作品タイトル不明
魔素の検証
夜のダンジョン第二階層。
岩肌が剥き出しになった迷宮の通路は昼間の喧騒と比べて幾分静まっている。しかし、壁の隙間からは常にカサカサという不気味な足音が響き、獲物を求める獣の気配が濃密に漂っていた。
悠太は独り暗闇の中に立ち、妹の結衣から貰ったお守りを慎重にポケットへしまう。
始まったばかりの夏休み。
悠太はこの期間を単なるレベル上げではなく、己の限界を押し広げる特訓へと昇華させるつもりだった。
そのためにはまず、自分の身体という器の性能を正確に把握しなければならない。
(まずは、回復量の確認だ)
これまでは学校の授業や家での時間もあり、魔素が満タンで溢れている状態、つまり成長が止まっている時間が長すぎた。効率を極めるなら、魔素を使い切り、回復させるというサイクルを最短で回す必要がある。
「……来たな」
通路の先から赤く光る六つの眼。牙ネズミの群れだ。本来、三匹同時に出ることなどめったに無いが、今回は運が良い。
悠太は逃げるのではなく、手際よく設計図を展開した。
まず、敵が直進してくるルート上に、あえて目立つように一本の『スネア』を設置する。牙ネズミは知能が低く、一度獲物を見つければ一直線に突っ込んでくる。先頭の一匹が魔素のワイヤーに足を取られると、すぐに落とし穴を構築。
「一匹目」
後続の二匹が、捕まった仲間を飛び越えて悠太に肉薄する。悠太は冷静に、事前に仕掛けておいた『バネ床』の起動圏内へと後退した。
ガシャンッ!
鋭い衝撃音と共に、一匹が壁に向かって弾き飛ばされる。岩肌に叩きつけられた衝撃でネズミが意識を混濁させている間に、悠太は足元へ『落とし穴』を構築した。
「落ちろ」
音もなく開いた闇の口へ、牙ネズミが吸い込まれていく。
残すはあと一匹。こうなればもう存在を認知されていても今の悠太の敵ではない。あらかじめ仕掛けておいたスネアへと巧みに誘導し、捕獲後は一匹目と同じく真下に深淵を形成する。
今回、悠太は止めを刺す際にも必要以上にスキルを多用した。スネアで胴体を締め上げ、さらにバネ床で壁に叩きつける。
その後も同様になるべく罠を使うよう心がけた。
命を刈り取るためではなく、自らの魔素を消費するための執拗な攻撃。
三十分ほど格闘し、最後のネズミの鳴き声が途絶えたとき、悠太の魔素残量はほぼゼロまで削られていた。
そこから悠太は安全な瓦礫の影に身を潜め、時計の針と自らの感覚を同期させる。
一時間後。
「なるほど。10%回復するのに、およそ六十分か」
計測の結果、魔素の全回復には十時間を要する計算だ。つまり、一日の中で二回は空の状態から全快というサイクルを回せる。睡眠時間と活動時間をこのリズムに最適化すれば、成長効率を最大まで引き上げられるはずだ。
次に、悠太は上昇値のメカニズムを確認する。
先ほどの戦闘、あえて過剰にスキルを使い、魔素を浪費した。今までだと、魔素が満タンの状態からゼロになるまで通常に狩りをしていると牙ネズミを十数匹仕留めて、最大魔素量は十ほど上昇していた。
今回落とした牙ネズミは六匹。あとは魔素を無駄に浪費しただけだが、最大魔素量の増加数は十一だった。
「やはりそうか。敵を倒すことそのものに経験値があるんじゃなく、魔素というエネルギーを限界まで使い切り、そして回復する。この『負荷』と『循環』の繰り返しこそが、器を大きくするんだな」
筋力トレーニングと同じ理屈だ。筋肉を破壊し、回復で強くする。それを魔素やスキルで行う。
そうなると、ターゲットをどこに絞るべきかは明白だった。
第一階層のスライムは、魔素をほとんど使わない『スネア』一本で倒せてしまう。金銭効率は良いが、個体数が少なく、魔素を使い切るには不向きだ。
対して第二階層は、探索者の数は多いが、魔物の数も圧倒的だ。何度でも、限界まで魔素を叩き込める標的が次々と現れる。
「主戦場はここで決まりだな」
悠太は、現在のステータスを脳裏に浮かべた。
最大魔素量は『250』
目標とするスキルポイントまでは、あとさらに250の上積みが必要だ。
(夏休みの間に、必ず500に到達してやる)
佐藤講師が見せた、一万五千という圧倒的な魔素量。
如月凛が見せた万物をうがつ『虚空穿』
彼らの隣に並び、いつか背中を預け合えるようになるためには今の地道で泥臭い積み重ねこそが唯一の道。
悠太はポーチから新しい魔石用の袋を取り出し、深く息を吐いた。