軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

罠使いの戦い

凛の華麗な『虚空穿』の残光が演習場に漂う中、悠太は冷や汗を拭いながらフィールドの中央へと進み出た。

頭の中では絶望的なシミュレーションが高速で回転していた。

(圧倒的に不利だ…)

罠スキルの本質は不可視と奇襲にある。敵に存在を悟られず、あらかじめ死地を設計し、そこへ無警戒に踏み込ませる。それが悠太の戦術の根幹だった。しかし、この模擬戦は違う。人形は最初から悠太を標的と認識し、開けた空間で真っ向から対峙している。手の内が割れた状態で向かってくる猛獣をどう制するか。

悠太がスキルボードを確認すると、今回用意されたBランクの人形を仕留めるための『落とし穴』の消費魔素量は驚きの「50」と表示されていた。牙ネズミの時とは比較にならない。この人形にはそれだけの魔素抵抗力があるということだ。

(それに、消し去るわけにもいかないよな…)

凛が破壊したことについて謝っていたのを見て、悠太はハッとした。冗談とはいえ車1台買えるほどのものを新人の練習程度で消し去るわけにはいかない。落とし穴に落とせば、この人形は確実に回収不能になる。

今は『落とし穴』を封印し、攻撃力ゼロの『スネア』と『バネ床』だけで、この怪物を封じ込めなければならない。

「では、始め!」

佐藤の号令と共に、人形が駆動音を鳴らして突っ込んできた。

「は、速い!」

悠太はすぐさま反転し、なりふり構わず走り出した。凛のような優雅な回避などできない。全力で距離を取り、壁際を走りながら、背後に魔素を叩きつけるようにスキルを展開していく。

「バネ床設置! スネア設置!」

45秒の構築時間を稼ぐため、悠太は演習場の端から端まで逃げ回った。かつて第一階層のスライムに追い詰められた時、第二階層で牙ネズミの牙を間一髪で避けた時、あの泥臭い死闘の記憶が呼び覚まされる。

ガシャンッ!

人形の足がようやく設置の完了した『バネ床』を踏み抜いた。目に見えない圧力が跳ね上がる。

しかし、相手は重厚なゴーレム。牙ネズミのように高く舞い上がることはなく、せいぜい数十センチほど浮き上がり、体勢を崩すにとどまった。

(それだけかよ! 時間が足りない…)

一秒、二秒の足止めが限界だ。人形はすぐに着地し、再び冷徹な加速で悠太を追う。

悠太は焦燥に駆られながらも、思考を止めなかった。バネ床では足止めにならない。なら、ありったけの魔素を『スネア』に注ぎ込むしかない。

悠太はさらに走り、あらゆる障害物の影へとわざと逃げ込んだ。人形が追ってくるルートを限定させ、そこへ重なるようにスネアを多重設置していく。

一箇所、二箇所……。

「よし、来い!」

人形が障害物を避け飛び出してきた瞬間、スネアが起動する。

シュルシュルと、魔素のワイヤーが人形の右足を捉える。しかし人形は止まらない。強引にワイヤーを引き千切ろうと腕を振る。

そこへ二本目のスネアが左腕を、三本目が胴体を絡め取った。

「キィィィィン!」

人形の内部機構が、拘束に抗って激しい摩擦音を立てる。悠太は息を切らしながらも、さらに二本のスネアを追加。

右腕、そして左足。

合計五箇所の急所を魔素の糸で縛り上げられ、Bランクの人形は獲物を前にした蜘蛛の巣に掛かった蝶のように不自然なポーズのままピタリと動きを止めた。

「そこまで!」

佐藤の声が響き、演習場に静寂が戻った。

悠太はその場に膝をつき、激しく肩を上下させた。魔素はほとんど底をつき、全身は汗でびしょ濡れだ。

「お疲れさん、甘露寺くん。死ぬ気で逃げ回ってたな」

佐藤が苦笑しながら歩み寄ってくる。

凛の時のような感嘆や驚愕はない。

だが、佐藤は人形の体に食い込んだ五本のワイヤーをじっくりと観察し、感心したように呟いた。

「攻撃力ゼロのスキルだけでBランクの出力を完全に押さえ込んでいる。しかも、人形を傷つけずに『機能停止』させた。地味だが、これはこれで一つの特技だな」

悠太は顔を上げ、横で見ていた凛と目が合った。

彼女はその瞳をキラキラと輝かせて、悠太に拍手を送っていた。

「凄いよ、甘露寺くん。大した傷もつけずに何もさせず捕獲する。私にはできない緻密な戦い方だったね」

煌びやかな探索者の戦いではない。

ひたすら逃げ回り、執念で糸を絡める、孤独な罠使いの戦い。

しかしその設計図が、今までの命がけの死闘よりもスマートに機能したという事実が、悠太の乾いた心に確かな手応えを与えていた。

「次はもっとうまくやらないとね」

悠太は震える膝を叩いて立ち上がり、自分にしかできない詰みの形を、さらに深く脳裏に刻み込んでいった。