作品タイトル不明
検査ロボット
翌朝、悠太は宣言通り主戦場を第三階層へと移していた。
薄暗い通路の先で重厚な金属音を響かせているのは、昨日大輝たちの前で瞬殺したのと同じ魔物、リビングアーマー。
「構築完了」
対象が設置ポイントに到達すると、足元に『キューブ』が出現する。
リビングアーマーは、その頑丈な見た目に反して知能が低く、足元に現れた透明な違和感に気づくことさえない。逃げようともせず、ただ鈍重に剣を振り上げようとした瞬間、ガラスの檻がその巨体を飲み込んだ。
「牙ネズミより、ずっと楽だな」
不気味な収縮音のあと、魔石が一つ残る。
牙ネズミは素早く不規則な動きをするため、一分先の予測を立てるのが難しかった。それに比べれば、動きが単調で落とし穴にも素直に落ちてくれるリビングアーマーは、悠太にとって相性のいい 案山子(かかし) のような存在だ。
実益の面でも変化はあった。
リビングアーマーの魔石は一つ千二百円。牙ネズミの魔石よりも単価が高いうえに今の悠太は魔素の最大量が増え、スキルの消費量も多少軽減されている。以前に比べれば、一回の探索での稼ぎは格段に良くなっていた。
「よし、次だ。このペースなら午前中だけで結構いけるぞ」
自分に言い聞かせるように呟き、悠太が次の獲物を探そうと背を向けた時だった。
「やっぱりあの『四角いの』は甘露寺くんのスキルだったんだね」
静かな声が、岩壁に反響する。
悠太は心臓が止まるかと思うほど驚き、弾かれたように振り返る。そこには、人気のない通路の影から、まっすぐな瞳でこちらを見つめる如月が立っていた。
「き、如月さん!? なんでここに?」
「大輝くんたちが、昨日の謎の探索者について騒いでいたから。気になって、午前中の自由時間にこっそり一人で来てみたの」
凛は悠太との距離を詰めると、少し悪戯っぽく微笑んだ。悠太は動揺を隠せない。わざわざ他の探索者が来ないような入り組んだ場所を選んでいたはずなのに。
「気づいてたの? 誰にも見られてないと思ったのに」
「うん。なんとなく。あの時……甘露寺くんの『香り』がしたの」
「えっ!?」
凛の口から出た予想外な言葉に、悠太の顔が熱くなる。思わず視線を泳がせ、恥ずかしさのあまり下を向いた。
(柔軟剤の匂い?あんなとこまで匂わないか。これも空間把握の能力なのかな?)
そんな悠太の様子を微笑ましく見守ったあと、凛は表情を引き締め、少し真剣なトーンで切り出した。
「甘露寺くん、実はね。私たち、夏休みの最終日に第五階層へ挑戦することに決めたの」
「第五階層。あそこって、確か…」
悠太の記憶にも、その難所の名前は刻まれていた。
第五階層への入口。そこには『ダン研』が製作し、配置した『検査ロボット』が立ち塞がっている。最新の技術とダンジョン素材を組み合わせて作られたその門番は、挑戦者の実力を無慈悲に測る。
それを撃破、あるいは突破するだけの実力がなければ、第五階層の奥へと進むことは許されない。文字通りの実力試験だ。
「凄い速いペースだね。もう、あそこまで行けるんだ」
悠太は素直な感想を口にした。自分も最大魔素量が五百を超え、成長した自負はあった。しかし、大輝たちはさらにその上、組織的な連携を磨きながら階段を駆け上がっている。
「ありがとう。でもね。本当は甘露寺くんとも一緒に行けたらいいなって、ちょっと思ってたの」
凛が冗談めかして言ったその言葉に、悠太は慌てて首を振った。
「そ、それは無理だよ! ほら、俺のスキルって、設置した座標に誰がいようと発動しちゃうからさ。仲間を巻き込む可能性があるし……だから、俺はずっと一人でいいんだ」
必死に弁明する悠太の姿に、凛はくすりと笑った。
「分かってる。貴方が一人の戦い方にこだわっていることも」
凛はそれ以上、無理に勧誘することはしなかった。
「私たちは先に第五階層へ行くね。甘露寺くん。貴方のそのスキルなら、きっとすぐに追いついてくるでしょう?」
そう言い残すと、彼女は軽く手を振って、光が差す通路へと戻っていった。
如月たちの見据える第五階層。そこへ至るための関門である検査ロボット。
(夏休みが終わるまでに俺はどこまで行けるんだろう)
悠太の胸には心地よい緊張感と、先ほど彼女に褒められたことによる微かな高揚感が混ざり合っていた。
(競うことじゃない。俺は自分ができることを一歩一歩確実にこなしていけばいいんだ。それにしても、如月さんはそれを言いにわざわざこんなところまで来たのかな?)
悠太は再び静かに魔素を練り始めた。