で山分けされ、アイテムは十ニ個ほど手に入った。
「一人あたり約三万八千円分ですね。アイテムも大収穫です、むふふ」
瀬戸は満足そうに戦利品を拡張型バックパックへ詰め込んだ。
アイテム類はすべて瀬戸の取り分となり、その代わりに帰還石を安く回してくれるということになった。
「甘露寺くん。帰還石だけど……今回の値引き分を考慮して、一つ三十万円で用意してくれるって! 甘露寺くんの分もお願いしといたから、後で清算しましょう」
如月にそう言われ、悠太は思わず「あ、ありがとう!」と勢いで頷いてしまった。
しかし、受付に戻ってから、悠太は少しだけ後悔する。
(三十万……。安くしてもらったのは嬉しいけど、手持ちの稼ぎのほとんどが飛んでしまう。……うーん、今すぐに必要な物でもなかったかも……)
勢いで高級品を買ってしまったとき特有の後悔。
だが、隣で如月が「これで甘露寺くんも六階層への準備ができたね」と少しだけ嬉しそうに微笑んでいるのを見て、悠太はいずれ必要になるし、まあ、いいかと自分を納得させることにした。
夕闇に包まれる東京の街で、悠太は空になった財布と、充実感に満ちた胸の内を同時に抱えていた。