作品タイトル不明
新スキル取得
秋もだいぶ深まり、放課後の第四階層は相変わらず淡い地衣類の光に包まれていた。
悠太はなるべく他の探索者と出くわさないよう、草原の端にある岩場を拠点にオークを狩り続けていた。
この階層に出現する魔物は今のところオークだけ。
ソロ探索者にとって、敵が単一であることはリスク管理がしやすい。悠太の狩りは至ってシンプルで、迷いがない。
標的に気づかれないよう近づき、通り道に『キューブ』を設置。姿は晒さないほうが捕食確率は上がる。
もし割られたとしても、焦らずにもう一度設置し直す。その繰り返しの作業だった。
この一ヶ月、悠太は手持ちの罠の可能性も検証していた。
だが、現実は甘くない。
「やっぱり、この二つはオーク相手だと相性が悪いな」
消費魔素20も払って起動させた『バネ床』だったが、巨体のオークは「ブモ!」っと尻もちをついて痛がるだけで、致命傷には程遠い。
足止めの『スネア』も試したものの、オークのパワーには不向きらしく、数秒と持たずに引きちぎられてしまう。
ただ、新しい発見もあった。
スキルの発動時、意識的に流し込む魔素を増やすことで、威力や強度を底上げできるのだ。通常時では尻もちをつかせるのが精一杯のバネ床も、魔素を注ぎ込めばあの巨体を宙に舞わせ『落とし穴』に落とすことも可能だろう。
(まあ、効率悪いからやらないけど)
もし『キューブ』を取得していなかったら『バネ床』と『落とし穴』に大量の魔素を消費して倒すことになっていたはず。
「そんな贅沢な使い方はもうできないな」
第三、第四階層の攻略に対し、新スキル取得という悠太の選択は正解だった。
そんな地道な研鑽の末、第四階層へ来てから一ヶ月半、悠太の最大魔素量はついに九百という大台に到達した。
「きた〜!ついに九百突破!」
そして、溜まりに溜まったスキルポイントを惜しみなく注ぎ込み、念願だったスキルを取得する。
「あともう少し……明日はいよいよだ」
第五階層進入試験。
あの大輝たちが誇らしげに語っていた、あの門番に挑む時が来た。
悠太はいつもより少し早めにその日の探索を切り上げると、ダンジョンを出て真っ直ぐ家路を急いだ。
◇
「ただいま」
「あ、お兄ちゃん! おかえり!」
玄関を開けると、中学三年生の妹、結衣がパタパタと走ってきた。キッチンからは出汁のいい香りと共に母の明るい声が届く。
「悠太、おかえりなさい。今日は早かったのね」
最近の甘露寺家は、少しずつだが確実に変わり始めていた。
悠太がダンジョンで得た稼ぎの一部を家計に入れるようになってから、母の無理な内職が減り、その分、結衣と二人で台所に立つ時間が増えたのだ。食卓には彩りのある料理が並び、家全体を包む空気が柔らかくなっている。
「これ、今月分。あと結衣、これはお小遣い」
「わあ、いいの!? ありがとうお兄ちゃん!」
封筒を渡すと、結衣が嬉しそうに抱きつく。
少し前までは余裕のなさを感じさせないよう、あえて明るく振る舞う健気な一面が垣間見れたが、今の彼女には純粋で年相応の無邪気な明るさが戻っている。
「もう、子供じゃないんだから……」
照れ臭さに顔を赤くしながらも、悠太は結衣の頭を優しく撫でた。
賑やかな夕食の時間は、悠太にとって何よりの癒やしだった。
しかし、自分の部屋に戻り、一人きりになると、静かな高揚と緊張が再び胸の内に戻ってくる。
(明日、合格できれば俺はあいつらと同じ階層に立てる)
ベッドに横になっても、なかなか目は閉じない。
脳内では、明日対峙するであろう試験ロボットの動きを幾度もシミュレーションしていた。
相手がこう動いたら、ここにキューブを。
新しく手に入れたスキルはどのタイミングで切るべきか。
魔素の残量は。距離は。
暗闇の中で、悠太は自分の掌をじっと見つめる。
ジャージ姿のネズミと揶揄され、誰の助けも借りることはできない。しかし、自分の設計図は今この瞬間も完璧な勝利を描き出そうとしていた。
ネットやSNSで拡散されている相手の情報は細部まで頭に入っている。
何度も、何度も繰り返されるシミュレーション。
窓の外で秋の虫が鳴き止む頃、悠太はようやく、明日への覚悟を胸に深い眠りへと落ちていった。