作品タイトル不明
夏休みの猛特訓
夏休みに入ってからの悠太は、かつてのどの夏休みよりもストイックで規律正しい生活を送っていた。
学校という拘束から解放された自由な時間を彼はすべて自らの『器』を広げるための作業に注ぎ込んだのだ。
毎朝6時に起床。
朝食を済ませると同時に自宅を出発し、7時から9時までの二時間をダンジョンの午前の部と定めた。この時間は一晩かけて全快した魔素を徹底的に使い果たすための戦場だ。
第二階層の入り組んだ通路。
悠太は牙ネズミが群れをなさず、単独で特定のルートを徘徊する性質を完全に把握していた。彼は一箇所に留まるのをやめ、三箇所の出現ポイントをローテーションする機動型の狩りスタイルを確立した。
「次はあっちか」
一つ目のポイント。悠太は牙ネズミが通りそうな角に差し掛かると、足音を殺して接近する。ネズミの姿を捉えた瞬間、その移動先を予測し、無駄のない動作で三つの罠をコンボさせた。
まず、『スネア』で逃げ道を封じる。その直後、足元に『バネ床』を起動させて跳ね飛ばし、その落下地点に『落とし穴』を構築する。
牙ネズミ相手にこれほどの過剰火力は必要ないが、三つのスキルの熟練度を同時に上げ、かつ魔素を効率よく消費するにはこれが最適だった。
悠太はネズミが罠に掛かる瞬間まで見届けることなく、構築を終え発動の確信を得たなら、すぐに背を向けて次のポイントへと走り出す。
結果を確認する時間すら惜しんで魔素を回転させる――その効率の追求こそが彼の夏休みのテーマだった。
魔素を使い果たすとダンジョンを後にし、一旦帰宅。
シャワーを浴びてから食事を摂り、午後は涼しい部屋で夏休みの宿題を淡々とこなす。夕方まで軽く昼寝をして体力を戻し、18時には再び家を出る。19時から21時までの二時間を再び午後の部として過ごすのだ。
この、一日に二度魔素を空にするというルーティンを繰り返して数日後、彼の脳内に久しぶりの心地よい感覚が走った。
「スキルレベルが上がった!」
三つの罠スキルがほぼ同時に次のステージへと進化した。
劇的に変わったのは構築にかかる時間だ。
今まで45秒を要していた設置時間が、一気に30秒へと短縮された。戦場においての15秒の短縮は生存率を劇的に引き上げる。
さらに、それぞれのスキルには新たな特殊効果が付与されていた。
まず、『落とし穴』には『アイテムドロップ率アップ』の効果が付いた。
閉鎖空間での獲物処理が、より洗練された影響を与えるようになったらしい。
『バネ床』には『出現時間変更』が付与された。
魔素を追加消費することで、プレートを実体化させたまま維持できるようになり、相手を跳ね飛ばす以外にも転用が可能になった。
そして、『スネア』には『サイズ自動調節』
大きな対象に対しても最適化されたサイズで展開されるようになった。
「消費量も、全体的に少し減ってる」
一回あたりのコストが減った分、さらに多くの試行回数を稼げる。
この好循環の中、悠太は文字通り寝食を忘れてダンジョンに潜り続けた。
◇
そして、この過酷な生活を始めてから二十日目。
深夜の帰宅時、自らのステータスを確認した悠太の指が微かに震える。
「ついに来た……」
【名前:甘露寺悠太】
【魔素量:2 / 500】
目標としていた500という大台を、ついに突破したのだ。
一ヶ月前、如月凛の背中を追い、佐藤講師の威圧感に震えていた頃の自分とは、持っている器の大きさが二倍以上になっている。
暗い路地裏で悠太は拳を握りしめた。
遠くでは新人探索者達の喧騒が聞こえる。
まだ夏休みは終わっていない。
500を超えたことでグレーがかっていたスキルボード『キューブ』の文字が、より鮮明な輝きを放っている。
悠太はすかさず新スキルに照準を合わせてみたものの、取得を思い留まる。
「今は止めておこう。魔素もほとんど残ってないし。お楽しみは明日だ」
スキルを取得したら必ず試してみたくなる。
夏休みの間は、なるべくこのルーティンを壊したくない。
悠太の瞳には、疲れを通り越した静かな闘志が宿っていた。